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19.ジャレッド・マーフィーとルザーの出会い4.




 部屋からでる許可を与えられると、施設に連れてこられてから一週間が経ったことを教えられた。

 もうそんなに時間が経ってしまったのかと他人事のように思えた。

 約束していたイェニーは、急にこなかったジャレッドに対しどう思っているのか。怒っているのか、それとも心配しているのか。

 父は祖父になんと言ったのだろう、と気にもなった。


 ジャレッドがこうしてここにいる以上、いつかは説明するべき日が訪れるはずだ。そのとき、どこかの誰かに売り飛ばされていれば、下手な言い訳はできない。

 正義感が強く、人と人の関係を大切にする祖父が真実を知れば激怒するはずだ。必死になって自分の身を探してくれるかもしれない――そんな甘い考えが脳裏に浮かんだ。

 その前に、父を斬り捨ててしまいそうだが、それこそどうでもいい。だが、できるならこの手で殺したいと願う。


「ずいぶんと顔つきが変わったな。大抵の奴は心が折れて死んだような顔つきになるんだが、お前の場合はまた違うな。だが、そんな顔をしているといいことにはならないぞ。ほら、ここは子供たちが日に三度食事を取る場所だ。出入りは自由だが、あまりお勧めはしない」


 初日に初めて声を交わした男――トムに施設の中を案内されたジャレッドは、最後に食堂に連れてこられた。

 途中、何人かの少年少女とすれ違ったが、どいつもこいつも顔に生気がなく、死んだように生きている。

 こうはなりたくないと心底思った。


 食堂の扉が開かれると、三十ほどの視線がジャレッドに集中した。

 ある少年は獲物がきたと笑い、ある少女は声をだして歓迎しペットにしたいと言いだした。ひとりの少年は一瞥すると興味を失ったのか手にしていた書物に視線を戻している。

 収容施設とは思えない自由さがあるが、共通していることは今まですれ違ってきた子供たちとちがい、彼らには生気があった。いや、それどころかギラギラとした獣のような目をしており、他人を食らってでも生き延びようとする強い意思を感じられた。


「新人だ。規則は守れ、つまらないことをして煩わせるなよ」


 返事はない。だが、トムは気にすることなく、ジャレッドの肩を一度だけ叩くと食堂から去っていく。

 すでに朝食は済ませているのでここにはようがないため、ジャレッドも部屋に戻ろうとする。不特定多数の誰かと関わってもいいことがないと判断したのだが、


「おい、新入り」


 声をかけられ振り返ると――視界いっぱいに拳が迫り、頬に衝撃が走った。

 殴られたのだとわかったときには床に倒れており、同時に歓声があがる。

 トムの言っていたいいことにはならないという意味がわかったが、なにも嬉しくない。こちらと満足に喧嘩もしたことがないのだ。

 抵抗したくとも大人から受けた暴力を思いだしたジャレッドの体は恐怖で硬直してしまう。


「挨拶くらいしろよ」


 恐る恐る目を開けると、十五、六歳の小太りの少年がいやらしい笑みを浮かべていた。


「……こんにちは」


 求められている挨拶と違うことを承知で、声を発すると、少年の笑みが深まり今度は蹴りがくる。

 腹や足、顔を何度も蹴られ続けて大の字になったジャレッドの向い、少年が近づき笑顔を向ける。


「気に入った。手下になれば、他の奴から守ってやる」


 誰が手下になるかと言いたかったが、口の中を切ってしまっていたので話したくない。すると、返事を待っていた少年の背後から数人の少年少女が集まってくる。


「なに抜け駆けしてんだよ」

「私が目をつけたんだから私のものよ」


 誰がジャレッドを手下にするのか揉めだした少年少女たちはたちまち喧嘩となり、野次馬がはやしたてる。

 朦朧としている意識の中で、施設内には複数のグループがあることがわかった。話しかけてきた小太りの少年や、少女たちの下に他の子供たちが付き従い、施設の中で権力争いをしているのだ。


 ――まるでしつけのされていないケダモノだ。


 どうとでもなれ、と思っていると、騒ぎに興味を示さず読書していた金髪の少年がジャレッドのかたわらに移動してしゃがみ込んだ。


「おい、聞こえるか? どうせ誰も説明してくれないだろうから俺がしてやる。ふざけた施設だが、ガキ同士にも最低限のルールはある。まず、メシは奪わない。決まった量を食わないといけないから邪魔すれば大人に痛めつけられる。殺しもしない。過去に喧嘩のせいで死んじまった奴がいたが、殺したほうが連れていかれてそのあと誰も見ていない。おそらく処分されたんだろうな」


 処分、という言葉に体が強張ったのがわかった。


「そうビビるなって。誰も殺しをするほど馬鹿じゃないさ。それに、そんな勇気もない。そうそう、お前の目を見ると誰の下にもつかないようだからいいことを教えておいてやる。俺たちは常に監視されていると思え。だからなにかされたら大げさに騒げば、大人が叩きのめしてくれる。じゃあ、頑張れよ」


 本を手にしてジャレッドから離れていこうとする少年を思わず、呼び止めた。


「ねえ、君は誰?」

「……俺はルザー。お前は?」

「ジャレッド。ジャレッド・マーフィー」

「そうか、ジャレッドか。なら、お近づきの印にこれをやるよ」


 そう言ってルザーは投げたのは彼が読んでいた本だった。

 体が満足に動かせないため、本を腹で受け止めることとなり大きく咳き込んだジャレッドをルザーが笑った。

 そのまま去っていく彼を見送ると、本を握りしめて重たい体を引きずって部屋へと戻った。



 これがジャレッド・マーフィーとルザー・フィッシャーの出会いだった。

 そして、再会するのは一週間後となる。




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