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26.コルネリア・アルウェイの暴走1.




「なんですって……それは、どういうことなのよ!?」


 コルネリア・アルウェイは、突如現れたドルフ・エインから聞いた内容に、怒りをあらわにして唾を飛ばした。


「ですから、ヴァールトイフェルの――ローザ・ローエンとプファイルがジャレッド・マーフィーに接触したため、あなたが私たちを雇ったことが伝わってしまいました、と申し上げました」

「ちゃんと聞こえているわよっ。だけど、それでは困るじゃないの!」


 ジャレッド・マーフィーにコルネリアがまたしてもハンネローネの命を狙ったことが伝わってしまえば、自然と夫にも情報が行き届いてしまうこととなる。

 そうなればコルネリアは終わりだ。


 今でさえ、あとがないというにも関わらずこれ以上の失態を重ねれば、夫は間違いなく自分のことを見捨てるだろう。

 優しい男性であり、そんな一面に惹かれもしたが、ハーラルト・アルウェイが一度怒れば容赦がないことを知っている。普段こそ甘い、などと言われているが幼なじみであるコルネリアは彼の怖い一面もよく知っているのだ。


「どうしてくれるのよ!」

「私どもが調べた結果ですが、アルウェイ公爵は末のご子息であらせられるコンラート・アルウェイさまをずいぶんとかわいがられているようですね」

「それが私となんの関係が――」

「聞けばジャレッド・マーフィーに師事しているとのことです。宮廷魔術師になることが決まった彼をわざわざ招き、ご子息の訓練には付き添われるようです。ところで、あなたのご子息はそこまでかわいがられていましたか?」


 コルネリアは息を飲む。まさか、と嫌な予感がして心臓がうるさく鼓動を始めた。


「コンラートさまは実に素直でいい子のようですね。他の兄弟にいじめられても笑顔を絶やさず、前向きに剣を振るう姿は家人からも好印象のようです。人として当たり前ですが、貴族の方々が忘れがちな温かさが彼にはあるようですね。家人の仕事を手伝うことはもちろん、名前をしっかりと憶え、挨拶を欠かさないようです」


 そうだ。コンラートが悪い子ではないことは知っている。あまり接点こそなかったが、魔力に恵まれた唯一の子供である以上、潰しておかなければと考え息のかかった魔術師を使い才能がないと伝えさせた。だが、そのくらいしかしていない。なによりも、他の側室たちも似たようなことをしているので、自分だけが悪いわけではない。


「だからなんだっていうの!」

「私は疑問なのです。どうして公爵は後継ぎをご指名しないのか、と。普通なら長男であるはずのコルネリアさまのご子息が公爵家を継ぐと思うのですが、公爵ははっきりなさいません。ゆえに、家督争いが起きています。しかし、公爵の動きを見れば、コンラートさまが誰よりもかわいがられていることは間違いありません」


 ドルフの指摘にコルネリアは内心同意していた。

 以前から夫はコンラートを気にかけていた。末の息子であり、母親は親友の妹なので気にかけるのもわかると思っていたが、それだけではないのかもしれない。

 だが、他ならぬコンラート自身が公爵家を継ぐつもりがないことをコルネリアは知っている。知っていたからこそ、コンラートにも彼の母テレーゼにも工作することをやめた。彼らに嫌がらせを率先して行っているのは別の側室たちだ。

 興味をなくしたので関わることもしなかったが、コンラートも夫の子だ。家督を継ぐ資格は十分にある。


「まさかコンラートが後継ぎになるとでもいうつもりなの? あの子は領地運営の勉強をせず、剣ばかり振るっている子なのよ?」

「ですが、その剣術も公爵自ら手ほどきをすることがございますよね?」

「それは、そう、きっと他の子供たちが誰一人として剣に興味を持たないから嬉しかったからじゃなくて。公爵家を継ぐには剣ではなく、もっと別のことを学ぶべきだとわかっているから、私の息子も、他の側室たちの子もみんな――」

「ハーラルト・アルウェイ公爵は、かつては騎士団に属し戦場で武勇を誇った方です。あの方は、公爵家を継ぐまで騎士であり続けていました。コルネリアさまは幼なじみのようですが、公爵が領地運営を学んだのはいつからですか?」

「……家督を継ぐことが決まってからよ」


 それまでの夫は、騎士としての誇りをもち、剣術ばかりだった。そんな一途なところが好きだったことを、今さらながらに思いだす。


「私は後継ぎになる方はコンラートさまだと推測しております」

「だからなによ? あなたが勝手に推測したからって、本当にコンラートが後継ぎになるとは限らないわ」

「ですが、万が一のことをお考えください」

「万が一のことですって?」


 言いたいことが理解できず、怪訝な表情を浮かべるコルネリアに、心底残念だと言わんばかりにドルフが告げた。


「例え、コルネリアさまが望んだ通りにジャレッド・マーフィーを始末し、ハンネローネ・アルウェイとオリヴィエ・アルウェイを亡き者にしたとしても、コンラートさまが後継ぎなれば、すべてが無駄となります。いえ、あなたの気が少しは晴れるかもしれませんが、それだけです」


 コルネリアはなにも言わない。だが、なにかを考えるようにしている。


「私には、あなたのご子息に後継者になっていただかなくては困ります。いくらあなたが邪魔に思う者たちをどれだけ始末しても、それでは意味がありません。ですが、あなたはご息女を切り捨てることができた心の強い方です。コルネリアさまであれば、最良の選択をすることができると、このドルフ・エインは信じております」

「つまり、私にこう言えというのね――コンラートを殺せ、と」

「コルネリアさまがお望みであれば、私どもは喜んでお力になります。もちろん、お力になる以上見返りをいただきたい。そのためには、どうしてもコルネリアさまのご子息が後継ぎになることが望ましく思うのです」

「そうね、私も後継ぎになるのは息子以外いないと思っているわ」

「ならばお命じください」


 コルネリア・アルウェイは追い詰められていた。すでに超えてはならない一線を越えてしまった彼女には、あまりにも簡単だった。


「コンラート・アルウェイを殺して。必要なら他の子供たちもすべて。私の息子が次の公爵になれるように、邪魔者はすべて消しなさい!」


 怒鳴るように命じたコルネリアに、


「かしこまりました」


 恭しく首を垂れたドルフは、彼女に見えないように唇を吊り上げたのだった。




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