0-2.Prologue2.
「私の手伝いですって?」
「はい。かつてあなたはヴァールトイフェルを利用し、ハンネローネ・アルウェイの殺害を果たそうとしましたが、失敗なさいました」
「それはあの組織が使えない人材を送ってよこしたからよ!」
ドルフ・エインと名乗った男が同感ですと頷く。
「だからこそ、あなたには私のつくった組織を使っていただきたいのです」
「大陸最強の組織が失敗したのよっ、あなたがどこの誰だか知らないけれど、あの忌々しい魔術師を相手に成功するとは思えないわ」
「ご心配はもっともです。ですが、同じ失敗はしません」
「どういこと――まさか、あなた――」
にぃ、とドルフの唇がつり上がる。
「かつて私はある組織の運営を担っていました。組織の名は――ヴァールトイフェル。この私が、暗殺組織として大陸最強にしたのです」
「笑わせないで。だったら、どうして新たな組織をつくったと言うの? まさかヴァールトイフェルが失敗だったからなんて言わないわよね。あなたが本当にヴァールトイフェルを運営していたのかわからないけど、もしそうなら同じことを繰り返すでしょうね」
「ご心配には及びません。ヴァールトイフェルは組織の長ワハシュの名のもとに人材が集まっていました。ゆえに私の言うことはあまり聞こうとしない愚か者ばかりだったのです。しかし、私の意見に賛同する者たちを引き抜き、新しい組織をつくることに成功しました。名前こそまだない組織ではありますが、必ずコルネリア様のお役に立ってみせるとお約束します」
コルネリアは蛇のように笑う男を信じていいのか迷った。
しかし、自分にあとがないことも理解している。
頼りにしていた父はいなくなり、兄は自分を見限った。愛する夫は自分よりもハンネローネを優先している。
「いいわ。あなたの話に乗りましょう。でも、心から私のためになにかをしたいわけではないのでしょう?」
「ご理解が早くて助かります」
「あなたは私になにを求めるの?」
「ハンネローネ・アルウェイとオリヴィエ・アルウェイを見事殺害できましたら、我が組織を拡大するための援助をお願いします」
なるほど、と合点がいく。
ヴァールトイフェルを離反したドルフには資金が不足しているのだ。
「私が払える額などたかが知れているわ」
「ええ、ですが、あなたが公爵家の正室になればいいのです。邪魔なものはすべて殺して差しあげます。あなたをないがしろにする兄上も邪魔なら排除しましょう。そうすれば、あなたは権力と資金を手にすることになります。なによりも――」
「なによりも?」
「私たち組織はあなたとあなたのご子息のために生涯をかけて尽くしましょう。そのくらいの覚悟を持って私はあなたの前に現れたのです」
コルネリアは思考を必死に動かしていく。
ここで断ればコルネリアに現状を打開する方法が消えてしまう。ドルフもそれがわかって現れたのだろう。
破格の条件であることは間違いない。できることなら当主になるはずであろう息子に、裏の仕事を引き受けてくれる人間を用意してやりたいとも思っている。
だが、信じていいのかと思う。
側室が正室を殺そうとする、正室が寵愛を受ける側室や愛人を亡き者にしようとすることなども珍しくない。
資金だけを求めているのなら、確かに公爵家を掌握さえすれば最高の支援者となるだろう。だからこそ、ドルフは目の前にいるのだ。
しかし、コルネリアには大きな懸念があった。
「あなたたちがどれほどの戦力を持っているのか知らないけれど、ジャレッド・マーフィーを相手にして倒すことができると言うのかしら?」
すでにプファイルとローザ・ローエンが敗北している。聞けば、二人は組織の後継者候補だという。つまり、大陸最強を誇る暗殺組織の後継者と同等の力をジャレッドが持っていることとなる。
その証拠に宮廷魔術師に決まったという。
「もちろん可能です」
「プファイルもローザ・ローエンもそう言っていたわ」
「単純な実力では勝てたはずです。ですが、ジャレッド・マーフィーは力を隠していた。そこが敗因となったのでしょう。ですが、私の抱える人材には確実に彼を倒すことができる者がいます」
「そんなに強いと言うの?」
「いいえ、強さで言えば彼にはかないません。ですが、ジャレッド・マーフィーは私のかわいい部下を傷つけることはできません。敵を殺すには、単に戦力があればいいというわけではないのですよ」
明らかに自信を浮かべるドルフにコルネリアは怪訝な表情を浮かべた。
彼の言葉に意味がよく理解できなかったからだ。
「もっと私にもわかるように言ってくれないかしら」
「これは失礼しました。我が組織にはひとりの青年がいるのですが、かのジャレッド・マーフィーにとっては恩人であり兄のような存在だったのですよ」
「だった? 今は違うの?」
「ええ、違います。彼はジャレッド・マーフィーを弟としてではなく、憎悪する対象として見ています」
コルネリアは理解した。
どれだけジャレッドが優れた魔術師であろうと、恩人を殺せない。そうわかっているからこそドルフには余裕があるのだ。
彼がなにをしたのかわからないが、ようやく邪魔な少年の弱みを見つけることができたことに自然と笑みが浮かぶ。
「それほど自信があるのね?」
「あります。ハンネローネ・アルウェイ、オリヴィエ・アルウェイ親子とジャレッド・マーフィーを見事に殺してみせましょう」
「いいわ。そこまで言うならあなたたちを頼りましょう。そして成功すれば、望むように資金を提供するわ」
「感謝します」
芝居がかかった仕草で深々と頭を下げるドルフに、コルネリアは声をかけた。
「ねえ、教えてくれないかしら。ジャレッド・マーフィーが兄のように慕うその人間の名前を」
「構いませんよ。彼の名は――ルザー・フィッシャー。我が組織の中で、五強に数えられる優れた殺し屋です」