11.ジャレッド・マーフィーと過去との再会8.
目的を吐かせるためにもフレイムズの治療は必要だったが、オリヴィエたちが暮らす屋敷に危険な男を連れて帰りたくはない。
両足から流れている血は止まる気配がなく、いずれ危険な状態に陥るだろう。感情に任せて攻撃したが、後悔はしていない。
ジャレッドの中にある冷たい感情が、フレイムズがこのまま死んでしまっても構わないと言っている。
この男が元とはいえヴァールトイフェルの一員であり、組織の後継者だったことを名乗っていたことからプファイルに問いただせばいい。フレイムズはプファイルを知っていたようなので、その逆も間違いはずだ。
少し離れた場所に人の暮らしていない屋敷があったことを思いだし、とりあえず襲撃者をそこへ運ぼうと決める。
止血し、情報を得たら魔術師協会に突きだせばいい。犯罪者として収容されるだろうが、治療を受けることができる。
フレイムズに手を伸ばしたジャレッドの耳に、風切り音が届いた。
「――っ」
とっさに手を引くと、ジャレッドとフレイムズの間に一本の大剣が空から降ってきて突き刺さる。
わずかに行動が遅れていれば右腕がなくなっていたかもしれない。
物騒な挨拶をしてきた誰かに警戒しながら魔力を高めていくも、背後に近づいてくる気配にどこか覚えを感じ、動きが止まった。
「久しぶりだな、兄弟」
後方から聞こえた懐かしい声に、まさかと体が震えた。
勢いよく振り返ると、黒い戦闘衣に身を包んだ金髪の青年が親しげな笑みを浮かべて立っていた。
「……そん、な」
忘れるはずがない。ずっと探していたのだ。
出会ったころに比べればお互いに成長しているが、その顔を忘れることなどなかった。
年齢以上に大人びた雰囲気、不敵な笑顔を絶やさず口元を吊り上げているのもかつてと変わらない。
ジャレッドに辛いときこそ笑えと教えてくれた大切な恩人――ルザー・フィッシャーがそこにいた。
「会いたかったぜ、ジャレッド」
かたわらに髪から衣類まですべて白づくめの少女を従えたルザーが、記憶と変わらない笑顔のまま近づいてくる。
自然とジャレッドの足がルザーへ向かう。
なにを言うべきか迷い、言葉が浮かんでは消えていく。まずは母親を保護していることから伝えなければならない。
保護することに時間はかかってしまったが、ルザーの代わりに保護したことを伝えればきっと喜んでくれるはずだ。そうすることでジャレッドはようやく恩を少し返せたことになる。
いざ口を開こうとしたジャレッドの動きが止まる。一度だけ、背後を振り返れば地面に突き刺さる大剣があった。
「なあ、ルザー」
「どうした、兄弟」
「なぜ俺を攻撃したんだ?」
恐る恐る震えた声で尋ねると、ルザーの笑みが深まり表情が歪んだ。
ジャレッドの知らないルザーだった。
怒り、憎しみ、そして狂喜が混じりあい踏みつけられたような感情を表にだしながら、ルザーが声をあげて笑う。
「そういえば、昔からお前は警戒心が高かったな。お前がまだあの収容施設で泣いていたばかりのころが懐かしいな」
「ルザー、俺の話を聞いてくれ」
彼の様子がおかしいとすぐにわかった。それでも伝えなければならないことがある。
だが、ルザーは聞く耳もたず、過去を振り返り懐かしむだけ。
「覚えているか? お前のことをいつも蹴り飛ばしていた小太りのガキがいただろ。あいつ、死んだよ。俺が殺してやった。ああ、感謝しなくていいんだ。お前のためにやったわけじゃない、ただの成り行きで殺しただけだからな」
「ルザー!」
「お前のことは調べたよ。お前もお前で大変だったらしいな、だけどこうして元気な姿を見ることができてよかった。これで――俺を裏切ったお前に十分復讐ができる」
「――な、んで?」
裏切り者呼ばわりされたことに思考が止まる。
なぜそのようなことを言われなければならないのか理解ができずにいるジャレッドに向かい、ルザーは言葉を止めない。
「俺はお前に裏切られてから収容施設で地獄を見た。まさか、あそこが暗殺組織の人材育成所だったなんて思いもしなかったからな。だけど、今では感謝している。あそこで俺は、力を手に入れた」
