12.ジャレッド・マーフィーと過去との再会9.
「貴様がドルフ・エインの集めた精鋭のひとりだな?」
建物の上で弓を構えるプファイルを残し、ローザがジャレッドたちの前に着地する。
彼女に向かい、ルザーは大剣を地面に突き刺さすと歓迎するように両腕を広げた。
「はじめましてだな、ヴァールトイフェルの残った後継者たち。お前たち以外の後継者三人はこちらについた。まあ、さっそくそのひとりがジャレッドにやられちまったけどな」
「そうだろうな。フレイムズ程度の男にジャレッド・マーフィーが倒せるとは思っていない。仮にもプファイルを倒した男だぞ」
「違いない。ドルフがもっとも引き抜きたかった後継者プファイルは、ワハシュのお気に入りで引き抜けなかったときのデメリットを考えると声をかけづらい。ジャレッドに倒された際に傀儡にする案もあったらしいが、面白いことに暗殺を失敗した相手の家に住み着いてしまう始末だ。なにもかもが想定外だと苛立っていたぞ」
「ざまあみろと言ってやれ。代々父に仕えていながら、組織を半ば私物化し、挙句の果てに裏切ったドルフ・エインは必ず殺す」
「好きにしな。殺せるなら、な」
挑発するような笑みを浮かべるルザーに向かい、ローザがナイフを投擲する。だが、ナイフがルザーに届く前に、ジャレッドによって叩き落された。
「なにをしているジャレッド・マーフィー!」
「それはこっちの台詞だ。どいつもこいつも急に現れて好き勝手しやがって! 俺にもわかるように事情を話しやがれ!」
行方不明だったルザーが現れたと思えば裏切り者扱いされ、言葉が届かない。なんとかしなければと思っていると、プファイルとローザが現れ、明確な敵意を抱いている。
事情など知る由もないジャレッドは混乱以上に、苛立ちが募っていた。
「ジャレッド・マーフィー、あとですべて説明する。今は黙っていてくれ」
「どうしてお前にそう言われて俺が承諾すると思っているんだよ。イェニーを攫ったことを忘れたとは言わせないぞ?」
「あのときは任務だった。今は違う。望むなら、彼女の前で膝をつき頭を下げてもいい。だから今は頼む」
「駄目だ。お前が攻撃したルザーは俺にとって恩人であり兄のような人だ。彼を傷つけさせるわけにはいかない」
「いい弟をもって俺は幸せだな。さて、ジャレッドが俺を守ってくれているうちに話をしようじゃないか、ローザ・ローエン」
「私のことを知っているようだが、私はお前のことを知らない。ドルフ・エインに従っているようだが、ヴァールトイフェルの一員ではないな?」
ローザの問いに頷き、ルザーがジャレッドの前に進む。
彼女から明確な敵意が伝わるが、攻撃すればジャレッドも敵対する可能性があると理解しているのだろう、動く素振りはない。
ルザーもそれがわかっているのか、臆することなく彼女に近づいていく。
「ヴァールトイフェルの暗殺者なんかと一緒にしてほしくない。ああ、お前たちは戦闘者だったな
失礼。俺はルザー、ルザー・フィッシャー。ちょっと話についてこられないジャレッドの、兄貴分だ。そして、ジャレッドを殺すためにドルフ・エインに従っている」
彼の言葉にジャレッドだけではなく、ローザも絶句する。
兄貴分だと名乗りながら、平然と殺すと言うことができるルザーを理解できないようだった。
「知っているようだが私も名乗ろう。我が名はローザ・ローエン。ヴァールトイフェルの長ワハシュの娘だ」
「よく知ってるよ。お前のこともずいぶん調べたからな。上から矢を放ちたくてしかたがなさそうなプファイルのことも同じように調べてある。その上で、最初で最後のお誘いだ――こちらに着け」
「断る!」
「そう言うと思っていた。で、お前はどうするプファイル?」
即答したローザから建物の上にいるプファイルに問うと、返事の代わりに矢が飛んできた。
難なく矢を掴み、「これって、断るってことだよな?」とローザに尋ねるも、睨まれるだけで返事はない。
「まったく、ヴァールトイフェルの後継者たちはどいつもこいつも面白みがない」
「ルザー・フィッシャー、答えろ。お前たちは本当にヴァールトイフェルに、いやワハシュに歯向かうつもりか?」
「俺はヴァールトイフェルもワハシュもどうでもいいんだけどな。ドルフはそのつもりらしい。組織を乗っ取ろうとして、ワハシュに組織を追いだされた腹いせに秘密裏に作っていた組織で潰したいんだってさ」
「あの男らしい。そもそもあいつさえいなければヴァールトイフェルが暗殺組織になることもなかった」
「そんな文句はワハシュに言うべきだ。聞けば、その男はドルフやドルフの父親、祖父に組織の運営を任していたそうじゃないか。丸投げにしておいて、悪いのはドルフだけか?」
「私たちは誇り高き戦士だ!」
「くだらねえ……人を殺す人間に、誇りもくそもないんだよっ!」
ローザの声をかき消すルザーの怒声が響く。
成り行きを見守っていたジャレッドにもとりあえず話の流れはわかってきた。
「教えてくれ、ルザー。どうして俺を狙うんだ?」
「フレイムズが襲撃したのはお前がプファイルを倒したからだ。どうも同じ後継者だったプファイルをライバル視しているようで、お前を倒せば自分のほうが上だと証明できるとでも思ったんだろう」
「違う! ルザーが俺を狙う理由だ! 俺がいつお前を裏切った?」
「自覚がないならそれでいい。いずれ、お前は自分の罪を思い知るだろう。ただ、安心していい。俺が復讐するのはお前だけだ。お前以外の誰にも傷つけるつもりはない。だから心置きなく死んでくれ」
兄貴分の言葉に本当に心当たりがないジャレッドが言葉を失う。
もしかしたら自分の知らぬうちにルザーになにかしてしまった可能性を探るも、心当たりはない。
「聞いてくれ、ルザー。俺はお前に伝えなければいけないことがある――」
「今は駄目だ。お前の懺悔を聞くのはまだ早い。俺がお前のもとに再び現れたとき――思う存分に戦おう。それが俺の復讐だ」
それだけ言い残すと、まだ言葉を伝えようとするジャレッドに背を向けて倒れているフレイムズを担ぐ。
「じゃあな、ジャレッド。俺が殺すまで元気でいろよ」
地面を蹴ったルザーは人ひとりと大剣を抱えているとは思えない身軽さで跳躍すると、建物の上へ移動する。
まったく動くことすらしなかった、白づくめの少女もあとに続こうとして、なにかを思いだしたようにジャレッドに近づいてくる。
「ジャレッド・マーフィー……あなたがどれだけ声を枯らしても、今のルザーには届きません」
そう言うと小さく頭を下げて、少女もまた跳躍する。
「待て! どういう意味だ!」
「いずれわかります」
それだけ言うと、ルザーとともに少女の姿が消える。
残されたジャレッドは怒りに任せて魔力を高め、地面に拳をぶつけた。
地面が轟音とともに砕けるも、その程度では苛立ちが収まる気配はなかった。
「なにがどうなってんだよ、ちくしょうっ!」
力の限り叫ぶジャレッドの心中には、苛立ち以上に悲しみが宿っているのだった。