4.ジャレッド・マーフィーと過去との再会2.
「私では力不足ということでしょうか? 確かに未熟であることは承知しています。もしもご不満ならば、引き受けてくれるかどうかはわかりませんが、私の師匠が滞在させていただいていますので、一時的ではありますがコンラートさまに指南してもらえるよう頼んでも――」
「いや、違う。待ちなさい。そうではないんだ。私の言い方が悪かったな、すまない」
苦笑する公爵にジャレッドは困惑する。
「私の知る宮廷魔術師は、才能ある人物を、それこそ自らの魔術を継ぐことができる可能性をもつ人間でなければ弟子にしない。もしくは、自分の部下となる人間たちの中から師弟関係ほど深くはないが優秀な者が部下をまとめることができるように指南する場合もある」
「今のコンラートはマーフィー殿の部下になることはまずないでしょう。そして、大地属性魔術師であるあなたを継ぐ可能性もありません」
「それはそうかもしれませんが……大げさに考え過ぎではないでしょうか?」
アルウェイ公爵の子息であるコンラートが、正式なジャレッドの弟子になることはない。ジャレッド自身が、まだ方向性をもたないコンラートを教えることはよくても、弟子にする気がないのだ。いくら宮廷魔術師になるとはいえまだ魔術師として未熟であることから、ジャレッドの考えは最初と変わらない。
宮廷魔術師の部下には魔術師団があるが、公爵たちの言葉ではまるでコンラートは魔術師団に入らないと聞こえた。
公爵でさえ若いころは騎士団員として前線で活躍していたと知っているため、コンラートの扱いに疑問が残る。
魔術師としての才能を伸ばし、実戦形式を含めて魔術の訓練をする。しかし、魔術師団には入れない。
もちろん、簡単に魔術師団の一員になることはできないが、魔力と才能に恵まれているコンラートなら将来的には可能だろうと思う。
と、そこまで考えたジャレッドの脳裏にとあることが浮かぶ。
――もしかすると、公爵家の跡取りはコンラートさまなのか?
そうであれば、自衛の手段を与え、魔術師としての実力を得ても、本格的な魔術師として活躍することを避けさせるのは理解できる。
誰だって跡取りを危険に晒したくはない。
テレーゼは現在のコンラートの立場と、属性による違いから弟子になれないと言っているが、公爵はもっと違う視点でものを言っている気がした。
「私たちとしてはこのままコンラートの面倒を見てもらえるのならありがたいと思う。しかし、それでは君にメリットがない。最悪の場合は、コンラートに教えていることが周囲に広がれば最後、自分もと申し込んでくる者も増えるだろう」
「別にメリットやデメリットを考えてコンラートさまに魔術を教えているわけではないので、そこは気にしないでください。オリヴィエさまの弟ですし、私自身がどこまでコンラートさまが魔術師として伸びていくのか興味もあります。それに――」
「それに?」
ジャレッドは恥ずかしげに苦笑した。
「宮廷魔術師になることが決まっても、実感がないんです。私は私であり、今後も変わりません。なので、どうか私のことは気にせずコンラートさまのことを第一に考えてください」
「ジャレッドはそれでいいのか?」
「もし、私たちに気をつかってくださっているのなら構いませんよ?」
「そんなことはありませんよ。引き受けるつもりがなければ、最初から引き受けたりしませんでしたので、本当です」
嘘偽りなく答えると、目に見えて公爵たちが安堵したのがわかった。
宮廷魔術師になると誰かに魔術を教えることも面倒になるのかと考えるとうんざりしてしまう。
認められたことは素直に嬉しいが、地位を手に入れた代償は大きいのかもしれない。
「感謝する、ジャレッド。これからもどうか息子を頼む」
「マーフィー殿、心から感謝します。どうぞ、コンラートのことをよろしくお願いしますね」
「お兄様、これからもご指導よろしくお願いします!」
親子三人から感謝されてしまい、ジャレッドは頬を引きつらせた。
公爵家がそろって頭を下げている光景などそうそう見られるものではない。公爵たちは純粋な気持ちからなのだろうが、胃が痛くなってきた。
とにかく頭を上げてもらい、胃痛が収まるのを待つ。
「少しずつではありますが、一度引き受けた以上最後までコンラートさまに私が教えられることは伝えたいと思っています。なによりも、そうすることで私自身が改めて学び直すことができるので決して損をすることはないのでご安心ください。コンラートさま、今はまだ優しくしていますがいずれは厳しくしますのでご覚悟していてくださいね」
「はい!」
意気込むコンラートを微笑ましく思う。
厳しくするかどうかは彼と公爵次第になるだろう。
いずれ、コンラートがアルウェイ公爵でどのような立場を担うことになるのか知るときがくるかもしれない。
「宮廷魔術師となるマーフィー殿に今後も師事できるとは……よかったですね、コンラート」
「改めて礼を言うよ、ジャレッド。今後、困ったことがあったら遠慮なくなんでもいいなさい。私は君を全面的に応援しよう」
「こ、こちらこそ、感謝します」
まさか全面的に応援などと言われるとは思わなかったので、戸惑いのほうが大きい。
オリヴィエの婚約者なので、彼女の弟と家族にはよくしてあげたと思っていた。無論、魔術師としてコンラートの今後が気になるのも確かだ。
だが、こうも大げさなことになるとは予想していなかった。
宮廷魔術師になるにあたって、今までとは違っていく周囲に困惑を隠せないジャレッドは、近いうちに現役宮廷魔術師のアデリナ・ビショフやトレス・ブラウエルに相談しよう――そう思ったのだった。