23.これからの相談2.
「お、オリヴィエさま……これは、その」
話に集中しすぎたせいでオリヴィエたちが近づいてきていることに気づかなかった。
今までは常に警戒心を無意識に抱いてしまう癖があったジャレッドだったが、オリヴィエを大切に思うようになればなるほど、警戒心がなくなっていく自覚がある。
イェニーにとっては昔から妹同然だったので、警戒する必要がない。なによりも、彼女は剣術だけではなく気配を消すことにも長けていると最近知ったので警戒しても無駄だ。
総合面ではジャレッドに軍配があがるかもしれないが、単純な体術面ではイェニーのほうが上だった。
「わたくしの屋敷で勝手なことをして知られずにすむと思っているのかしら?」
「それは、その、思っていません。ごめんなさい」
どう見ても怒っていると言わんばかりの婚約者さまに、言い訳を考えたが素直に頭を下げることにした。きっと言い訳などしたら彼女の怒りが高まるだけだ。
「どうしてわかったんですか?」
「イェニーが屋敷の中にウエイトレスが侵入したとわけのわからないことを言ったから、もしかしたらジャレッドかプファイルがいかがわしいことでもしているのかと思ったけど――あなただったのね、ローザ・ローエン」
さらりと酷い誤解をされていたが、ジャレッドとプファイルが抗議の声をあげる間もなく、彼女の興味はローザに向く。
「こうして会うのははじめてだな。オリヴィエ・アルウェイ。そして、久しぶりだな、イェニー・ダウム」
「ええ、はじめまして、と挨拶をしておきましょう」
「お久しぶりです、ローザ・ローエン。そのウエイトレス姿、素敵ですよ」
「ふふっ、ありがとうと言っておこう。個人的にもこの制服は気に入っている」
挨拶を交わしながら、制服を褒められたローザが胸を張る。
なぜそうもウエイトレス姿を誇れるのかジャレッドには理解できないが、本人がよければそれでいい。イェニーも間違いなく本心から褒めている。オリヴィエだけは微妙な顔をしているので少しだけ安心したのは秘密だ。
「さて、挨拶もしたことですし、さっさとなにを企んでいるのか話してもらうわよ」
「オリヴィエさま、できればあなたはもちろんイェニーにも関わらないでほしいんです」
「駄目よ」
ジャレッドの願いをオリヴィエは切って捨てた。
「昨日、明らかになにかがあったと丸わかりで帰ってきておいて、なにもなかったとあなたは言ったわ。だけど、そんな嘘をつくくらいだから間違いなくよくないことが起きた――そうでしょう?」
「その通りだ。オリヴィエ・アルウェイの考えるとおり、よくないことが起きている」
「おい、プファイル! なにを勝手に――」
ジャレッドがどうするべきか迷うよりも早く、プファイルが返事をしてしまい抗議する。だが、彼は真面目な顔をしてジャレッドに視線を向けると、言い聞かせるような声音をだす。
「この屋敷で一緒に暮らしているからこそ、お前がオリヴィエ・アルウェイとイェニー・ダウム、そしてハンネさまとトレーネを大切に思っていることは痛いほどわかる。私も同様だ。私を受け入れてくれたこの屋敷の者たちを守りたいと思っている」
「ならどうして」
「事実を隠すことが最善だとは限らない。危険があると知っているからこそ自衛することができる。無論、知らなくていいこともあることは理解しているが、今回の一件は知っておくべきだと私は思う」
プファイルの言葉に反論したいができなかった。
ジャレッドはなにも好き好んで危険を秘密にしたいわけではない。オリヴィエたちの抱えている問題であるコルネリア・アルウェイの一件が片付いたわけではないのに、ここにきてルザー・フィッシャーとヴァールトイフェルの問題に巻き込みたくなかったのだ。
自分では足元にも及ばないアルメイダが屋敷を守ってくれると約束してくれたこともあり、彼女たちには穏やかに暮らしてほしいと願わずにはいられなかった。
オリヴィエとイェニーがジャレッドの考えを快く思わないと承知しながら、自己満足であると理解もした上で、ことを明らかにしたくなかったのだ。
「いいことを言ったわね、プファイル。あとでお母さまが焼いたクッキーを食べてもいいわよ」
小さくガッツポーズをするプファイルを見なかったことにして、ジャレッドはオリヴィエと向きあう。
「ジャレッドにとってわたくしたちは守るべき存在なのかもしれないわ。わたくし自身はイェニーと違って自衛手段ももっていない。だけどね、あなたがすべてひとりで背負わなくていいのよ」
「オリヴィエお姉さまの言う通りです。わたくしの剣をお兄さまのために使わせてください。まだ子供なので無理もないかもしれませんが、もっとわたくしを信頼してください」
婚約者二人が悲しげに訴えられ、ジャレッドは頭を殴られたような衝撃を受ける。
ないがしろにしたつもりもなければ、信頼していないわけでもない。ただ、二人を危険に巻き込みたくなかっただけだったのだが、そんな自分の行動が裏目にでてしまい彼女たちを悲しませていた。
これでは危険から遠ざけても意味がない。物理的には守られるかもしれないが、彼女たちの心は傷ついてしまう。
「私からもアドバイスしてやろう、ジャレッド・マーフィー。女をなめるな」
ローザからも言われてしまい、ジャレッドは落ち込んだ。
独りよがりをしていた自覚はあったが、彼女たちのためになると勝手に思っていた。しかし、その考えこそ間違いだと痛感したのだ。
「オリヴィエさま、イェニー、勝手に抱え込んでごめん。よかれと思ったんだけど、秘密にされる側のことを考えてなかった。本当にごめん」
「これからはひとりで抱え込まず、相談してくださいね、お兄さま」
「そうよ。武力はなくても相談に乗ることだってできるわ。戦えない人間の視点で意見を言うことだってできるのだから、ジャレッドはもっとわたくしたちを頼りなさい」
オリヴィエもイェニーも心が強い人だということを知っていたはずなのに、どこかでそう思っていなかったのかもしれない。
ジャレッドは反省すると同時に、気づかせてくれたプファイルとローザにも感謝する。
かつては敵であり、もしかするといずれはまた敵となる可能性がある二人だが、少なくとも今は信用できる。
「プファイル、ローザ、俺に気づかせてくれてありがとう」
「……ハンネさまが悲しまなければ私はそれでいい。気にするな」
「ジャレッド・マーフィーが礼を言う必要はない。私が好きでしていることだ。それに、少しでも以前の借りを返しておきたいからな」
プファイルがそっぽを向き、ローザは相変わらずな態度で返事をしてくれた。
すると、オリヴィエがそばに寄ってきてジャレッドの顔を掴む。力を込めているのか痛い。
「さて、秘密を抱えてばかりのジャレッドが反省したところで――さっさとなにが起きているのか吐きなさい」
笑顔を浮かべてこそいるが、目が笑っていないオリヴィエにジャレッドは思い出す。
――俺の婚約者は怒ると怖い。