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2.オリヴィエ・アルウェイの憂鬱3.




「リリー・リュディガーとは会わなければ駄目ね。そもそもこの子は結婚相手を自分で見つけると言って周囲を困らせていた有名人だから、本人が望んでいるとは限らないからちゃんと気持ちを確かめないとね」

「リュディガー様が側室になられたら、二つの公爵家の関係が厄介なことにもなりえるのでしょうか?」

「ジャレッドに関しては揉めるかもしれないけれど、お父さまもリュディガー公爵も本当はとても仲がいいのよ。でも、お互いに素直じゃないから変にライバル意識をむき出しにして、なにかあるごとに喧嘩しているのよね」


 本当は仲のいい友人の癖に変にライバル視している父たちと、殺しあったにも関わらずそんなことなどなかったように同じ屋敷で生活して気安く接しているジャレッドとプファイルを見ていると、男という生き物はよくわからないとオリヴィエはつくづく思う。

 子供っぽいのか、それとも割り切っているのかいまいちわからないが不思議な関係だ。


「でもまさかリリー・リュディガーの名前まで挙がるなんて宮廷魔術師という地位を軽くみていたかもしれないわね」

「実際、宮廷魔術師の力量を理解できるのは同じ魔術師と戦った相手だけと言われています。同じ戦場に立ったとしても、魔術を知らなければ彼らの凄さは理解できないようです」


 無論、強いのはわかる。だが、魔術師であっても力量が上でなければ宮廷魔術師を理解することは難しいらしい。

 目に見えた戦力で敵を圧倒する姿を見ても、凄い、強い、と思うことはできても、それ以上のことは思えないらしい。

 宮廷魔術師の実力を理解したいのなら、敵として戦うことがもっとも早いと言われるが、誰も好き好んで規格外な魔術師と戦いとは思わない。


「はじめはね、嫌がらせだったのよ。ジャレッドとはじめて会ったとき、魔術師として実績を積んでいることは知っていたわ。でも、また勝手に話を進めてしまった父が許せなくて、年下のジャレッドの人生をわたくしのせいで狂わせるのも嫌だったの。あとはもう婚約者を父が用意しないように無理をふっかけたのだけど――本当に約束を果たしてくれるなんて思わなかったわ」


 優秀な魔術師であることは知っていた。だが、年齢などから宮廷魔術師になることなど、例え二年後の成人を迎えても無理だと勝手に思い込んでいた。

 なによりも、コルネリアによって狙われていたこともあり関係ないジャレッドを巻き込みたくはなかった。

 だが、ジャレッドはオリヴィエの事情を知り、関わらない選択肢もあったはずなのに危険を承知で婚約者でありつづけてくれた。命懸けで戦い、傷つけながら守ってくれた。それだけでも感謝しきれないというのに、はじめて会ったときの約束を果たしてくれた。

 宮廷魔術師になったことだけではない。彼はなにも望まない。

 地位を手に入れることが決まっても驕ることなく、側室を望む少女たちが多いと知っても気にもしない。「お任せします」と一言いうだけでオリヴィエに丸投げしてしまったほどだ。縁談を申し込まれた側として相手の顔さえ見ないというのはいささか驚いた。

女性に興味がないわけではないのは知っているが、若い少年の割には驚くほど欲がない。

 自分のせいで我慢しているのではないかと思ったことは一度や二度ではない。もしかして同性のほうが好きなのかもしれないと、変な方向に頭を悩ませたのは秘密だ。

 彼の気持ちを知りたいが、知ることが怖くて、優しさに甘んじている自分に嫌気がさすが、それでも今の心地よさを手放したくないと思っている。


「宮廷魔術師なんてなろうと思っても簡単になれるわけじゃないのよ。だからこそ未だに空席があるのだから。だけど、ジャレッドはその地位を手に入れた。それも誰も予想していなかった早さで」

「わたしもオリヴィエ様同様に驚いています。確かに、ジャレッド様が優れた魔術師だということは知っていました。ですが、宮廷魔術師候補に選ばれてからやむおえぬ事情があったとはいえ宮廷魔術師になるまでの時間があまりにも早いです。聞けば、歴代最短とのことです」

「そうよね。バルナバス・カイフの一件はしかたがなかったし、倒さなければ死んでいたのはジャレッドだったのもわかっているわ。功績に相応しい地位を得たのだとわかっているけれど、本当にジャレッドが宮廷魔術師に向いているのか最近疑問に思うのよ」


 その理由はアルメイダからジャレッドの未来を狭めたと言われたせいもある。以来、今後のことを考えるようになった。

 今までは母を守ることだけを考えていればよかったのだが、これからは自分を含めた未来を考えなければならない。


「宮廷魔術師の役割は国の防衛。その立場を考えれば、王都守護の役割としているアルウェイ公爵家と協力関係にあるのはいいと思います。しかし、ジャレッド様に戦いばかりをさせるのは、気が引けてしまいますね」


