9.ジャレッド・マーフィーと過去との再会6.
「ジャレッドさまには感謝しております。病を治していただいただけでもどうお礼を言っていいのかわからないというのに、保護していただきこのようなお屋敷と護衛まで……ダウム男爵様もときどき様子を見にきてくださります。どれだけ感謝してもしきれません」
「気にしないでください。恩人のルザーの母親であるあなたは俺にとっても母親のような存在です」
「もったいないお言葉です。ジャレッドさまにはお世話になってばかりで……」
いつまでもロジーナを立たせているわけにもいかず、頭を下げる彼女に椅子を進める。
病を治し健康状態を取り戻したロジーナだが、長年病を治せなかったことから体力的にも衰えているので心配もある。
「いつもここへくる度に、なにかいい知らせができればと思っているのですが、まだルザーの行方は分からないのです。力不足を申し訳なく思っています」
「ジャレッドさまが時間を割いて息子の行方を捜してくださっていることに言葉もありません。宮廷魔術師ともなるお方に頭を下げられては困ってしまいます。どうか、謝罪などなさらないでください」
「ルザーがいなければ今の俺はいませんでした。必ずルザーを見つけだし、再会させるとお約束します」
ジャレッドには、ルザーに救われながら彼を救えなかった負い目がある。
彼の死を確認していない以上、死んだとは思いたくなかった。自分が諦めないことでロジーナに希望を与え過ぎているのではないかと考えてしまうこともあるが悲観させるよりはいいと思う。
ただし、ぬか喜びになってしまうことだけが怖い。
「私はジャレッドさまを信じています。それに、母親の感――いいえ、願望だと笑ってくださってもいいのですが、いつかルザーと再会できる気がするのです」
「ならばそのときまで、ルザーのぶんまで俺があなたを守ります」
「ですが……病を治していただいたのですから、私がご厄介になり続けるのもジャレッドさまにはもちろん、ダウム男爵家にもご迷惑がかかるのでは?」
ロジーナが案じている理由はわかる。
彼女はかつてフィリップ子爵家に仕えるメイドだった。若くして家督を継いでいたフィリップ子爵と恋に落ちたロジーナは、後にルザーを生むこととなる。
しかし、平民の身でありながら当主の寵愛を受け、長男を生んだという事実に、唯一の妻であった正室が快く思わなかったのは言うまでもない。
嫌がらせから始まり、どんどんエスカレートとしていき、最後には命まで狙われた。
貴族社会にはよくある話だが、許されてはならない。
ロジーナはルザーを連れて屋敷をでるも、正室が追いだす形になったことから子爵の怒りはすさまじかったと聞く。
そのせいもあり、屋敷をでたあともロジーナの苦難は続いた。それでも息子と一緒にいるだけで幸せだったのだが、その息子も誘拐同然で収容施設に入れられてしまった。
屋敷をでて親子二人で生活をはじめたころから、病にかかっていたが治療できずにいたロジーナは息子を探すことができず、病の身を抱えながらいつか再会できると信じて生き続けた。
子爵が妻を見張っていたこともあり、命こそは狙われなかったようだが、嫌がらせは続いていたようで、ジャレッドが彼女を見つけ保護したときには病もずいぶん悪化しており、処置が遅れればいずれ死に至っていたと医者から言われたほどだ。
本来なら、適切な治療を受ければすぐ治る病だったにも関わらず、正室の嫌がらせのせいで低賃金の働きしかなく、食事もしっかりとれず、不衛生な住まいで暮らしていたロジーナには病を完治させるだけの余裕はなかったのだ。
もっと早くにロジーナを保護するべきだったとジャレッドが後悔したのは言うまでもない。ルザーの件といい、いつもジャレッドの行動は遅い。
「ご心配には及びません。俺は言うまでもなく、祖父母も承知してくれています。フィリップ子爵の動向がわからないため自由が制限されていることは申し訳なく思いますが、どうかこのままルザーへの恩返しをさせてください」
「……ありがとうございます。失礼を承知で言わせていただけるなら、ジャレッドさまのことをもうひとりの息子のように思っています」
「俺には母がいないので、そう言ってもらえると嬉しいです」
その後、ジャレッドはロジーナと他愛ない会話を続けた。
婚約者であるオリヴィエのことから、従姉妹であり側室になることがきまったイェニーのこと。
そして、何度も聞かせたルザーとの出会いのことを。
会話を続けながらジャレッドは思う。ルザーは今どこでなにをしているのか、と。
あれほどに母の身を案じていた彼が、ロジーナを探さないわけがない。しかし、彼女の見つけ保護するのはジャレッドのほうが早かった。
フィリップ子爵家になにか事件らしいことも起きていない。
これらのことからルザーが本当はもう生きていないのかもしれないという不安もある。
だが、ジャレッドは一縷の望みをかけてルザーを探し続けていた。ロジーナの情報が漏れることを案じて水面下の行動ばかりだったが、アルウェイ公爵にルザー捜索を頼むことも選択肢のひとつだ。
そのためにはまずロジーナのことから彼女に話さなければならない。だが、どうせ隠し続けるには限界がある。
ロジーナを子爵家から守るために情報が漏れないように徹底して彼女を匿っているが、十全ではないことは承知していた。
不安はあるし、心配もある。
彼女の存在は限定した人間しかしらないが、彼女の行方が消えたことは今まで付き合いがあった人間なら間違いなくわかる。そして、嫌がらせを続けていたフィリップ子爵家正室も、躍起になって彼女の行方を探しているかもしれない。
もしくは死んだと都合よく思ってくれているのなら、それはそれでありがたく思う。
今まではロジーナの身を最優先にしていた。しかし、病が癒え、健康状態を取りもどした今なら、次の段階に進んでいいはずだ。
ジャレッドは少しでも早く、ルザーの行方を探し出そうと、オリヴィエに頼ることを決めたのだった。