表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

150/499

13.ヴァールトイフェルの事情1.




 ジャレッドたちは、アルウェイ公爵家別邸の近くにある開き屋敷に移動していた。

 ルザーとの不意打ちな再会をしたせいで気が立っているジャレッドは、開口一番にローザとプファイルに「説明しろ!」と怒鳴りつけた。


「落ち着けジャレッド・マーフィー。ちゃんと説明する」

「説明するのは当たり前だ! ルザーは俺がずっと探していた恩人だぞ! それと、今回のことはオリヴィエさまたちには絶対に言うなよ。彼女たちを巻き込みたくない!」

「ジャレッド……それでいいのか?」


 プファイルの問いかけに「当たり前だ!」と声を荒らげる。


「オリヴィエさまたちはまだ片づいていない問題が残っているんだ。それなのに、こんな、なにが起きたのか理解できないようなことに巻き込めるわけがないだろ! 余計な心配だってさせたくない」


 コルネリア・アルウェイが未だ捕縛されていないというのに、こうも立て続けに問題が起きることは好ましくない。先日の、バルナバス・カイフとの戦いでさえ酷く心配をかけてしまったのだ。

 オリヴィエにルザーのことを話している以上、彼がプファイルたちと敵対していることを知られたくはない。これ以上の心配はかけたくないのだ。

 伝えないことで危険もあるかもしれないが、伝えたせいで危険になる可能性だってある。ならば、傲慢だと思われようが、オリヴィエたちには知らなくていい事情は知らないでほしいと思うのだ。


「しかし……」


 渋るプファイルに向かい、ジャレッドは深く頭を下げた。


「頼むよ」

「……わかった。私からは言わないと約束しよう。ただし、お前が言うべきだと判断したら、自分で言うんだ。いいな?」

「わかった」

「ローザも彼女たちには言うな」

「私はいちいちこいつの婚約者になにかを話したりしない」


 ルザーの一件を口外しないことを約束してくれたプファイルとローザのおかげで、なんとか落ち着きを取り戻す。

 しかし、動揺はまだある。

 理解したくとも理解できない状況に、ただただ困惑していた。


「先ほどの男に関してはともかく、今回の一件を説明するには――ヴァールトイフェルに関して話す必要がある」

「外部の俺にそんなことを話していいのか?」


 話したくないと言われてしまえば納得はできないが、大陸一と謳われる暗殺組織に関しての情報を後継者とされている人物から聞くとは思わなかった。


「プファイルと一緒に生活していながら今さらだな。それに、厳密に言えばお前は外部の人間ではない」

「それってどういうことだ?」

「そのことは追々わかるから今は置いておけ」


 ローザの物言いが気になるが、まずはルザーたちに関することを知ることが先決だった。


「簡単に説明するが、ヴァールトイフェルを暗殺組織にしたのはワハシュではなく、ドルフ・エインという男の曽祖父だ」


 ドルフ・エイン。

 ルザーが従っているという人物であり、ヴァールトイフェルを裏切った男。


「奴の曽祖父ブロル・エインは優秀な男だったと聞いている。父ワハシュは当時、優れた戦闘者を育て集めることに躍起になっていたが、組織を作り運営するということを得意としていなかった。そんな折に、以前からの仲間であったブロルに運営を任せたという」


 つまりヴァールトイフェルはもともと暗殺組織ではなかったということになる。

 どのくらい前の話かわからないが、大陸一と謳われる暗殺組織の歴史はそう古いわけではないらしい。


「エイン一族は、まだワハシュが組織を作る前からの忠臣だった。父はエイン一族を信頼し、代々そばにおき相談役として重宝していた。当時のヴァールトイフェルは半ば傭兵集団に近かった。組織を運営するには資金が必要であり、人材の育成にも資金が多いことにこしたことはない。傭兵となれば、戦うこともできるので一石二鳥だと思われていたが、実際にはそうでなかったと聞く」

「百年以上前のことだろうけど、傭兵はいつの時代も金にならないからな」


 大きな戦でもあれば話は別だろうが、傭兵という存在は昔から好まれていない。

 何百年も前まで歴史を遡れば、傭兵から一国の王となった傭兵王などもいるが、そんな存在は稀だ。

 とくに、昔であればあるほど魔術が発展していた時代なのだ。傭兵という魔術師くずれか、武器を振るうしかできない荒くれ者の集団を好んで使う人間は少ない。

 ヴァールトイフェルを荒くれ者集団扱いするつもりはないが、傭兵を名乗れば世間はそう見ていただろう。


「当時、傭兵の需要は高くなく、戦争があっても魔術師のほうが歓迎された」

「だろうな」

「人里を襲う魔物退治は、国や冒険者が行っていたため、傭兵にわざわざ依頼をするのも手間がかかる。次第にヴァールトイフェルは資金に困ることになっていった」


 無理もない。

 戦争には兵が必要であり、傭兵も多く集められるが、高位魔術師がひとりいれば傭兵の十数人以上の働きをすると言われている。実際に戦場で戦わせれば、単純な戦力としては比べる必要がないほど魔術師のほうが上だ。

 戦争だけではなく、魔物討伐においても、傭兵を何十人と雇うなら少し高くついても魔術師を数人雇ったほうが金もかからない。

 いつの時代でも魔術師は重宝されていたのだ。


「無論、支援者もいたので食うに困ったことはなかったようだが、ワハシュは戦いの場がないことが不満だった。訓練をどれだけ積もうと、実戦で得ることができる経験にはかなわない。そんな折、当時のエイン一族であるブロル・エインが暗殺依頼をもってきたことが暗殺組織ヴァールトイフェルのはじまりだった」


 誰にも裁くことができない悪党の暗殺がヴァールトイフェルへの初の依頼だったという。

 この依頼は組織の長であるワハシュ自らが行い、完遂した。すると、次から次へと依頼が舞い込んでくることになったという。

 そして傭兵集団は暗殺組織に姿を変えることにそう時間がかからなかった。


「父ワハシュが望んでいたことは、戦いと育成だった。組織が傭兵だろうと暗殺だろうとどちらでも構わなかったらしい」


 ワハシュという男がどうしてそこまで戦闘者を育成しようとしていたのかも気になるが、口を挟むことなくジャレッドはローザの話を聞き続ける。


「結果、組織は上手く運営されていった。人材が増え、ワハシュも満足していた。所詮は暗殺組織だったが、標的は民を脅かす権力者や、悪政を引く貴族や王族だった。要人を標的にすれば、護衛と戦うことになる。権力者の権力が強いほど、優れた者との戦闘も増え、満足のいく人材も育っていった」

「正直言わせてもらおうと、ハンネローネさまを狙ったお前たちからそんなことを言われても信じられないな」

「だろうな。だが、暗殺組織ではあったが、ヴァールトイフェルは悪ではなかった。変化があったのは、ドルフ・エインになってからだ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