22.これからの相談1.
ルザー・フィッシャーと再会した翌日。アルメイダから受けている魔力制御に必要な訓練を終えたジャレッドのもとへローザ・ローエンが訪ねてきたことで今後の動きを話しあうことになった。
ジャレッドはルザーを母親に会わせたい。そのためにもローザやヴァールトイフェルの力は必要だ。二度もハンネローネとオリヴィエの命を狙ったことに思うことはあるが、狙われた本人たちが気にしていないのでジャレッドも彼女たちに倣う。
「昼前だというのにすまないなジャレッド・マーフィー」
「別に構わないけど――なんだよ、その恰好は?」
「なんだと言われても。見てのとおり、レストランの制服だが?」
「いや、意味わかんねえし」
「似合っているだろう?」
ローザは桃色の制服の上にフリルのあしらわれたエプロンを身に着けていた。彼女の年齢は二十歳手前なのだが、大人びた容姿や雰囲気のせいでちょっと無理があるように見える。整った顔立ちをしているローザは、少々険のある瞳が印象に残る。彼女がウエイトレスとなり客に「いらっしゃいませ」と微笑む姿は想像し難い。どちらかといえば、ちょっかいだしてきた男性客を殴り飛ばす姿のほうが容易に浮かぶ。
「……ローザはドルフ・エインの動向を探るために王都でしばらく生活にすることになったのだが、その、住み込みで給仕をするらしい。制服に関しては、触れるな」
「わ、わかった」
疲れた様子のプファイルの声に、ジャレッドは素直に従った。ローザがかわいいウエイトレスの制服を気に入っているならそれでいい。第三者がとやかく言うことでもないだろう。そういうことにした。
「それで、ルザーの、いやドルフ・エインの行方に関してはわかったのか?」
「残念だがまだだ。人員を使い探させてはいるが、向こうもこちらに見つかれば面倒なことになるとわかっているはずだ。ときがくるまでは本格的に動かないだろう」
「ときがくるまで、ね。じゃあ、そのときっていつだよ?」
返答はない。知らぬがゆえの沈黙か、それとも言いたくないなにかがあるのか。
ヴァールトイフェルと元ヴァールトイフェルの戦いなど正直ジャレッドにはどうでもいい。降りかかる火の粉があれば振り払うこともするが、本来なら放置してもよかった。しかし、そこにルザーが関わっているのならまた別の話だ。
彼がなぜドルフ・エインに従い、どうしてジャレッドを恨んでいるのか突き止めなければなんらない。そして、ルザーを母親に会わせなければならないのだ。
ジャレッドには、ルザーと母親を再会させる義務がある。ゆえに、ヴァールトイフェルの厄介ごとにも進んで協力しようと考えている。代わりに、ローザたちの力も借りることで、ルザーと会わなければならないのだ。
「動きだせばいずれわかる。ドルフ・エインさえ倒せば名もなき反乱組織は潰れるだろう。しかし、奴を倒すには五人の幹部を見つけだし、倒さなければならない」
「五人の幹部?」
「ジャレッドの知り合いというルザー・フィッシャーをはじめ五人の幹部がいる。奴らを倒せば、ドルフ・エインは終わりだ」
「父を裏切ったドルフ・エインはヴァールトイフェルに所属こそしていたが、戦闘者としては出来損ないであり決して強いわけでもない。問題は、私やプファイルと同じく父ワハシュの後継者だった者が三人も引き抜かれていることだ」
思い出すのはつい先日戦ったフレイムズという青年だ。
戦ってみれば強いには強いが、プファイルやローザよりも実力は劣る。正直、後継者のひとりだときいたときには耳を疑い、実力を隠しているのではないかと考えたほどだ。だが、足を貫かれてもルザーが助けにくるまで意識を失っていたことから、後継者だからといってプファイルたちと同等の実力を持っているわけではないと判断できる。
無論、戦えば強敵であることは間違いないが、大きな脅威ではない。
「その五人の幹部にルザーも含まれているってことでいいんだよな?」
「そうだ。奴こそが一番厄介かもしれないと私は考えている」
「どういうことだ?」
ローザに問うと彼女は苦い顔をしている。
「ルザー・フィッシャーにはすでに多くの組織の手の者が倒されている。不思議なことに殺された者はいないが、しばらく動けない程度には叩きのめされていた」
「私の放った矢も難なく受け止められたことを考えると、戦闘面では強敵だと判断するべきだろう。少なくともフレイムズ程度だったら私の矢を掴むことなどできない」