 トレーネはジャレッドの時間があるときに、約束通り魔術を教わっていた。初歩的なことから、応用まで幅広い知識を披露してくれた彼は、生き生きとしていたのを覚えている。

 彼から学んだとおりに魔力を行使すれば、驚くほど効率がよくなっていた。しばらくは、自己訓練を続けなければ次のステップに移れないが、現時点でもオリヴィエたちを守るための力が増したと実感できる。

 しかし、今の屋敷は戦力が集まり過ぎているので、正直トレーネの出番があるのかわからない。

 ジャレッドはもちろん、彼の師匠であるアルメイダ、竜の少女璃桜、そしてプファイルもいる。ジャレッド以外はいついなくなってしまうかわからない人たちだが、しばらくは魔術の訓練をしつつも家事に徹しようとトレーネは考えていた。


「もしかするとジャレッド様は、戦うことよりも誰かに魔術を教えることのほうが向いているかもしれませんね」

「そうかもしれないわね。本人はあまり得意ではないと言っていたけれど、今日もコンラートのところへ向かう際に楽しそうにしていたわ」


 オリヴィエはジャレッドの笑顔を思いだす。

 当初はコンラートの教えることを渋っていたジャレッドだったが、弟の才能と人柄を気に入ったのか、時間を調節して楽しそうに本家へ向かった。

 一度は疎遠となった弟だが、かわいい弟であることは変わりない。ジャレッドが気にかけてくれているのは姉として嬉しい。

 コンラートが魔術師として活動するかどうかまでは父の考えもあるのでわからないが、アルウェイ公爵家で待望の魔術師の素質を持つ子供なので期待は高いだろう。その分、他の兄妹からのやっかみは大きいかもしれないが、困っているようなら力になってあげたいとも思う。しかし、そのことにジャレッドを巻き込んでしまうことには気が引けた。


「オリヴィエ様、申し訳ありませんが、わたしはそろそろ買いだしにいってまいりますね。最近は、お屋敷にも人が増えたので食事も用意のし甲斐があります」

「そうね……まさかここまで賑やかになるとは思っていなかったわ」


 家事を主に行うのはトレーネだが、オリヴィエとハンネローネ、そしてイェニーも率先して手伝っている。

 出会ったときにジャレッドに言った通り、できるかぎりのことは自分でしているのだ。

 トレーネとしてはメイドであることを意義が失われてしまうので、せめて最低限でと給仕などはさせないが、それでも一般的な貴族の子女に比べたら驚くほど家事ができる。とくに最近はジャレッドに手作り料理を食べてほしいとイェニーと頑張っている。


「屋敷が賑やかになったのは嬉しいけれど、最近、璃桜が怪しいと思わない? 兄上とジャレッドのことを呼ぶのよ?」

「さすがに気にし過ぎでは? 年齢こそだいぶ上ですが、竜としてはまだ子供のようですし」

「それはそうなのだけれど、やはり縁談がこうも舞い込んでくると気にしてしまうのよね。はっきり言って、お母さまの一件があったから乗り気ではないけれど、貴族として側室の必要性はわかっているのよ。でも、当のジャレッドが驚くほど興味を示さないから――どうしてわたくしがジャレッドの側室選びでこんなにも大変な目にあわなければならないのかしら!」


 いい加減うんざりしてきた縁談申し込みの写真と資料の山に目を通す作業。

 今もトレーネと会話しながらも続けているのだが、終わる気配はない。


「それが正室となるオリヴィエ様の役割ですし、そもそもジャレッド様に側室は自分が気に入らなければ駄目だと言ったのもオリヴィエ様自身ですので……正直、自業自得かと」

「わかっていても納得ができないのよ! 好きな人を独り占めしたいって思ったら駄目なの!?」


 すでにイェニーを受け入れている時点で独り占めが難しいことはオリヴィエも承知しているだろう。それに、トレーネからすれば璃桜ではなくアルメイダのほうが怪しく見える。

 ジャレッドの成長を見守り、強く育てた彼女からは師匠としてではなくひとりの女としての感情が彼に向けられていると感じることがある。

 トレーネも生涯かけてオリヴィエたちに仕える気でいるので、ジャレッドの愛人になろうと企んでもいるのだ。もちろん、ハンネローネはすでに知っているしオリヴィエにも言ったことがある。だが、彼女を悲しませることはしたくないのでどうなるかわからない。

貴族が外で不祥事を起こさないように妻以外にメイドが愛人となることは割とある。なによりも、トレーネ自身がオリヴィエたちを救ってくれたジャレッドなら構わないと思っているのだ。


「買い物から帰ったらまたお手伝いしますので、しばらく休憩をはさみましょう」


 胸に秘めた願望を自分の前では言ってくれる年上だが、妹のようにも思えるオリヴィエに幸せになることを祈るのだった。




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