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7.ジャレッド・マーフィーと過去との再会4.




 ジャレッドが向かったのは祖父母の暮らす、ダウム男爵家だ。

 アルウェイ公爵家からそれなりに距離はあるが、戦闘者として鍛えられているジャレッドなら数分もかからずたどり着くことができる。

 馬車を使うのではなく、歩くわけではない。走る、という行動を迷わず選択するジャレッドに貴族らしくないと口にする者は多い。


 祖父母でさえ、口では言わないが生活している屋敷とはいえ平然と壁を飛び越え、窓から出入りするジャレッドに困った顔をしているのだ。

 これからは宮廷魔術師となるのだから、今までのようにはいかない。正直、改めるつもりはないが、第三者に見られないように気をつける必要はある。

 屋敷の門番が見知った顔だと確認すると挨拶を交わして、塀を飛び越える。


「あら、ジャレッドじゃないの?」


 名を呼ばれ声の主を視界に入れると、亜麻色の髪を短く切りそろえた快活そうな少女がいた。


「レナ・ダウムか」

「そのフルネームで呼ぶのやめてくれないかしら。かっこいいと思っているなら、逆よ」


 動きやすさを重視しながらも、淡い青色のドレスに身を包んでいる少女はレナ・ダウム。イェニー・ダウムの姉であり、ジャレッドにとっては同い年の従姉妹にあたる。

 ジャレッドはあまり彼女が好きではない。兄と慕ってくれるイェニーと違い、ことあるごとに突っかかってくるレナと相性が悪いのだ。


アルメイダから逃げ出したジャレッドと再会したレナはすっかり大人びていたが、口と態度が悪くなっていた。

以前は売り言葉に買い言葉と口喧嘩が絶えなかったが、今では相手にしないことにしている。

 おそらくかわいい妹がジャレッドを兄のように慕っていることを気に入らないのだろうが、イェニーとのコミュニケーションなのでレナに口出しされるいわれはない。

 そう一度伝えると、火のついたように激昂されたため、以来極力口をきかないようにしていた。


「元気そうでなによりだよ。じゃあ、俺はお祖父さまに用事があるから」

「待ちなさいよ」

「……なにか用でもあるの?」


 人を待たしているのでレナに時間を使いたくない。そんな態度があからさまにでてしまったのか、レナの表情が怒りに歪む。

 大声をだされることを覚悟していたが、ジャレッドの予想に反してレナは表情を一変して勝ち誇った顔をした。


「私ね、婚約することにしたわ。まだ正式ではないけれど、相手は承諾しているわ」

「おめでとう。じゃあ、用事があるので」

「最後まで聞きなさいよ! 私の婚約者はね、アンタの弟なのよ!」

「はぁ?」


 思わず耳を疑った。


 ――今、この女はなんと言った?


 なぜそうもしてやったみたいな顔をしていたれるのか理解に苦しむ。

 ジャレッドの弟は二人。十四歳と十三歳だ。

 年下と婚約するななどは言わないが、どちらかにもよる。


「聞いてほしそうな顔をしているから一応聞くけど、どっちと?」

「レックスよ!」

「よりにもよってそっちかぁ……」


 つくづくレナとは相性が悪いと実感した。

 レックス・ダウム。側室の子であり、ダウム男爵家三男である十三歳の少年だ。

 弟を悪くは言いたくないが、わがままで傲慢。気が強く、正室となった母をもつもうひとりの弟を敵視している。

自分の息子に家督を継がせることに躍起になっている側室の息子であるため、変な選民意識をもち面倒を起こすことが多い。

 極端な例を挙げるなら、貴族だから偉いと平然と言うのだ。これが公爵家ならまさにその通りなのかもしれないが、男爵家も、それも新興貴族がよく言えるものだと呆れてしまう。

 剣のとりえしかなく、女にだらしない父親でさえ、貴族であることを誇りはしても選ばれた存在だとは思っていない。


「……確か、レックスはイェニーにつきまとっていた気がするんだけど……姉でもいいのか。凄いな、あいつ」


 もしかしたら、祖父の跡継ぎを狙っているのかもしれない。まだ十三歳と若いが、母親の影響で野心が強いのだ。


「お祖父さまとお祖母さまが認めているならそれでいいよ。お幸せに」


 レックスはジャレッドのことを兄として見ていない。彼の姉も、母もそうだ。レックスたちの目には兄としてではなく、長男でありながら家督を継ぐことさえできない落ちこぼれにしか見えないらしい。

 ジャレッドも嫌っている相手に好きになってもらおうとは思わないので、放置していることもあるので関係の改善はないだろう。兄妹仲を知っているはずのレナがわざわざレックスを婚約者に選んだというのなら、彼女も相当自分のことが嫌いなのだろう。


 イェニーの姉であるし、一緒に暮らしていたこともあり、ジャレッドとしては仲よくできずとも嫌われないように歩み寄ろうとしていたころもあったが、この結果を見ればすべてが無駄だったと理解した。

 もう話すことはないと彼女の前から去ろうとすると、


「待ちなさいよ!」


 なぜかまた引き留められてしまう。


「お祖父さまもお祖母さまも認めてくれないわ。だけどね、私とレックスがそうすると決めたのだから、文句は言わせないわよ」

「いや、だから俺は文句言ってないよ。お幸せに。本当に、それだけだよ」

「……あんたね、宮廷魔術師になることが決まったからって調子に乗るんじゃないわよ。なにが宮廷魔術師よ。叔父さまに剣の才能がないって見限られた癖に!」

「もう、いっていい?」

「――っ! どうせ公爵家の力で手に入れた地位なんでしょう!」


 世の中には例え冗談でも言っていいことと悪いことがある。レナの言葉は間違いなくジャレッドを不愉快にした。

 こうも早く宮廷魔術師になることを望んだのはジャレッドではない。

 バルナバス・カイフという哀れな魔術師の死と、彼に殺された宮廷魔術師候補たちと無関係に巻き込まれたトレス・ブラウエルに仕える家人たちの死の上で、宮廷魔術師としての立場を得たのだ。


 不正があったせいでバルナバスが凶行に走ったというのに、いくら事情を知らずとも許せない台詞だった。

 ジャレッドは奥歯を痛いほど噛みしめて、怒りを抑える。

 ここで感情に任せて彼女に怒りをぶつけることは容易い。だが、彼女にそこまでする価値はない。どのような理由があって、自分に突っかかり苛立たせるのか知らないが、もう付き合う気にはなれなかった。

 言葉を返すことなく、冷たい視線で一瞥すると、ジャレッドは屋敷に向かって歩みを進める。

 背後でレナがなにかを叫んでいたが、すべてを聞き流し、屋敷の扉を潜った。





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