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10.ジャレッド・マーフィーと過去との再会7.




 名残惜しいが時間は限られているため、うしろ髪を引かれる思いでジャレッドはロジーナを保護する屋敷をあとにした。

 長居すれば彼女の存在がばれてしまう可能性があるのだ。

 信頼するメイドに彼女のことをよろしくたのむと告げ、祖父母に挨拶すると、ジャレッドは帰路につく。


 しかし、どこかその足取りは重い。

 考えていることはオリヴィエやイェニーのことだ。彼女たちにはかつて自分にあった過去を打ち明けている。しかし、すべてを事細かに明かしたわけではない。

 そしてもちろん、ロジーナのことも隠していた。

 ルザーの行方が見つかっていないことを告げるとき、必ずロジーナは気落ちする。彼女なりに感情を隠そうとしているが、ジャレッドには通じなかった。


 おそらく気をつかってくれているのだろう。息子の身を案じながらジャレッドのことさえ考える彼女の優しさに救われれば救われるほど、よりなんとかしてあげたいと思いが強くなるのは必然だった。

 アルウェイ公爵の手助けを借りるなら、まずオリヴィエたちに事情を話さなければならない。いくらロジーナを子爵家から隠すためとはいえ、彼女たちに隠し事をしていたことを自ら打ち明けなければならないことが憂鬱だった。


「――っ」


 屋敷が見え、婚約者たちにどう話そうかと考えていると背後で急な魔力の高まりを感じた。

 ジャレッドが振り返ると同時に視界いっぱいに赤が広がり迫ってくる。

 とっさに魔力を高め、土壁を生みだし防御するも、初動が遅れたせいで腕や顔に熱と痛みが走る。


「火属性魔術……魔術師か」

「正解だ、ジャレッド・マーフィー! 良い反応だ。まだまだいくぜっ!」


 土壁を壊し襲撃者を睨みつける。

襲撃者が男であることは声と、外見から判断できた。

 再び攻撃が放たれ、無数の火球が襲撃者から放たれるも威力は大したことなく障壁も土壁も作る必要はない。

 高めた魔力を変換させることなく放出させながら腕を薙ぐように振るうと、火球はすべて相殺できた。


「ずいぶん手荒な挨拶だな。誰だ?」

「ジャレッド・マーフィー、恨みはねえけどテメェを殺す」

「素敵な名前だな。お前の墓にはそう刻んでやるよ」


 襲撃者が地面を蹴って肉薄してくるが、ジャレッドはすべて目で捉えていた。襲撃者は二十代半ばほどの赤髪の男だ。肌の露出が多い赤い戦闘衣を身につけている。このことから、魔術と同等に体術を得意としていることがわかる。

 露出させた腕は鍛えられ目に見えた筋肉が確認できる。地面を蹴ってから眼前に現れるまでの速度から、俊敏さも兼ね揃えていることもわかった。


 しかし、遅い。

 放たれた拳を難なく受け止め、お返しとばかりにジャレッドは拳を繰りだす。接近戦の攻防を繰り返しながら、お互いに実力を探っていく。

 速度はプファイルよりも遅く、一撃の鋭さや重みはローザ・ローエンに軍配が上がる。先ほどの魔術も火力こそあったが、バルナバス・カイフに比べれば大きく下回る。

 ジャレッドの拳が男を捕らえ、追撃した蹴りが腹部へと決まる。勢いを殺さぬまま続く乱打に男の防御が崩れ、次々と攻撃がダメージを与えていく。


 本来ジャレッドは肉弾戦を得意としていない。魔力にものを言わせた単純かつ強力な魔術や、精霊の力を借りた手数の多い魔術を好む。魔術以外の手段は多数あるが、その中でももっとも使う手法はナイフなどによる短い刃物での接近戦だ。

 拳や蹴りもひと通り使えることは使える。かつて、収容施設でルザー・フィッシャーから教わった初めての攻撃は殴ることだった。魔術を使う時間もいらず、必ずもっているか定かではない剣に頼ることなく、己の身から繰りだされる攻撃をルザーは好み、授けてくれた。

 ゆえに、ジャレッドは得意ではないが、それなりに使えると自負している。実際の戦いでもよく体術を使う。得意ではないとはいえ、自分の体から繰りだされる攻撃がもっとも信頼できるのだ。


