14.ヴァールトイフェルの事情2.
「ルザーが従っていると言った男だな。そいつが元凶ってことなのか?」
「そうだ。奴は、組織を運営することには長けていたが、ワハシュと目的は大きく違っていた」
「つまり?」
「父ワハシュが戦闘者を育てることを目的とするのなら、ドルフは金が目的だった」
いっきに俗っぽい話になったとジャレッドは思う。
ドルフの父や祖父、曽祖父はワハシュのために従順だったのかもしれない。しかし、ドルフは違うらしい。
いつの時代でも、どんな人間も組織でも、金が絡むとおかしくなる。
「ヴァールトイフェルは変わった。私の生まれたころになると、人材の集め方が雑になり、使い捨ての暗殺者が増えた。覚えているか? 先日、アルウェイ公爵家の別邸でプファイルが率いていた組織の人間たちを」
「忘れるわけがない」
捕らえるつもりだったのが目の前で自害されたのだ。忘れたくとも忘れることなどできない。
「彼らがいい例だ。ワハシュは自害など認めない。チャンスがあれば殺してでも戻ってくるように命ずる方だ。しかし、ワハシュではなくドルフの育てた者たちは、組織を第一に考える。いや、組織ではなくドルフを第一に、だな」
「ドルフ・エインはワハシュに運営を託されているため、ワハシュの名のもとに我々を切り捨てることができる。私だって、あのときあのまま自害を見届けたくはなかった」
「プファイル、お前……」
秘めていたプファイルの感情に、彼が暗殺者でいることが似合わないと思わずにはいられない。
自分を救ってくれたことや、日常での他愛ない会話。すべてが、初対面だったときのプファイルとは違う。
冷たい人間だと感じていたが、そうではないことはすぐにわかった。しかし、仲間の死を平然と見届けることができたことに戸惑いを覚えていたのだが――本意ではないことがわかってよかった。
「好き勝手やってる奴に、よくお前らの長は怒らないな?」
「いや、ワハシュは人材を使い潰すドルフを快く思っておらず、度々口論していた。殺してしまえば話は簡単だと思うかもしれないが、ドルフに忠誠を誓う者が多いため、内部分裂をした結果多くの死者がでることをさけるため、ワハシュはやむをえず黙認をしていた」
聞けば聞くほどワハシュという男が想像とかけ離れていく。
もっと酷く冷酷な男だと思っていたが、違うらしい。
「しかし、そんなワハシュの想いさえドルフは踏みにじった。私やプファイルのようにドルフではなくワハシュに従う者たちの我慢の限界が訪れたことで、ワハシュはドルフを粛正することに決めたのだが――抜け目のない男だ。父が動くよりも早く、奴は野心を明らかにした」
ドルフ・エインの野心とはヴァールトイフェルが築いた大陸一と謳われる暗殺組織という立場を自分のものにすること。
水面下で作っていた組織に、ワハシュの後継者の五人のうち三人を引き抜くことに成功し、反旗を翻したのだ。
「本格的に行動を起こしたのはつい先日のことだ。ようやくワハシュが重い腰をあげたと同時に、上手く隠れてしまった。奴も腐ってもヴァールトイフェルだ。見つけることは難しい。ゆえに、奴に従う誰かが現れるのを待っていた」
「それでルザーを?」
「いや、違う。私たちが待っていたのは、フレイムズのほうだ。奴をはじめ、後継者でありながらワハシュを裏切った者たちには共通点がある」
「共通点?」
「奴らは、気に入らないのだ。私やプファイルたちとともに後継者だということが。後継者はひとりでいいと思っている。しかし、悔しいが私を含めワハシュの後継者になるには実力もなにも不足している。そのため、秀でた分野をそれぞれ後継することになったのだが、納得できない者もいるのだ」
ローザの話が本当ならば、ワハシュの実力はプファイルやローザが五人必要となる。
どれだけ規格外なのだと内心絶句してしまう。
「ルザーはどういう立場なんだ? まさか後継者なんて言わないよな?」
「あの男に関しては不明だ。以前から、ドルフのもとで活動こそしていたようだが、表立ったことは今までなかった。秀でた戦闘者であることくらいしかわからなかったのだが、まさかお前の知り合いだったとはな」
「俺が一番驚いているよ。まだヴァールトイフェルの一員だったほうがよかった。よりにもよって、そんな男に従うなんて……ルザーになにがあったんだ」
ジャレッドが悔しげに唇を噛みしめると、不意に思いだす。
「そういえば、ルザーの話から、俺たちがいた収容施設が暗殺組織が所有する場所だったらしいだけど、ヴァールトイフェルは人材確保のために施設をもっているのか?」
「それはない。ワハシュは孤児を引き取り、育てることはしても、最初から暗殺者にすることを前提に子供を集めるような施設を作ったりはしていない。なによりも、ワハシュが育てた者は戦闘者となる。素質がない子たちも、里子にだされる場合や、信頼できる人間のもとで育てられることが多い」
やはりワハシュという人物は想像としていたのと違う。
思うことは多々あるが、善なる一面ももっているようだ。もしかすると、ジャレッドが抱いていたワハシュ像は、ドルフ・エインだったのかもしれない。
「ヴァールトイフェルが直接かかわってこそいないが、ドルフがどこから人材を集めているのか不鮮明なところがあった。もしかすると、その施設が奴にとっての人材を集める場所だったのかもしれない」
「ジャレッド、その組織はどうした?」
「俺が一年前に潰した」
「……そういえば、一年ほど前からドルフが新しい人材を連れてこなくなったが、お前の仕業だったのだな、ジャレッド・マーフィー」
「正直驚いているんだ。意外と、俺たちは以前から縁があったらしい」
「違いない」
意外だったのはローザとプファイルも同様だったようだ。
まさかジャレッドも、忌まわしい施設を潰したことでドルフ・エインの人材確保を妨害していたとは夢にも思わなかった。
同時に、運が悪ければ奴の下でいいように従わされていた未来もあったのかもしれないと思うと背筋が冷たくなる。
「ジャレッド・マーフィー、お前はどうするつもりだ? 私たちはドルフ・エインと裏切り者を殺す。ドルフは金のためならなんでもする男だ。野放しにはできない」
「正直言わせてもらうと、お前たちの組織なんてどうでもいい。だけど、俺の大切な恩人がそんな奴に従っているのは許せない。ルザーに関しては俺に任せてくれ。俺はどうしても伝えなければいけないことがあるんだ」
「恩人という相手と戦えるのか?」
「必要があれば次は戦ってみせる。誤解か、もしくは俺の知らないところでルザーを裏切ってしまっていたのかわからないけど、まず話をするために戦わなければならないなら、次は躊躇わない」
できることなら戦いたくないが、復讐するとまで宣言されている相手に話を聞いてもらうには相応の覚悟が必要だと理解している。
そのためには、例え恩人であっても戦わなければならない。
「フレイムズを難なく倒したお前を心配する必要はないかもしれないが、死ぬなよ」
「……まさかローザに心配されるとは思わなかったよ。でも、ありがとう」
かつては大切な従姉妹を攫い自分を追い込んだ相手に命の心配をされることに、ジャレッドは戸惑いとくすぐったさを覚えながらも礼を言うのだった。