8.ジャレッド・マーフィーと過去との再会5.
「レナと会ったようだが、その顔を見ると、また突っかかられたようだな?」
祖父はジャレッドの顔を見るなり、なにがあったのか察したように苦笑する。
ジャレッドがレナのことを快く思っていないことは今に始まったことではなく、祖父母たちにも周知である。
レナと関わったときだけがよくも悪くも年相応な感情を見せるジャレッドなのだが、本人は気づいていない。
「レナがすみませんでした。イェニーがあなたの側室になることが正式に決まると、突然レックスと結婚すると言いだしたのですよ」
祖母も困った顔をする。
レックスは以前からイェニーを好いていたはずだ。嫌がられているが、イェニーの気持ちなどどうでもいいといわんばかりに、自分が好きなのだからお前も好きであるべきだと平然と言う弟に呆れたのは言うまでもない。
父親は放任であるため、祖父が厳しく注意するも、時間が経つとまた懲りずに同じようなことをするレックスは祖父母の悩みのひとつだ。
「本当にレナとレックスが結婚するんでしょうか?」
「いえ、させません」
祖母が断言し、祖父が頷く。
「二人に愛があれば話は違ったかもしれませんが、レナとレックスに愛情はありません」
「ならどうして急に結婚なんて言いだしたんですか?」
「レックスはレナと婚約することでイェニーの気を引こうとしたのです。未だ相手にされていないことに気づきもしないとは、自分の孫ながら恥ずかしい」
「レナのほうは、なんだ、イェニーの一件もある。察してやってくれ」
「嫌っている俺の側室にイェニーがなると決まれば、そりゃ不機嫌にもなりますね。だからって当てつけのようにレックスと婚約しなくてもいいでしょうに……」
呆れるジャレッドに対し、なぜか祖父母は困った顔をしていた。
ジャレッドは祖父母がレナたちを結婚させるつもりがないのならそれでいい。どうせ当人同士では未成年であるため結婚はできない。
不仲な人物たちであっても、愛情のない結婚はしないでほしい。
「まあ、それはともかく――本日は別のことでこちらに伺いました」
「うむ。彼女もお前と会いたがっている」
「レナはあなたが用もなく屋敷に立ち寄る理由を探ろうとしていましたが、あの子のことはこちらでなんとかしますので、気兼ねなくお会いになってきなさい」
「お祖父さま、お祖母さま、どうもありがとうございます」
祖父母に向かい、深々と頭を下げるジャレッド。
孫に頼られていることは素直に嬉しいと思うダウム男爵だが、どこか他人行儀に感じることを寂しく思う。
礼を尽くしてくれるのはいいことだが、年相応にもっとわがままになってほしいとも思えてならない。
ジャレッドも一度行方をくらます前は、少しませてはいたがよくも悪くも子供らしかった。しかし、再会後は大人びてしまった。いや、大人というよりも無理して子供であることをやめたというべきなのだろう。
ひと通りの事情は聞いたがすべてではないとわかっている。いつか孫がすべてを打ち明けてくれることをただ待つことくらいしかしてやれることはない。
ここ最近は、アルウェイ公爵家との婚約から始まり、宮廷魔術師候補、バルナバス・カイフとの戦い、宮廷魔術師に決まったことなど迷惑をかけられてはいないが、心配ばかりさせられている。
ただし、すべてを自分の力で乗り越えてきたことは称賛に値する。そのせいだろうか、他の孫たちが酷く幼く見えてしまう。
レナの一件もわがままが通らないからと駄々をこねている子供の行為なのだが、すくなくともジャレッドはそんなことはしない。
「待ちなさい、ジャレッド」
「はい。お祖父さま」
「お前の探し人の手がかりはなにか見つかったのか?」
「いえ、なにも……ですが、彼ならきっとどこかで元気でやっているはずです」
「……信じているんだな」
「もちろんですよ。なぜなら、俺の兄貴分ですから」
「ならば、いつか会える日を楽しみにしていよう」
「是非、お祖父さまとお祖母さまに会っていただきたいと思っています」
そう言い残して部屋から出ると、ジャレッドは男爵家を出て屋敷から少しはなれば小さな屋敷の扉をノックした。
応じる声が聞こえ、名を告げると、扉が解錠する。
周囲に自分のことを見ている誰かがいないことを確認すると、扉を潜る。
「お待ちしておりました」
メイド二人がジャレッドに向けて頭を下げた。彼女たちは、ジャレッドが幼いころから男爵家で働いており、姉のように慕い信頼している人たちだ。
だからこそ、彼女たちはこの場にいる。
「いつもありがとう。変わりはない?」
「はい。ありませんよ、ジャレッド坊ちゃま」
「……病が治られてからは日々穏やかです。ご安心ください、坊ちゃま」
「あのさ、坊ちゃまはやめてって言ったよね。昔ならいざ知らず、今もそう言われるのはなんだか恥ずかしいんだけど」
ジャレッドがまだ十歳に満たないころから働いている彼女たちに「坊ちゃま」と呼ばれていたこともあった。弟のようにかわいがってくれて、ジャレッドも姉のように慕っていたので関係は良好だ。しかし、呼び方だけは断固として変えてくれない。
「私たちにとって坊ちゃまはいつまででも坊ちゃまですから」
「……宮廷魔術師になってもかわりません」
二人は同い年で、結婚はしていない。オリヴィエよりも少し年上なので行き遅れと呼ばれる年齢なのだが、あまり結婚を気にしているようには見えない。
誰かいい人でもいないのかな、と思う一方で、もし誰か相手がいるのなら自分を認めさせなければ駄目だという気持ちもある。
慕う姉たちに連れられて、屋敷の中を案内される。
階段を昇り、景色がいいテラスのある一室に通された。
「中でお待ちです」
「……お茶をご用意しますね」
「ありがとう」
一礼して下がっていく姉たちを尻目に、ジャレッドは扉をノックする。
部屋の中から女性の声が聞こえ、静かに部屋の中へ足を進める。
「お久しぶりです。あまり顔を出すことができず、申し訳ございません。お元気でしたか?」
部屋の中には、穏やかな笑みを浮かべた四十歳ほどの女性が待っていた。
椅子に座り、微笑む姿は実年齢より若々しい。
彼女こそ、ジャレッドが会うべき人であった。そして、この小さな屋敷はたったひとりの女性を秘密裏に保護するため、ジャレッドが願い祖父母が用意したものだった。
そのため、メイドも信頼できる二人を選び、ジャレッド自らが頭を下げてお願いした。
「ジャレッドさま。きてくださってありがとうございます」
椅子から立ち上がり、招いてくれた彼女の名はロジーナ・フィッシャー。
ジャレッドの恩人であり、戦うすべを授けてくれた兄貴分――ルザー・フィッシャーの母親だった。