プファイルが悔しそうに唇を噛んだ。
「なによりも、ドルフが父に隠していた人材だ。はっきり言って実力は未知数だ」
「だろうな。俺にもルザーの実力の底が見えない」
雷属性の魔術師であることだけでも厄介だというのに、大剣を片手で振り回す剛力まで持っている。
離れても、近づいても隙がない。わずかな時間だが戦ったジャレッドだからこそよくわかった。
「五人の幹部ってルザーのほかに誰がいるんだ?」
「わかっているのは、父ワハシュを裏切ったフレイムズを含む後継者とされていた三人だけだ。あとのひとりは不明だ」
ジャレッドの脳裏に浮かんだのは、ルザーのそばに付き従っていた白ずくめの少女だ。
ずっとルザーとの戦いを眺めていた彼女がもしかすると最後のひとりなのかもしれない。
「ローザの言う通り最後のひとりこそわからないが、それでも四人を潰すことができればドルフ・エインは終わりだ。奴に従っている部下の中で、忠誠を誓っているのはわずかだ」
「どういうことだよ。ヴァールトイフェルを裏切ってまでドルフって男についたんだから、忠誠心は強いじゃないのか?」
「奴らの組織を結束させているのは忠誠心ではない。ヴァールトイフェルの長ワハシュへの不満だ」
プファイルの言葉を、ワハシュの娘ローザが引き継ぐ。
「父は本来ならひとりを選ぶはずが、私やプファイルを含めて五人の後継者を選んだ。最初こそ、その中の誰かが後継者になると思われていたが、そうではないとわかった」
「ひとりじゃなくて五人でワハシュの後継者なんだろ?」
「そうだ。私とプファイルはそれで構わない。ワハシュの決定なら従う。だが、フレイムズたちは違った。以前から後継者候補として名前が挙がっていただけに、たったひとりに選ばれなかったことが不満だったのだ」
「わがままな奴らだ」
決定が嫌だから反旗を起こすなど、子供のようだと思わずにはいられない。しかし、歴史を紐解けば戦争なども同じような理由で起こるのだから始末に悪い。
「ドルフ・エインは先日伝えたように、立場が危うくなったので行動を起こした。しかし、幹部以外の人間は違う。純粋にドルフを慕っている者もいる、今までのヴァールトイフェルを動かしているのは父ワハシュではなくドルフだ。奴に力を見出された者たちは、奴に従うだろう」
父親の組織に属しながら裏切り者についた離反者たちに、ローザは忌まわしいと言わんばかりに表情を歪めた
「ドルフは人を使うのが上手い。使えない人間は簡単に切り捨てるが、使える人間には実力に応じた扱いをするので組織内でものし上がることができる。そんなシステムを作ったのがドルフだ。ゆえに奴に認められようとする者も多い」
「対して父はめったに姿を見せない。末端の人間の中には、存在を疑う者さえいる。目に見えない存在よりも、見える存在に従いたいという人間は多い」
「そのせいで多くの離反者がでたわけか」
「そうだ。無論、残っている者たちも多い。その多くが、父を信じる者たちや、離反者とは違いドルフのやり方に賛同しない者たちだ。組織は半分に割れたが、ヴァールトイフェルに残った者は実力、忠誠心のどちらかが信頼に値する人物ばかりだ。そういう意味では、ドルフは組織の人間を整理してくれたことにもなる」
玉石混淆であった組織から優れた者だけを残してくれたのだから、その面ではドルフ・エインは失敗したことになるのかもしれない。だが、話を聞けば、人間を道具のように使うことのできる奴だ。幹部とされる五人がいるかぎり末端は替えが聞くと思っているはずだ。
「だからこそ私たちは幹部を潰す必要がある。そうすればドルフ・エインは組織を維持できない」
つまりドルフ・エインと幹部以外は放置しても構わないと判断しているのだ。ドルフの組織を潰したあと、離反者をどうするのかジャレッドは知らないし興味もないが、幹部抜きで組織を維持することはできないと見ている。
「ジャレッド、客がきたぞ」
「プファイル?」
ローザの話に耳を傾け、自分の中で考えをまとめていたジャレッドに苦笑を浮かべてプファイルが声をかけた。
客とはどういう意味だと首を傾げたと同時に、
「あら、こんなところで集まって密会でもしているのかしら?」
扉を開けてイェニーを引き連れたオリヴィエが部屋に入ってきた。