13.学園内の揉め事3.
「さて、友と友の婚約者に対する暴言を吐いたこの愚か者はどうする?」
茨に覆われて身動きできないドリューを眺めながらラーズが問う。
「ドリューの言ったことは僕からも謝る。だから、今回だけは許してくれないか?」
「二度とオリヴィエさまに対する悪意ある言葉を言わないと約束できるなら、今回は見逃しても構わない」
できることならこのまま茨で締めつけ痛めつけたいが、ラウレンツのためにドリューに対する怒りを抑えることにした。
目に見えてほっとするラウレンツたち。
「ドリューといったな? 声は出せるはずだ。今、聞こえたとおりだ。二度とオリヴィエさまに対する暴言は許さない。いいな?」
「は、はひ……」
今にも泣きだしそうな情けない声を出すドリューに抑えていた怒りが霧散していく。たかがこの程度の茨に覆われただけで、抵抗もできずあがく勇気もない男に少しでも感情を動かすことが無駄だと思えたのだ。
魔力を茨に伝えると、ジャレッドの命令を受けた茨が拘束をといて地中に戻っていく。
茨から開放されたドリューにラウレンツが近づき、声をかけようとする。しかし、ドリューは脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「ねえ、放っておいていいの?」
「怪我はさせてないから安心していいよ」
「でも、あの人が貴族だったらマーフィーくんと揉める原因にならない?」
クリスタの質問はもっともだ。
しかし、ラウレンツが心配ないと言う。
「彼は貴族ではない。父上は貴族だったようだが、彼は違う」
「ふむ。奴の家は没落したということだな」
「……僕が言葉を選んだのにはっきりと言うな!」
「どうせ本人が聞いていないのだから、かまわないだろう。だが、奴がこれからジャレッドに対してなにかよからぬことを企まなければいいのだがな」
「ラウレンツ悪いけど、ドリューと親しいなら、しばらく様子を見ていてくれないか?」
ラーズの言うよからぬことが起こるとは限らないが、万が一を考えラウレンツに頼むことにする。監視をしろというつもりではないが、あまり気持ちのいいことではないことに頼んでから気付いた。
「すまない。ドリューとは親しいというわけじゃないんだ」
「それってどういうことだ?」
「ベルタとクルトとは昔からの付き合いなんだが、ドリューは学園の実習授業のチームとして出会ったんだ。そのあとも授業では組むことが多かったので自然と一緒にいたのだが、彼は彼で親しい友人がいるようなんだ」
「ドリューはラウレンツさまを利用しているのです!」
「よさないか、ベルタ。その話は前に終わったことだ」
「ですが!」
ラウレンツの取り巻きの少女ベルタはたしなめられるが、ドリューになにか思うことがあるようで引こうとしない。
「彼になにかあったの?」
同性であるクリスタが問いかけると、ベルタが口を開こうとする。だが、不安そうにラウレンツを伺った。
「……わかった。話しても構わない」
ラウレンツから了承を得ると、ベルタが語る。
「ドリューは魔術師ですが、成績が悪く、進学も危ぶまれていました。しかし、ラウレンツさまに助けられる形で成績を盛り返し留年を逃れたのです」
「個人の成績はあまりよくなかったんだが、ラウレンツさまと俺たちと組んだ実習が評価されたこともあって、実習の度にドリューはラウレンツさまと組みたがった」
ベルタを補足するようにクルトも会話に加わった。
「ジャレッド・マーフィーのように学園から授業を免除されている極一部の生徒を除けばラウレンツさまの実力はトップクラスです。誰もが組みたがるのですが、私たちがラウレンツさまを利用されるのが嫌で阻んでいました」
「だけど、ドリューはうまいことやった、と」
「はい。困っている者に手を差し伸べることを躊躇しないラウレンツさまに取り入ろうとしたのです。特に害があったわけではないのですが、今回のことを思うとやはりなにかしらの意図があって近づいてきたのではないかと思わずにはいられません」
「なにかしらの意図?」
おそらくベルタは成績に関する以外の理由でもドリューがラウレンツに近づいてきたと考えているのだろう。
ジャレッドたちにはドリューの真意までわからない。
だが、ラウレンツの傍に居続けたベルタとクルトが揃って疑うのならば、なにかしら彼らなりも思うことがあったはずだ。
「もういい、やめてくれ」
黙っていたラウレンツが静かに声を発した。
続きを口にしようとしていたベルタたちが動きを止めて硬直する。
三人の関係は友人ではなく、主従のようだと感じられた。
「仮にドリューが僕を利用しようとして近寄ってきたのだとしても、特に害があったわけじゃない。それに、今までだって似たような人間がいたんだ。今さらその程度のことを気にしてもしかがたない」
「ですが……」
「ベルタ、お前が僕のことを案じてくれるのはよくわかっている。でも、僕は大丈夫だ。いいな?」
「……はい」
渋々だがベルタは頷き、クルトもなにか言おうとはしなかった。
「だが、僕のことを気遣ってくれていることには心から感謝している。ありがとう」
ラウレンツの感謝の言葉で二人の表情が嬉しそうに破顔した。
「ジャレッド、変な話になってしまってすまない。ドリューもそう悪い奴ではないと僕は思っている。時間を見つけて今日のことをしっかり言い聞かせておくから時間がほしい」