握った拳を掲げるルザーにジャレッドは唖然とする。
非合法施設であったことは知っていたが、まさか暗殺組織の人材育成所だったとは思っていなかった。
なにかしら怪しいと考えていたものの、すでに潰した場所であり、探し人だったルザーもいなかったことから興味を失ったのだ。
ルザーの言葉が本当ならば、彼が暗殺組織に望んでか望まずかわからないが加わっているはずだ。その組織は背後で倒れているフレイムズのようなヴァールトイフェルと袂を分かった人間たちが加わっていると推測できる。
「ルザー、教えてくれ。お前になにがあったんだ?」
「言葉で語るのはこれまでだ。次は体で語ろう」
「待ってくれ、俺はルザーと戦う気は――」
「いくぞ。宮廷魔術師になるほど強くなったお前の実力を俺に見せてくれ」
ルザーが手を伸ばすと、彼の手に大剣が地面から離れて飛んでいく。
易々と大剣を片手で受け止めると、肩に担いだルザーの体から紫電が散る。
「雷属性……なんて稀な属性を……」
かつて魔術の才能に目覚めていなかったジャレッドとルザーが、ともに希少な魔術属性に目覚めたのはなんの因果だろうか。
雷属性とは、風属性と光属性の亜種とも言われており、詳細は不明だ。大地属性のように複数の属性を扱うことができるのではなく、雷属性のひとつだけだが、その希少さからどのような魔術があるのかすら明確に確認されていない。
文献を漁っても数える程度しか見つからないが、唯一わかっていることもある。
それは――雷属性の魔術は攻撃に特化しており、殺傷能力が極めて高いということ。
身構えるジャレッドに向かいルザーが地面を蹴った。
刹那、視界からルザーの姿が消える。文字通り目に映らない速さで移動した彼を探そうとするジャレッドの耳に、雷の音が聞こえ、続いて風を切る音が届く。
本能に従い身を低くすると、ジャレッドの頭の上を薙ぐように大剣が背後から振るわれた。
「いい反射神経だ!」
振り向きざまに拳を振るうが大剣の腹で受け止められてしまい、剣から伝わる紫電に焼かれ右の拳から鮮血が舞う。
わずかな攻防で単純な戦力で負けていることを思い知らされた。
感じとれる魔力量は自分のほうが上だが、雷属性という未知な属性魔術と、あまりにも早い速度と大剣を片手で易々と振るうことのできる剛力をもつルザーは間違いなく強者だ。
なによりも恩人であり、兄のように慕った彼へジャレッドは攻撃を躊躇っている。
そもそもジャレッドにはルザーに攻撃する理由がないのだ。
しかし、ルザーは違う。理由は定かではないが、ジャレッドに裏切られたと言い、憎んでいる。
なにか行き違いあるとしか思えない。
かつてルザーと交わした約束を覚えている。たとえ、収容施設から逃げだす際、どちらかが逃げられずとも、助けることはせず代わりにするべきことを果たすと。
ルザーの安否がわからなかったためその約束に従い、彼が望んでいた母親の保護を果たした。伝えることは未だできていないが、裏切ってなどいない。
嬉々として大剣を振るい攻撃をしてくるルザーに対し、防御しかできずにいると、徐々に劣勢となっていく。
触れてもいないのに紫電がジャレッドの体を焼き、確実にダメージを与えてくる。
気を抜けば捕らえられない速度で移動され、剛力によって振るわれた大剣の一撃を食らえば即座に死ぬだろう。
そんな緊張下の中、攻撃することができぬままいることは苦痛でしかない。
警戒するのはルザーだけではない。現れてから一言も発することなく、彼の背後で立ち尽くす白い少女もいつ動くかわからないのだ。
このままではじり貧だと、舌打ちをしたとき――一本の矢がジャレッドとルザーの間を射抜いた。
「おっと、ようやくおでましか」
「それはこちらの台詞だ。裏切り者の駒め」
すぐ近くの建物の上から降ってきた声は、聴き覚えがある女性のものだった。
赤毛を揺らし、赤い戦闘衣に身を包んでいるのはローザ・ローエン。ヴァールトイフェルの頂点に立つワハシュの娘にして、後継者のひとり。
彼女は新たな弓を構えたもうひとりの後継者である青髪の少年プファイルとともに、ルザーを睨みつけた。