「……やるな、さすが宮廷魔術師さまだ」


 鼻血を流し、唇を切った男は肉弾戦で勝てないと判断したのか、攻撃の手を止め後退した。

 いつでも魔術を発動できるように魔力を高めたジャレッドに向かい、男が血の混じった唾を吐く。


「それで、改めて聞くけどお前はどこのどいつだ?」

「俺はフレイムズ。元ヴァールトイフェルだ」

「なんだって?」


 ジャレッドが硬直する。しかも、フレイムズと名乗った男は元ヴァールトイフェルと言ったのだ。


「元ってなんだ。そもそもヴァールトイフェルがどうして俺を狙う?」

「だから元ヴァールトイフェルだって言っただろ。俺はもうあの組織とは関係ねえ。後継者だと言われても、プファイルやローザがいるかぎり俺は本当の意味でトップに立てねえ。なら、あんな組織にいる必要もないんだよ」

「お前の事情なんか知るかよ。つまり、ヴァールトイフェルのごたごたに俺を巻き込もうって言うんだな?」


 ジャレッドの問いかけに、フレイムズが馬鹿にしたように大笑いした。


「お前は本当に面白い奴だな。名前を知られ、いきなり襲撃されておいて、組織の面倒事に巻き込まれたなんて本気で思っているのか?」


 なにがそんなに面白いのか笑い続けるフレイムズに警戒するも、彼から攻撃する素振りも、魔術を放とうとする動作も見えない。

 襲撃しておきながらただ笑っている男の行動理由が掴めなかった。


「違うにきまってんだろ、バーカ! お前は俺たちの標的なんだよ。お前を殺し、お前の大切なものもついでに――ごぉ!?」


 警戒心もなく言いたいことを好き勝手に言っているフレイムズに肉薄すると、顔を掴んで地面へと叩きつけると、渾身の力を込めて踵を胸へ振りおろす。

 短い悲鳴があがるも、無視してさらに力を込めていく。


「ヴァールトイフェルの後継者だったようだけど、お前馬鹿だろ?」

「テメェ……足を、どけやがれっ」


 呻きながらも睨みつけるフレイムズの声を無視して、ジャレッドは魔力を練る。


「俺を殺すとか、大切なものをどうするのか知らないけど、そう言われて俺が黙っているとでも思ったのか?」


 石の槍が地面から生え、フレイムズの両足を射抜く。

 鮮血が噴きでうると同時に絶叫が木霊する。


「この程度で痛がるなよ。同じ後継者でもプファイルとはずいぶん違うんだな?」

「くそっ、ふざけんなっ、あんな、感情がねえ人形みたいな奴と比べるんじゃねえよ!」

「俺が言いたいのはそんなことじゃない。単にお前がプファイルと比べて弱すぎるってことだよ」

「てめぇええええっ! よりにもよって、俺があのガキに劣るって言いやがったなっ! 俺はその言葉がなによりも嫌いなんだよっ!」


 激昂したフレイムズが魔力を爆発させる。

 足に刺さった石の槍を砕き立ち上がると、体中に炎を纏ってジャレッドを睨みつけた。


「俺が本当にプファイルよりも弱いかどうか、その身をもって確かめやがれ!」


 立ち昇る炎がジャレッドに向かい殺到する。衣服が焼かれ、手や頬に焼けつく痛みが走る。

 呼吸を止めていなければ喉も焼かれていただろう。

 直接的に燃やそうとするだけではなく、体内にも影響を与えようとする試みは一般的な火属性魔術師と比べると優れている。

 しかし、


「やっぱりお前はプファイルよりも弱いよ」


 炎に焼かれながらジャレッドが放った岩の塊がフレイムズに直撃し、あばらを砕き、吐血させた。

 魔力にものを言わせて炎を薙ぎ払うと、致命傷こそ負っていないが動くことができずただ睨みつけることしかできないフレイムズが地面に倒れている。


「お前には教えてもらいたいことがある。素直に吐いてくれれば手荒なことはしない」


 ジャレッドはそう告げると、渾身の力を込めてフレイムズの顔面を蹴り飛ばし意識を奪った。




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