「ああ、だけど俺の問題を任せていいのか?」
「構わないよ。確かにジャレッドの問題なのかもしれないが、ドリューは僕にとって友人だ。改めて今回のことを謝罪させるよ」
「謝罪はいいから、約束だけ守らせてくれ」
「わかった。ジャレッド、改めて今日はすまなかった。ラーズとオーケンも僕が勝手に憤ったことに巻き込んでしまって本当にすまない」
深く頭を下げたラウレンツに、ベルタとクルトも続く。
「頭をあげてくれ。俺だって原因はある。だからお互い様にしよう」
「感謝する」
「それと、なんだ……その、今度よかったら魔術について話し合おう。大地属性魔術師といっても地属性に特化しているラウレンツの方が優れていると俺は思うんだ。だから色々と情報交換ができれば、お互いに成長できるんじゃないかと思うんだけど、どうかな?」
「――っ、ああ! もちろんだ!」
「じゃあ約束だ。明日の昼にでも時間を空けておいてくれ」
そう伝えてジャレッドは右腕を差し出した。
「楽しみに待っている」
ラウレンツはジャレッドの手を力強く握りしめる。
「もちろん、ベルタとクルトも都合があえば是非一緒に」
「ありがとうございます!」
「ご一緒させていただきます!」
ラウレンツに同行できることを喜ぶ二人。そして、
「なら私も参加するわよ。魔術師じゃないけど、魔術に関しての知識はあるんだから」
「私も参加しよう。ジャレッドとラウレンツがどのように魔術談義で盛り上がるのか興味深いからな」
明日の昼を楽しみにしながら、すでに始まってしまった授業にでるため校舎に戻っていく。
ジャレッドも今日は教室にいこうとするが、ラーズが引き止めた。
「待て、ジャレッド。友にだけ話がある」
「なんだよ?」
「ラウレンツのことだ。今回の一件、誰かが仕組んだと考えたほうがいい」
「どういう意味だ?」
「意図して情報を流している者が存在し、その者にはなにか目的があると考えられる。オリヴィエ・アルウェイとの婚約、そして宮廷魔術師候補の件が噂になったこともそうだが、ラウレンツに関しても誰かが揉めるように仕向けたとしか思えない」
「嘘だろ?」
確かにジャレッドはラウレンツとうまくいっていなかった。ライバル視されているだけならまだしも突っかかってくることを迷惑だと思ってあしらっていたことは、学園の誰でも知っている。
今回の一件で、ラウレンツが自分のことを嫌っていると勝手に思っていた誤解が解けたことはジャレッドにとってプラスになったかもしれない。しかし、それだけだ。
マイナス面だって発生している。
ジャレッドが不正をしたと思い込んだラウレンツが教室に乗り込み生徒たちの前で怒りを露わにしたことで、今ごろ新しい噂が尾ひれをつけて生徒たちの間に流れているだろう。
ただの噂としておもしろおかしく思っている生徒もいれば、本気でジャレッドが不正をしたと思う生徒もいるはずだ。
ラウレンツとの関係が改善されたことを見れば、時間があれば噂は所詮噂だったとわかるかもしれない。だが、そうなる前に次の厄介事が生まれる可能性だってある。
「私は、間違いなく誰かがわざと噂を流し、ラウレンツを焚きつけたと確信している。ドリューもおそらく関わっているだろう。おそらく首謀者はジャレッド、お前になにかしら思うことがあるはずだ」
普段はマイペースでおかしな言動をするラーズだが、思いだしたように真面目になることがある。
本当かどうかわからないが、ラーズは天才であり、それこそ授業を受ける必要がないレベルではないかと聞いたことがある。普段会話していると忘れてしまうが、一を聞かなくても勝手に十を知っていることも何度かあった。
魔術師かどうか未だ不明だが、魔術に関しても造詣は深く、ジャレッドにアドバイスをくれたことは一度や二度ではない。
そんなラーズが言うのだから、彼なりの根拠があるはずだ。
「クリスタに頼んで、生徒会に噂は間違いであるという新しい噂を流してもらうといい。彼女から聞いたが、生徒会ではジャレッドの話題が大きくなりすぎて火消しを考えているらしい。きっとすぐにでも協力をしてくれるはずだ」
「わかった。すぐに伝える。俺はどうしたらいい? しばらく学園にこないほうがいいか?」
「それもひとつの解決策になるかもしれないが――」
にやり、と笑ってラーズは言った。
「――それだと負けたようでおもしろくない。むしろ、魔術師協会から依頼がないのであれば毎日こい」
「上等だ。ついでに授業も受けてやる」
「だが、私は受けない。面倒だからな」
「お前、ズルいぞ!」
「気にするな。私もしばらく学園に顔をだすからそれでいいだろう? 姉上の手伝いをしなければいけなく、最近は少し忙しいのだ」
ジャレッドはラーズを信頼している。友人だからという理由もそうだが、信頼できる人物だとよく知っているからだ。ラーズは嘘をついたことがない。偽りを嫌う。だからこそ、彼の言葉は信用できる。
「まったく、変人だけどいい友達を持ったよ」
「友も十分に変人だ。だが、よき友であることは否定できない。クリスタも、そして今日から友となったラウレンツたちも、皆よき友たちだ」
「同感だ」
校舎に入らず、入り口で待ってくれているクリスタとラウレンツたちに気付き、本当にいい友達を得たとジャレッドは心底思うのだった。