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18.ジャレッド・マーフィーとルザーの出会い3.



 ジャレッドが目を覚ますと見覚えのない部屋にいた。ベッドしかない狭い個室であり、元は白かったのだろう壁は年月を経て灰色に汚れている。

 ベッドから起き上がると、頭部に鈍痛が走り、誰かに殴られたことを思いだした。

 誘拐、と単語が浮かぶ。だが、自分を誘拐するメリットがあるのだろうかと考え、ないと即断する。


 仮に誘拐であったとしても、自分には価値はない。剣の一族に生まれながら剣の才能はなく、父親との仲は悪く、側室から嫌われている。身代金の要求があったら間違いなく見捨てられるだろう。そう他人事のように思った。

 祖父母であれば交渉に応じてくれるかもしれないが、ダウム男爵家は国に仕える武家なので誘拐犯を相手にするかどうか怪しい。


 他に考えられるのは人さらいだ。魔力を所有する子供を攫い、売り飛ばそうとする人間がいることは世間に疎いジャレッドでさえ知っていた。

 とくに魔力がありながら魔術の初歩も使えない子供――つまりジャレッドのような存在は捕らえやすく売りやすい。売られた子供の末路はわからないが、だいたい酷い目に遭うだろう。


「逃げないと」


 ジャレッドにも抵抗する意思くらいはある。問答無用に殴られて攫われました、で終わるつもりはない。

 しかし、部屋の外に通じる扉は鋼鉄製であり、鍵がかかっているのかびくともしない。苛立ちに任せて蹴りつけるも、痛むのは自分の足だけ。


「静かにしろ!」


 何度も扉を蹴ると、男の怒声が飛んできた。


「どうしてこんなことをするんだ! ここからだしてくれ!」


 人がいることに安堵を覚え、必死に助けを請うも、


「駄目だ。一日ここで過ごしてもらう。自分の現状を受け入れろ」

「現状ってなんだよ?」

「お前はこれからここで暮らすんだ。いいな?」

「よくない! 誘拐なんて許されると思っているのか!」


 男は笑う。

 事情を理解できないジャレッドを馬鹿にするように、憐れむように、笑い続けた。


「そうだった、お前はまだ知らないんだな」

「なにを」


 男の笑う理由がわからず、ドア越しに言葉を待つ。


「ジャレッド・マーフィーくん。お前は親に捨てられたんだよ」

「――な」

「ここは問題児や公にしたくない子供が大人の都合で収容される場所だ。まあ、買い手がつけばそれなりの場所に売ってやることもできるが、お前はどうなんだろうな?」


 言葉がでないジャレッドに対し、扉の外から男の笑い声が止まった。そして、今度こそ哀れみしかない声が放たれる。


「まあ、俺も悪党だがお前の親はクズだな。家督を継げない長男が邪魔で、魔力があるから他の貴族に婿にとられても面白くない。あとはなんだったか、そうだ、お前の爺さんが家督を継がせる可能性もあるから徹底的に排除したいんだとよ。だから、魔力をもつ子供を欲しがるどっかの貴族にでも売り飛ばしてくれだとさ」


 声の代わりにジャレッドの瞳から一筋の涙がこぼれる。

 まさかそんなにも疎まれているとは思わなかった。父親とうまくいっていかいないのは認めるし、自分も父親を好きではない。だが、今まで暴力を受けたことがなければ、家からでていけと言われたこともなかった。


「かわいそうだが、貴族様にはよくある話だ。お前のような子供は何人も見ている。同情はするし、哀れにも思うが、俺たちのするべきことはかわらない」


 邪魔だと思うのならそう言ってくれれば喜んででていった。職もない子供だが、自分の意思で貴族であることをやめるという選択肢もあったはずだ。親によって隔離され、下手をすれば売られてしまうなどされたくはなかった。

 そうまでして自分がいらないというのなら、いっそ殺してくれればよかったのに。


「ここからだしてくれ!」


 扉を叩き、外にでたいと懇願するも、男の気配が扉から離れていく。

 何度も何度も扉を叩く。手の痛みを無視し、壊れたようにジャレッドは扉を叩き続けた。

 皮膚が切れ血が流れても決してやめず、扉が赤く染まってもなお一心不乱に続けていく。

 どのくらい続けたのかわからなくなっても、精神的にも体力的にも疲れても、拳を握れなくなってもジャレッドは続けた。

 他にするべきことがない以上、唯一できることをして気を紛らせたかったのかもしれない。すると、会話をした男とは別の声が扉越しに怒声が届く。


「頼む、ここからだして、くれ」


 力なく請うジャレッドの願いが届いたのか、音を立てて扉が開かれた。

 一度は顔を上げ期待を抱いたものの、不機嫌と苛立ちを同居させた中年が現れたと同時に、体が強張った。

 男の手には棒が握られていた。そして、身構える暇も与えられず、容赦なくジャレッドに振り下ろされた。


「うるせえんだよっ、クソガキ!」


 その後、ジャレッドは意識を失うまで痛めつけられることとなった。意識を取り戻せば、また痛めつけられ、ストレスを発散させるかのごとく蹴られ、殴られた。

 このとき死ななかったのが奇跡だと思うほど、容赦なく暴力にさらされ、ジャレッドの心は折れた。

 ひとりの男が止めにくるまで、時間は定かではないがジャレッドはただ暴力を受け続けた。止めてくれたのは会話した男だった。

 最低限の手当てをしてもらうと、


「しばらく部屋からださないことになった。頼むからおとなしくしていろ。でないと殺されるぞ」


 忠告を受け、従った。

 最初に会話した男だけが、まだまともだと思えたので従った。

 そして痛みを忘れるため泥のように眠り、その後数日間粗末な食事を与えられ、狭い部屋の中で過ごすこととなる。

 することもなく硬いベッドの上で丸くなりながら、爪を噛み、呪の言葉をつぶやき続けた。

 幼い少年の心は折れたが、代わりに強い感情によって心が埋まっていく。それは――憎しみ。

 元凶である父親への憎悪を抱き、ジャレッドは誓った。


 ――必ずここからでて、殺してやる。




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