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16.ジャレッド・マーフィーとルザーの出会い1.




 オリヴィエ・アルウェイは、でかけたときとは違い、明らかになにかあったと言わんばかりのジャレッドをイェニー・ダウムと一緒に心配していた。

 彼は「なんでもありませんよ」と言ったが、それが嘘だとすぐにわかった。まだ一緒に暮らすようになって日は浅いが、そのくらいわかる。

 なにかやましいことがあって嘘をついているのではなく、自分やイェニーを巻き込まないためだというのも察することはできた。しかし、それでも正直にすべてを明かしてほしいと思うのはきっとオリヴィエのわがままなのだろう。


 出会ってから戦ってばかりの婚約者はつい先日も元宮廷魔術師候補バルナバス・カイフと戦い重傷を負っているのだ。魔術師協会の対応が早かったおかげで事なきを得たが、少し間違えれば死んでいた可能性だってある。

 自分の知らないところでジャレッドが傷つくのは嫌だし、あとから知らされるのはもっと嫌だった。

 彼は午前中弟のコンラートに魔術を教え、そのあとダウム男爵家によって祖父母に会うと聞いていた。どちらかでなにかがあったと思うが、コンラートになにかあれば父から連絡がくるはずだ。


「オリヴィエお姉さま……その、もしかしたらわたくしの姉がお兄さまの機嫌を悪くしたのかもしれません」

「イェニーの姉というと、レナ・ダウムのことかしら?」

「はい。姉はお兄さまになにかあれば食ってかかるのです。いえ、本当は――」

「レナ・ダウムがジャレッドに想いを寄せていることは知っているわ」


 ジャレッドが婚約者になったときと、イェニーが側室になりたいと直談判してきたときに、二度オリヴィエはダウム一族に関して調べている。

 ジャレッドの父親が当主のダウム男爵家はもちろん、祖父が当主であるダウム男爵家も父から信用があると言われても、自分でしっかり確かめずにはいられなかった。


 その調査の過程でオリヴィエはレナ・ダウムのことを知っていた。彼女がジャレッドを敵視するかのように突っかかっていることや、実はその態度が感情の裏返しであることも。

 十六歳の割にはずいんぶんと子供じみた態度をとるものだと呆れと、きっと年ごろの少女がそんな態度をとればツンケンしていてかわいらしいかもしれないと思ったが、イェニーの表情を見るに後者はないらしい。


「姉はお兄さまに子供のころから好意を抱いていました。ですが、素直になれずいつも喧嘩ばかりです。お兄さまが一年以上行方知らずになり、戻ってきたときでさえ素直な態度をとることができませんでした」

「その子、重傷ね」

「お兄さまも姉の態度をそのまま受け取っているので、嫌われていると思っています。それでも、決して陰険な関係ではなく喧嘩する兄妹のようでした。ですが、オリヴィエお姉さまと婚約し、わたくしが側室になることが決まったことで、姉の態度はより頑なとなってしまったのです」


 恋に破れたのかもしれないが自業自得だとオリヴィエは思う。

 いつでも素直になれるチャンスはあったが、レナはならなかった。結果、見も知らずの女が婚約者となり、妹が側室となった。もう手遅れだ。


「もともと姉はわたくしがお兄さまのことを慕っていることを快く思っていませんでした。口でこそ、わたくしのためと言いながら実はお兄さまと仲がよかったわたくしを遠ざけたかったのです。そんな姉を見ていたからこそ、わたくしは素直になろう、気持ちはちゃんと伝えようと学びました」


 その結果、イェニーは望んだ通りに側室なった。

 もしかすると正室になりたかったのかもしれないが、そばにいることができればそれでいいと思っているイェニーにとって、正室であろうと側室であろうとジャレッドの妻であることが大切だ。

 姉を反面教師にしたおかげで、イェニーの恋は実ることとなる。だが、代わりに姉の恋は実らずに終わった。

 実を言うと、オリヴィエたちと一緒に暮らすようになってから姉から何度も手紙を受け取り、ときには実家で会いもしている。その度に、考えを改めるように言われたが、決して妹のことを思っての言葉ではないことがわかっていたので聞かなかった。


 次第に姉の目に嫉妬が宿るようになり、嫌われているのだと感じとれるようになっていく。誰にも伝えていないが、先日会ったときには悪態さえつかれた。

 しかし、イェニーは痛くも痒くもない。素直になれない独りよがりの感情を持て余していた姉が悪いのだ。以前は、素直になるように姉にも言ったことがあるが、今はもう言葉にする気もない。今さら素直になっても兄はもう姉のものにはならないのだから。


「秘める想い……とは少し違うわね。不器用なのかもしれないけれど、心のどこかできっと気づいてくれると思っていたのでしょうね。かわいらしい感情なのかもしれないけれど、わたくしにとっては伝わらない想いなんて意味がないわ」


 だからこそオリヴィエは照れや羞恥があっても伝えたいことはジャレッドに伝えるよう努力している。ときには躊躇うこともあるし、伝えきれないことも多々あるが、時間をかけて想いを伝えたいと思っている。

 一度も素直にならなかったため機会を逃したレナと違い、オリヴィエにはこれからも機会があるため焦る必要はない。そのことをレナに悪いとも思わない。彼女がもっと態度を改めていたら、そもそもオリヴィエが婚約者になることもなかった可能性だってあるのだから。


「仮にレナ・ダウムがジャレッドに対して素直になっても、わたくしは全力をもってして彼女を近づけさせないわ」

「はい。姉の自業自得ですので、わたくしは構いません」


 オリヴィエの宣言にイェニーは同意した。冷たいかもしれないが、好きになった相手と必ず結ばれるとは限らないのが恋愛だ。とくに貴族の婚姻に関しては、一般の恋愛よりも自由がない。姉も自分と同じようにある程度の自由が認められていたのは、兄を想っていることを祖父母が見抜いていたからだ。

 もらったチャンスを不意にしたのは姉自身だった。祖父母でさえ、姉に素直になれと再三伝えていたのをイェニーは知っている。


 レナは姉であり、家族だが、大切な兄に素直になれないことを免罪符に悪態をつく以上、近づいてほしくないというのが本音だ。

 そもそも長年続いた姉の自業自得で兄もまた姉を嫌いだしたので、もう手遅れただとも思う。


「残念だと思いますが、お兄さまと姉とは縁がなかったのでしょう」


 ジャレッドが幸せならそれでいいと考えるイェニーでさえ、レナでは兄を幸せにできないと思ってしまうのだ。オリヴィエからすれば、なおさらだろう。


「そうね、彼女とジャレッドは縁がなかったようね。わたくしたちは、素直になりましょう。ジャレッドにももっと気持ちを知ってもらいましょうね」

「もちろんです」

「そして、ジャレッドの気持ちをわたくしたちもたくさん教えてもらえればいいわね」


 まずは今日なにがあったのか聞きだそう。

 自分たちのことを思って言わないのであれば、もっと信じてほしいと思わずにはいられない。

 溜まった鬱憤をはらすかのようにアルメイダに訓練したいと言い、庭で悲鳴をあげているジャレッドをオリヴィエたちはひとりで抱え込まないでほしいと願った。




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