5.アルウェイ公爵のため息2.
読みやすさを考え数ヶ所空白をつくりました。
ハーラルト・アルウェイは宮廷魔術師になることが決まっても以前と変わらない娘の婚約者を微笑ましく思う。
公爵家の当主として様々な人間と出会ってきた彼だからこそ、地位や立場が変わっても変わらない少年を尊敬する。
ジャレッドのように若く地位を手に入れてしまうと、どうしても驕る場合がある。自覚ありなしに関わらず、手に入れたものを当たり前だと錯覚し、大切にせず、破滅する人間を多く見てきた。
しかし、息子と妻を相手に笑顔を絶やさず会話をする少年は違う。
単純な実力のみで魔術師協会を認めさせ、生きていくために精力的に活動していた。父親から疎まれ、家督を継げないからといって腐ることなく前向きに生きていた。結果、宮廷魔術師候補に選ばれ、宮廷魔術師同等かそれ以上の実力をもつバルバナス・カイフすら倒し、宮廷魔術師の席を手に入れた。
――この一件に、アルウェイ公爵家の力は一切及んでいない。
心ない人間たちの中には、妬みや僻みから、公爵家の力があったからこそ宮廷魔術師候補に選ばれたという声も少なくなかった。
だが、そのような事実はない。なによりもそんなことをすれば娘がハーラルトを許さないだろう。
なにもハーラルトはジャレッドが宮廷魔術師にならずとも構わなかった。
忠臣であり、大切な姉を託したダウム男爵の孫である彼を欲したのはこちらが先なのだ。口には出さずに、ダウム男爵にオリヴィエの相談をする形で遠回しにジャレッドを欲した。
しかし、聞けば家督を継げぬ彼にダウム男爵家を継がせ、孫娘のイェニー・ダウムと結婚させようとしていたと知る。オリヴィエは爵位など気にしないので、それでも構わないと一度は思ったが、家族同然のダウム男爵に苦労をかけたくなく一度は引いた。
男爵の息子が、ジャレッドを利用して地位を得ようと企んだのか、単純に息子の幸せを願ったのかまではわからないが、オリヴィエと結婚させたいという話をもってきた際はどうするべきか迷った。
ダウム男爵も賛成していると言われたが、鵜呑みにはできない。しかし、このままではジャレッドとの縁が消えてしまうかもしれない。
取り込むことを考えたのではない。それだけは違う。単に、ハーラルト・アルウェイは、自分の力で前に進む人間が好きなのだ。
公爵家の人間として、地位を利用する者がいることを知った。親の名で好き勝手にやる愚か者に遭遇したのは一度や二度ではない。
だからこそ、自分の逆境に腐らず、前に進み続けるジャレッドをオリヴィエに会わせたかった。
母の命を狙われ、自らも危うい思いをしながら、決して引こうとしない意固地でかわいい愛娘。
そんなオリヴィエがジャレッドと会うことで、なにか変わるのではないと期待していた。そして、期待以上の効果をジャレッドはもたらしてくれた。
ハンネローネを狙う賊を退け、黒幕を暴くきっかけをくれた。側室であり幼馴染みでもあったコルネリアは未だ実家に籠城しているが、時間の問題だ。もうこれで愛する妻が危険に晒されることはないだろう。
他の側室が愚かなことを考えないように、コルネリアには見せしめとなってもらう必要がある。それだけのことをしているので手加減はしない。
それによって、水面下で跡継ぎ争いをしている側室と子供たちが大人しくなればいいと願う。
なによりも感謝しているのは、魔力を持って生まれた唯一の息子コンラートの面倒を見てくれていることだ。魔力を持って生まれたことにより、他の兄妹から妬まれ、疎まれた末の息子。
母テレーゼも子爵の出身であるため側室の中では立場が低いが、大切な友の妹であり、幼いころから知っている彼女のためにも、報いてやりたかった。
――だからこそ、宮廷魔術師候補だったジャレッドにコンラートを任せたかった。
屋敷の人間は、中心である一部の者を抜くと、誰かしらが側室たちの権力争いに巻き込まれている。コンラートに才能がないと判断した魔術師も、コルネリアや他の側室の指示で動いていたことが明らかとなった。
無論、それらの魔術師は処罰し、側室たちにも二度はないと通告した。
これで少しでもコンラートとテレーゼの負担が減ればと願う。
大切な息子を本格的に任せる前にジャレッドが宮廷魔術師に決まったことは、まさに驚愕だった。
一度は、ジャレッドが今後コンラートの面倒を見たくなくなるのではないかと杞憂もしたが、やはり彼は変わらず、出会ったときのまま、優しくお人好しで、つい味方をしてあげたくなる少年のままだった。
ジャレッドを兄と呼び慕い憧れているコンラートも、続けて師事できることは嬉しいだろう。
宮廷魔術師に正式ではなくとも師事していることはいずれ広まるはずだ。そうなれば、次から次へと申し出が殺到するだろう。宮廷魔術師になることが決まった彼と縁を結びたく、側室になりたいという縁談の申し込みがアルウェイ公爵家にも届いている。
正室がオリヴィエであることから、ジャレッドやダウム男爵家ではなく、公爵家に話をもってくる者も多い。
多くはこちらで断り、縁を結べばなにかしらの利益になる相手を残しオリヴィエにあとは任せた。正直、すべて断ってしまっても構わない。だが、誰ひとりとして伝えないわけにはいかないのだ。
きっと今ごろ、娘は苦労しているのだと思うと、申し訳ないが、これも正室の役目だと思って許してもらいたい。
ハーラルト自身の場合は、恋愛結婚を許されたため側室に関しては一切自由がなかったこともあるため、娘たちのことは守ってやりたいと思わずにはいられない。
愛しい娘と、優しい少年の日常を壊したくはないのだ。
だからこそハーラルト・アルウェイは迷うのだ。
――ジャレッド・マーフィーの母親であるリズ・マーフィーの死の真相を伝えるかどうかを。