6.ジャレッド・マーフィーと過去との再会3.
「ジャレッド、少し二人で話をしたのだが、構わないかな?」
コンラートの魔力の流れを整え終えると、公爵から誘われジャレッドは頷く。
次の訓練まで自己鍛錬を続けるようにと約束し、コンラートとテレーゼと別れると、屋敷の中に戻っていく二人を見送って公爵と二人きりになる。
「コルネリアが未だ抵抗を続けていることは知っているかい?」
「オリヴィエさまから伺っています」
ハンネローネとオリヴィエを脅かした主犯コルネリアが実家に逃亡してからもう何日も経っている。厄介なことに、彼女の父親が娘に甘いらしく、罪を犯してことを知りながらも庇っていることは記憶に新しい。
はっきり言って、ふざけるな、と思わずにはいられない。
人の命を勝手な理由で狙っておきながら、まるで自分は悪くないと主張するようなコルネリアに怒りを覚えていた。
「そろそろ強行策を取りたいと思っているんだが、コルネリアの実家も困っているらしい。娘かわいさに庇い続けていた父親は、長男に当主の座を奪われ病人扱いされ監禁となったらしい」
「それは、なんていいますか……」
妥当な判断だが、そう答えていいものか迷ってしまい言葉を濁す。
ジャレッドの心情を察したのか、公爵は苦笑した。
「素直に思ったことを言ってくれて構わないよ。私はジャレッドのことを息子だと思っているんだ。遠慮はいらない」
「その、妥当な判断だと思います。このままコルネリアさまが実家で籠城を続けても、あの方以外は誰ひとりとして得をしません。いえ、損をすること間違いないでしょう」
おそらく長男もそう思ったからこそ父親から当主の座を奪ったのだろう。そして、誰も咎めることはしなかった。
「コルネリアの兄ライナス・ノーランドは秀でた人間ではないが、よい人間だ。最近には珍しい正義感が強く好ましい貴族だよ。だから、彼が私の前で膝をつき、妹を説得する猶予がほしいと願ったので、気持ちを汲んで時間を与えた」
「どのくらいの時間をでしょうか?」
「正直、決めていない。できるのであれば、今すぐにコルネリアの身柄を確保し、決着をつけたいとさえ思っている。ノーランド伯爵家も私兵団くらいもっているが、妹のそれも罪が明らかな人間のために私と戦うはずがない。その気になれば事はすぐ片づくだろう」
「ですが、お互いに兵をぶつければ内戦扱いと見なされる場合もあります」
「その通りだ。周辺諸国にそんな姿は見せたくない。コルネリアもそれがわかっているのか強気らしい。つくづく反省とは無縁の女だ」
口にはださずにジャレッドも内心頷く。
この一件に巻き込まれていなければ、いっそすがすがしささえ感じていただろう。だが、ジャレッドの胸の中に広がるのは炎のような怒りだった。
コルネリアが野放しになっている限り、オリヴィエとハンネローネたちに本当の平穏はこない。
「正直言ってしまうと、君に頼もうかどうか私はずいぶん悩んだ」
「なんでもおっしゃってください」
「宮廷魔術師になることが決まった君にこんなことを頼むことは本来ならできないのだが――最悪の場合は、コルネリアを捕らえるのに協力してほしい。兵をぶつけることができない以上、単身で屋敷からあの女を引きずりだすことができる力の持ち主が必要なんだ」
「私であれば存分にお使いください」
「いいのか?」
即答したジャレッドに公爵は驚きと安堵を含んだ表情を浮かべた。
てっきりコルネリアを殺せと頼まれると思っていたジャレッドは拍子抜けしていた。
命を奪うことにはやはり抵抗はある。だが、コルネリアの存在を害悪としか思えないため、割り切ることはできる。エミーリア・アルウェイのことを思うと、迷いがないと断言はできないが、ジャレッドにとって優先するべきはオリヴィエたちの身の安全だ。そのためなら、いくらでも手を汚すことは厭わない。
すでに血に染まった手ではあるが、大切な人のためにならさらに汚れる覚悟はとうにできていた。
「俺にとっても他人ごとではありません。それに、公爵は私のことを息子のように思っていると言ってくださいました。ならば、息子である私に遠慮などしないでください」
「ジャレッド――ありがとう」
出会ったときからハーラルト・アルウェイ公爵がよい人であることはわかっていた。
公爵という立場でありながら、男爵の祖父と親しく、こうして自分とも分け隔てなく接してくれることに嬉しく思う。
祖父母が信頼している彼を自然と信頼したのもそうだが、やはりオリヴィエの父であり、ハンネローネの夫であることが一番の理由だろう。
きっと祖父母としか関わりがなければ、公爵の人柄を知ってもなお関係は希薄だったかもしれない。もしかするとコンラートに関しても関わらなかった可能性もある。
人の縁とは不思議であり複雑だが、実に大切なものだと実感する。
「はじめて君と出会ったあの日が昔のように思うよ。まさかこんなにも早く君が宮廷魔術師になるとは思っていなかった。私はね、いずれ君が宮廷魔術師になるとしても成人後だと思っていたんだよ」
「私自身が一番驚いています」
魔術師協会職員デニス・ベックマンの言葉通り、宮廷魔術師候補殺害犯のバルナバス・カイフを殺すことで犯行を止めたジャレッドは、宮廷魔術師に相応しい実力の持ち主だと認められた。
彼が現宮廷魔術師でも倒せるか不明なミノタウロスを倒し、現役宮廷魔術師を戦闘不能にしたこともジャレッドの力が認められた理由だ。
なによりも宮廷魔術師として認められた理由は、魔術師協会と王宮が隠しながらも水面下で広がり民が不安になっていた事件を解決したことになる。
事件の一部と、結末が発表された今、国民の多くがジャレッドを宮廷魔術師として認めたと聞く。
バルナバスと善戦したラウレンツ・ヘリングの今後も、多くの人間が注目していた。
だが、ジャレッドはバルナバスの死を経て宮廷魔術師として認められたことは素直に喜べない。彼は言い逃れができないほど加害者であったが、はじめは被害者だったのだから。
「そう暗い顔をする必要はない。バルナバス・カイフの一件は、残念なことだ。しかし、君が止めなければ被害はもっと増えていた。それに、彼は誰かの手で止められなければ止まれなかったのだ」
「かもしれません」
「ならば、彼の分まで宮廷魔術師として立派になるべきだ。それが、彼にできる唯一のことだろう」
公爵が慰めてくれていうのはわかるが、素直にうなずけなかった。
「よければ夕食でも一緒にどうだ? コンラートとテレーゼも喜ぶ。時間は少し空いてしまうので、タイミング悪いが、どうかな?」
「お誘いは大変嬉しいのですが、大切な約束がありまして……」
「いや、いいんだよ。こちらこそ急にすまなかったね。事前に誘うべきだったんだが、コルネリアの件をどう話そうかと悩んでいて、そこまで気が回らなかったんだよ」
食事の誘いも気づかってくれたからだとわかっているだけ、断るのが申し訳ない。しかし、ジャレッドには今日会わなければいけない約束がある人がいるのだ。
「次回は是非食事も一緒に。コンラートとは、魔術以外でも色々と話し相手になってほしい。立場的に友人も作れず、兄弟とも上手くいっていないのでね」
「もちろんです」
「ありがとう。感謝するよ」
安心した公爵から差し出された手を握る。
ジャレッドは時間が許す限り、コンラートとテレーゼと交流を深め、次の約束をして公爵家を後にした。