15.魔術師協会からの依頼1.
昼休み、ジャレッドは約束通りラウレンツと魔術談義に花を咲かせていた。
メンバーはジャレッド、クリスタとラーズに、ラウレンツとベルタにクルトだ。ラウレンツはジャレッドと険悪なままではいさせたくないようでドリューを探したらしいが見つからなかったようだ。
ベルタとクルトは双子で、代々ヘリング家とともに歩んできたバルトラム男爵家の長男長女らしい。彼女たちは貴族の立場よりもラウレンツの従者としての立場を大事にしていることが態度や言動からよくわかった。
昼食を終えたジャレッドたちは、食堂の外にある四人掛けのテーブルふたつを並べていた。
ジャレッドはラウレンツと地属性と大地属性の違いについて語り合い、クリスタは同性のベルタと小さな声でなにか話している。ラーズは紅茶を飲みながらジャレッドたちの会話に耳を傾け、クルトも同じ魔術師として興味深げに話を聞いていた。
「――なるほど、勉強になった。ありがとう、ジャレッド」
「俺も学ばせてもらったよ。ありがとう」
地属性を極めんとするラウレンツの魔術への姿勢と知識はジャレッドが学ぶべきものが多くあった。三つ属性を持っていると言えば聞こえがいいが、すべてを極めようとすれば時間がかかってしまう。そういう意味では複合属性よりも一般的な単一属性の方が極めるには早く、集中できる。
もちろん、ひとつの属性とはいえ魔術を極めるなど到底不可能である。そのことを承知で魔術師たちは極めようとする。
「ふむ。ジャレッドとラウレンツの話を聞いていて疑問に思ったのだが、植物を操るには地属性では駄目なのか?」
「僕も教えて欲しい。植物を操る属性魔術は聞いたことがないんだ。魔術師が手の内を明かさないことは承知しているけど、少しだけでも頼めないかな?」
ラーズの疑問と、ラウレンツの頼みに、ジャレッドは説明をはじめた。
「別に隠したいわけじゃないからいいんだけど……。植物は地属性魔術だと俺は考えている」
「地属性――ならば僕でも使えるのか?」
「もちろん。だけど、使うまでの準備が大変なんだ。やろうと思えば、そこらに生えている植物に魔力を送り操作することもできるけど、植物が魔力を受けきれないという難点がある。操作できたとしても植物そのものに限界があるんだ」
と、そこで言葉を止めると懐から紙包みに入った複数の種をテーブルに置いていく。
「これは?」
「種類こそ少ないけど、魔力に耐えることができる植物たちの種だ。中にはモンスターの巣や集落に生えているものもあって、日常的に魔力を吸収して生きている」
「昨日、ドリューに使った茨もそうなのか?」
「正解。種に魔力を送ることでいっきに発芽させて操るんだ。そうだな、一種の使い魔と思ってくれて構わない。植物にも意志があるから」
気付けば全員の興味が集まっていた。
魔術師ではないクリスタでさえ興味津々に身を乗り出している。
「だが、私には地属性でなくとも魔力を送ることができれば植物を使役できると思えるのだが?」
「相性の問題もあるな。多分、水属性魔術師なら同じことはできると思うけど、火属性は駄目だな」
「というと?」
「火ってどんなイメージがある?」
ジャレッドの問に、全員が口を閉じ思考する。
最初に口を開いたのはクリスタだった。
「燃やす、とかかな?」
「そうだね。火属性の一面だけど、まず燃やすことがイメージしやすい。魔術もだいたい攻撃に特化しているから、火属性魔術師には植物を育てることはできない。人にもよるけど、攻撃的な魔力は守ることや育てることに適していないんだ」
このあたりの話になってくると、おそらくキルシ・サンタラの方が詳しい。散々、魔術実験に付きあわされたので、痛いほどよくわかる。植物を操る方法もキルシの実験によって取得したものだった。
現在進行系で研究されているものであるため、正確な答えはでていない。ただ、地、大地と聞いて思い浮かべるのは地面と植物が多いはずだ。そういう想像力や先入観、そして魔術師の資質が植物を成長させ、使役することに向いているのではないかと考えられている。
「む、難しいね。つまり感覚的なものでしょ?」
「全部が全部はっきりしているわけじゃないからね。詳しいことはキルシ先生に聞けばいい。実験付きで教えてくれるよ」
「それは嫌だなぁ」
「待て、ジャレッド。もしかして、今の話はサンタラ先生の研究内容なのか?」
「そうだけど――ああ、別にこのくらいなら話しても構わないよ。もっと踏み込むとわけがわからなくなるから。結局、地属性魔術師なら植物を育てやすい魔力があると思われていて、大地属性はさらに水という植物の成長に欠かせない属性を持っているからもっとも育てやすい――と考えられているんだ。とりあえず、そんなものだと思っていればいいんだよ」
ジャレッドも正直よくわかっていない。ただ、自分に植物を成長させ使役できる素質があったので使っているだけだ。キルシの研究成果でもあるため、代償は支払っており、応用した使い方を編みだせばすべて伝えている。実験台にもなっているので文句は言われない。むしろ、代償がでかすぎると文句を言いたかった。
ラウレンツの質問に答えていたジャレッドだったが、ふいに動きを止めた。
全員がなにごとかと思い、視線が集まる。
「ふむ……客だな」
ジャレッドに続いて気付いたのはラーズだった。
小さな足音が近づいてきているのがわかった。足音の主は意識して気配を消しているようだが、人間は完全に気配を消すことはできない。
息を殺そうが、心臓は動く。動けば音がしてしまうのは避けようがない事実なのだ。
だが、近づいてくる者はかなりの使い手だと判断できる。
椅子から立ち上がり制服の上着からナイフを抜いて構えると、ラーズ以外がぎょっとする。
「マーフィーくん!?」
「静かに」
振り返ることなく短く返事をする。意識はそのまま。食堂と外を続く一枚の扉を睨みつけている。
「ええと、あの、敵意はないので構えを解いてくだされば助かります」
聞き覚えのある声が聞こえ、ジャレッドはすぐにその声の主が誰なのか思いだした。
「デニス・ベックマン?」
「はい、デニスです。ご無沙汰――していませんが、こんにちは。扉を開けますが、攻撃しないでくださいね」
そう言い現れたのは間違いなく魔術師協会のデニス・ベックマンだった。
「マーフィーさま、そしてご学友の皆さま、私は魔術師協会のデニス・ベックマンと申します。あまり協会の人間が学園を出入りするのを見られるのは好ましくないと思い、気配を消したのですが、警戒されてしまったようで、申し訳ありません。あはははは」
嘘つけ、とジャレッドは内心毒づく。
気配を消しただけならまだしも、わずかな敵意をわざと発していたことは見逃さなかった。
ラーズ以外が気付いていなかったので守ろうと構えを取ったが、単身であればとうに襲いかかっていた。
「デニスさん、俺はあまり探られたりするのは好きじゃないんです。ご用件は?」
「ジャレッド・マーフィーさまに――魔術師協会から依頼を持って参りました」