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27.真相1.




 ハーラルト・アルウェイ公爵は、ジャレッドから伝えられた側室コルネリア・アルウェイの所業に言葉なく静かな怒りを宿していた。

 コルネリアの兄ライナス・ノーランドから誠意を込められた謝罪を受け、妹を説得する時間がほしいと請われたので温情から与えたが、すべてが無駄だったと思い知らされたのだ。


 幼いころからのつき合いだ。やり直すには難しい一線を踏み越えてしまったが、反省し、罪を償うことができるのではないかと心の中では信じていた。そのため強硬的な手段は控え、彼女の兄に託したのだが、こうも裏切られることになるとは予想していなかった。

 いや、どこかでこうなると思っていたのかもしれない。ジャレッドからドルフ・エインなる者と取引し、正室ハンネローネ・アルウェイとオリヴィエを再び狙っていることを知ったとき、怒りと同じくらい「やはりな」と嘆息したのを覚えている。

 それでも、ハーラルトはコルネリアに善の心があると信じていたのだ。


「……公爵、その」


 ジャレッドは情報を伝えたものの、怒り落ち込む公爵にどう言葉をかけていいものか判断できかねず困った顔をしていた。

 無理もない。他ならぬ公爵がコルネリアに猶予と温情を与えたのだ。だが、裏切られた。与えた猶予を利用し、ハンネローネとオリヴィエを亡き者にしようと元ヴァールトイフェルだったドルフと接触し、再び命を狙い始めた。


 まだ実害もないが、ヴァールトイフェルのローザ・ローエンとプファイルから情報が早く届いていたからだ。

 今も師匠のアルメイダと竜の璃桜、プファイルが屋敷を守ってくれていなければとてもじゃないが、ジャレッドは公爵のもとへくることができなかった。


「すまない。自分でも驚くほどショックを受けてしまったようだ」

「無理もないと思います」

「そうだね。正直、怒り以上に落胆しているよ。コルネリアに時間を与えても、反省するどころか懲りずにハンネとオリヴィエの命を狙った。もうこれは、許せる許せないの問題ではない」


 静かな怒りが対面するジャレッドにも伝わり息苦しくなる。

 武人である公爵が、剣を握ってコルネリアのもとへ向かってもなんら不思議ではない。


「コルネリアの兄が猶予を与えてほしいと願ったことから私は説得する時間を与えたが、今では間違っていたとしか思えない。反省することができないだけならいざ知らず、懲りずに繰り返すならば私がするべきことはひとつだ」

「必要とあれば今すぐにでもコルネリアさまを屋敷から引きずり出します。ですが、行動を起こせば間違いなくドルフ・エインが動きます」


 ジャレッドもできることなら少しでも早くコルネリアの一件を解決したいと思っている。

 許されるならば、二度とハンネローネとオリヴィエを狙うことなどできないように殺してしまいたいとさえ思う。

 それ以上に、生きて罪を永遠に償わせたいとも思っているのだ。だが、どちらにせよ、ドルフたちが障害となって立ちふさがるだろう。

 なぜ窮地に陥っているコルネリアの依頼を受けたのかわからない。彼女はすでに利用価値などない存在だ。長年の悪事が明らかになった以上、待っているのはよくて幽閉だろう。彼女の息子も当主になることを望まないと聞いている。


「ドルフ・エインか……まさかヴァールトイフェルを動かしていた人物が離反しただけでも驚きだというのに、コルネリアと接触したのもただ驚くことしかできないな。向こうの目的は?」

「不明です。組織を裏切ったことから粛清されるのを恐れているのかもしれませんが、どちらにせよコルネリアさまのもとへ現れた理由だけはまったく」

「なにか利用できると考えたのかもしれないな。コルネリアにはもう頼れる父もいない。ならば、力になってくれると言えば藁にも縋るように申し出を受け依頼をしたのだろう。仮に、ハンネたちを排除できたとしても、決して明るい未来は待っていないだろうに……なぜ気づかない」


 間違いなくコルネリアはその場その場で、深く考えずに問題を解決しようとしている。だから次から次へと問題が増えていくのだ。もう彼女は押し寄せてくる問題から逃げることはできない。ひとつ片付ければ次、もうひとつ片付ければ次、といつまで経っても終わることはないだろう。

 本当に哀れに思う。彼女が抱えているすべてを解決するには――罪を認め償わなければならい。


「ジャレッド、君にも申し訳ないと思っている。オリヴィエの手紙を読んだよ。ルザー・フィッシャーと言ったね。友人が敵として現れている状況で、この騒ぎだ。さぞ辛いだろう」

「お心遣いいただきありがとうございます。でも、大丈夫です。私のするべきことはもう決まっています。ルザーと話をするだけです。必要があれば戦いますし、傷つくことも厭いません。ですが、必ず取り戻してみせます」

「過信をするな――と本来なら諫めるべきなのかもしれないが、失敗しないためにもそのくらいの気概で立ち向かったほうがいいだろうね。なによりも、君は今までハンネとオリヴィエを守り、バルバナス・カイフまでも倒している。私はね、君が思っているよりも君のことを信頼しているんだよ」

「もったいないお言葉です。ですが、その信頼に答えられる働きをしたいです」

「ありがとう。ルザー・フィッシャーの父親フィリップス子爵のことは私に任せてもらおう。彼とは知己だからね。彼には正室がひとりだけで子供もいないと聞いていたが、まさか息子がいたとは……この一件が片付けばすぐにでも話をさせてもらうよ」


 公爵の言葉にジャレッドは感謝の言葉とともに深く頭を下げた。

 ルザーがなぜ敵に付き従うのか不明だが、彼の母を保護していることを伝え誤解さえとければ戻ってきてくれると信じている。

 そのときに、大きな障害となるのがフィリップス子爵の正室だ。存在が明らかになったと同時に、またなにかをされたらたまったものではない。最悪の場合、ルザーが彼女を殺す可能性だってある。


 今でさえ、ルザーがどうしてフィリップス子爵の正室を生かしているのか理解できない。ジャレッドであれば、雷属性の魔術を使えるようになっていたのなら、なによりも第一に自分と母を苦しめた現況を消すだろう。

 ルザーの行動が理解できないのが辛い。


「ジャレッド、先ほど君は必要なら戦うことも覚悟していると言ったが、戦うのであれば辛いだろうが手を抜くな。もし、その結果、君が死んでしまえばオリヴィエはもちろんハンネも私も悲しむ。そして、イェニー・ダウムも」

「わかっているつもりです」

「思えば、君が戦い傷つくようになったのも、私たちと関わったせいだ。正直、心苦しく思うことは多々あるが、君はもう私たちに必要不可欠な家族だ。だから、死なないでほしい。もし、君になにかあれば君の祖父母に顔向けができない」


 心から案じてくれる公爵の言葉を受け、ジャレッドはオリヴィエを思い出す。彼女もまた出会ってから怪我ばかりする自分のことを案じてくれている。イェニーとトレーネだってそうだ。

 ならば、ジャレッドは決意する。


「私も誰かを悲しませたいわけではありません。オリヴィエさまを、案じてくれるみんなを、悲しませないように心がけます」




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