25.これからの相談4.
「ジャレッド、父のところへいくのならわたくしが手紙を用意するから少しだけ待ってくれないかしら」
「手紙? いえ、コルネリア・アルウェイのことなら自分でも伝えることができますけど」
「そうじゃないわ。あなたの恩人のお母さまに関してよ。フィリップス子爵だったわね。あの方は父と懇意にしているはずだから、力になれると思うわ」
「……ルザーのことを頼んでくれるんですか?」
「そんなに驚いた顔をしないでくれるかしら。当たり前でしょう。ルザー・フィッシャーと彼のお母さまが安全に暮らせるようにならなければいけないでしょう。最悪、この屋敷で一緒に暮らしても構わないわ。あなたの兄なら私にとっても家族よ」
オリヴィエの温かい言葉に涙が流れそうになる。
「ありがとうございます」
ジャレッドは深く頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。
「他人行儀ね。もういい加減、わたくしたちに対して遠慮するのをやめなさい。出会って二ヶ月ほどとはいえ、これだけ濃密な時間を一緒に過ごしてきたのだから、今さらでしょう?」
「そう、ですね。もう何年も一緒にいるような気がします」
「ならなおさら他人行儀はやめなさい。じゃあ少し待っていてね」
オリヴィエはそう言い残して部屋を出ていく。彼女の背を見送っていると、
「ふむ。オリヴィエ・アルウェイとこうして会うのは初めてだったが、いい女ではないか。大事にしろよ、ジャレッド・マーフィー」
「言われるまでもない。ていうか、命を狙ったことがあるお前には言われたくない!」
言葉とともにローザがジャレッドの肩を叩くので、払いのける。
「手厳しいな。事実なので反論できない。だが、私もプファイルもオリヴィエ・アルウェイはもちろん、ハンネローネ・アルウェイにも恨みもなにもない。むしろ、好感さえ抱いている」
「好感ってお前な」
「イェニー・ダウムにも、もう一度会って話したかった」
「わたくしもですよ。ローザ・ローエン」
呆れた声をだしたジャレッドに対し、ローザは素知らぬ顔でイェニーに笑みを向ける。
イェニーも笑顔で返し、小さく礼をする。
「ですが、まさかこのような形で再会するとは思いませんでした」
「私もそう思う。いずれ、あのときの決着をつけさせてもらおう」
「きっとわたくしが勝ちますよ」
「言ってくれるじゃないか」
自身の実力を信じているイェニーに喜びの表情を浮かべるローザ。彼女もまた強い者と戦うことが好きな一面をもっているようだ。
「ええ、言いますとも。お兄さまを支える妻のひとりになる以上、わたくしはわたくしのできることをします。守ってもらうだけのかわいらしい人間ではないので、剣技によってお兄さまをお守りするつもりです。ゆえに、負けません」
「ほう」
感心したようなローザに、イェニーは不敵な笑みを浮かべて続けた。
「ヴァールトイフェルでは魔術の使用を禁止されていると聞いていますが、わたくしと再戦するときは是非魔術をお使いになってください」
「いいだろう。私の十全の力をもってして、お前と戦おう。だが、今ではない。父を裏切った者たちを片付けたら、その次はお前だ――イェニー・ダウム」
「楽しみにしています。ずっと戦うことを避けてきましたが、わたくしもお祖父さまの孫なのでしょうね。あなたと戦うのが楽しみです。ローザ・ローエン」
ジャレッドもプファイルも彼女たちの間に割って入ることができず、ただ見守るだけ。
とくにジャレッドはいつ戦闘が始まるのか気が気ではなく、胃が痛くなっていた。昔から知っていたはずの従姉妹の新たな一面に驚きながらも、楽しそうに見えた。
もしかするとこれがイェニーとローザのコミュニケーションなのかもしれない。
――物騒極まりないが。
「止めなくていいのか?」
「嫌だ。お前が止めろよ」
「私は巻き込まれてひどい目に遭いたくない。イェニー・ダウムはお前の婚約者だろ」
「それを言ったら、ローザはお前の同僚だろう」
彼女たちが武器を所持していないことが救いだ。イェニーは剣を握らなければ才能を発揮しきれないという弱点もあるので、ここで戦うことはない。多分。
「お待たせしたわね。はい、お父さま当てに手紙を書いたわ――あら、なにかしら?」
「ちょうどいいタイミングで戻ってきてくれてありがとうございます!」
「さすがオリヴィエ・アルウェイだ。さあ、ローザ。非戦闘者がいるのだからいつまでもイェニー・ダウムとにらみ合っていないで私たちもするべきことをしにいくぞ」
戦うつもりはないと言いながら、双方目を逸らさないイェニーとローザをプファイルとともに引き離す。
オリヴィエから手紙を受け取り、許可を得て中身を読ませてもらう。
手紙にはルザーの母に関することと、フィリップス子爵と彼の正室の動向を教えてもらいたいという旨が書かれていた。それだけでもありがたいというのに、コルネリア側にいるルザーに関してはジャレッドに一任してほしいと、彼の母をオリヴィエが保護したいとまで書いてくれてある。
「ありがとうございます、オリヴィエさま」
「気にしないで。わたくしにできることは、お父さまに頼むことくらいだもの。ジャレッド、どうか気をつけてね」
「はい」
できることなら一緒に公爵のもとへいきたいのかもしれない。しかし、聡いオリヴィエはこの現状の中自分のできることは限られていることを理解している。ゆえに、ついてくるのではなく、手紙を用意してくれた。
ジャレッドが頼んでも公爵は快く引き受けてくれるかもしれない。だが、娘が頼んだほうがより可能性がより大きくなる。彼女の心遣いに感謝しながら手紙を懐に入れる。
今はとにかく突然の訪問となってしまうが、事が事なので公爵に少しでも早く伝えたい。
「プファイルたちはどうするんだ?」
「私はこれから出勤だ」
「……ウエイトレス頑張ってね」
「ローザはさておき、ヴァールトイフェルが動いているので、今はまだ慌てる必要がない。コルネリア・アルウェイがドルフ・エインに依頼しているのなら、アルウェイ公爵が動けば必ずなにかしらの動きがあるはずだ」
間違いなくそうなるだろう。
どのようにコルネリアがドルフ・エインとコンタクトをとったのか不明ではあるが、助けを求めたのであれば公爵が動けば必然と奴らも動くことになる。つまり、ルザーも再びジャレッドの前に現れるだろう。
「動きがあれば私が伝えよう。お前はアルウェイ公爵に会い今後のことを相談しろ」
「わかった。俺のいない間だけど――」
「言われずともわかっている。アルメイダや璃桜がいるからといって安心はしない。私もできる限り、この屋敷を守ると約束しよう」
「ありがとう、プファイル」
実力をよく知っている彼が屋敷を守ってくれるのであれば、ジャレッドは安心して公爵家に向かうことができる。
義理堅いプファイルにジャレッドは心から感謝した。