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44.Epilogue.




 バルナバス・カイフとの戦いから五日が経った。

 宮廷魔術師候補の殺害と宮廷魔術師トレス・ブラウエル襲撃事件の犯人バルナバスの死亡が確認され、正式に魔術師協会から一連の騒動と終結が国民に伝えられた。

 発表こそされてなかったが、宮廷魔術師候補の存在は多くの人間が知っており、同じくらい殺害されたことも知られており不安が広がっていた。バルナバスが倒されたことで多くの国民が安堵することとなった。

 宮廷魔術師候補の唯一の生き残りであるジャレッド・マーフィーが一連の犯人バルナバス・カイフを討伐したこと。この功績をもって宮廷魔術師候補から宮廷魔術師になることが決まったことが発表された。

 国民はもちろん、魔術師協会も王宮も反対する者は少なかったようだ。ミノタウロスさえ屠ったバルナバスを倒したのだから、ジャレッドの実力も同等かそれ以上と判断されたのだろう。

 トレス・ブラウエルは無事意識を取り戻すも、一連の原因が父親にあることを知ると一族との縁を切ったと聞いた。彼から謝罪の手紙がジャレッドのもとに送られており、宮廷魔術師に正式に任命される際には後見人となってくれる旨が書かれていた。お互いに回復したら一度会って謝罪をしたいともあった。

 彼もまさか友を陥れた主犯が父親であったとは思っていなかったそうだ。彼の衝撃はどれほどのものだったのか察するにあまりある。

 結果として、トレス自身が死にかけ、家人を殺され、友を失ったのだ。思うことは色々あったはずだ。

 ブラウエル伯爵は財産の大半を没収された。長男に家督を譲り、領地の片隅で隠遁生活をすることと二度と領地から出ないことを条件にそれ以上の罪は問われなかった。罰が軽いという声もあったが、トレスだけではなく家督を継いだ息子からも絶縁を言い渡され、事実上の監禁生活となると決まっている。

 魔術師協会職員のデニスの話では、ブラウエル伯爵は確かに道を誤ったが同じくらい魔術師のために援助していた人だったらしく、減刑を求める声が多かったそうだ。しかし、当の本人は息子たちから縁を切られたことが相当ショックだったようで、まるで別人のようにおとなしくなってしまったらしい。

 宮廷魔術師アデリナ・ビショフは、当時ブラウエル伯爵に脅されていたことがジャレッドの証言から明らかになり、またブラウエル伯爵も認めたことで当時の罪は問わないとした。しかし、アデリナは責任を取ろうと宮廷魔術師を辞したいと申し出たが、罪の意識があるのなら今後も国に尽くせと国王自ら言葉をもらったそうで改めて宮廷魔術師としてやり直すとのことだ。

 彼女からも感謝と謝罪の手紙がきており、つい昨日はジャレッドに直接顔を見せにきてくれた。バルナバスに傷を負わされたものの、魔術師協会の用意した医者の対応が早かったためしばらく休んだらまた宮廷魔術師として活動を再開するらしい。

 罪の意識が消えたわけではないが、バルナバスのことを忘れることなくよき魔術師でいたいと言う彼女は、きっとその通りになるだろう。

 アデリナもまたトレスと同じように、ジャレッドの後見人となってくれることを約束してくれた。


「アデリナ・ビショフさまは綺麗な方よね」


 彼女と会ったオリヴィエが冷たい表情でつぶやいていたのだが、ジャレッドは聞こえないふりをした。

 年齢的にも近いため、なにかしら感じるものがあったのかもしれない。

嫉妬してくれているなら嬉しいが、同時に怖くもある。

 だが、オリヴィエが綺麗だと言うには同感だ。すべてが明るみになったことで憑き物が落ちた彼女は、出会ったときの冷たい印象がなくなりどこか暖かさを感じることができる。きっと今の彼女こそ本来の姿なのだろう。

 不正に関わった魔術師協会職員の多くが逮捕された。指示したのはブラウエル伯爵であり、伝手をつくったのはアデリナだったが、協会職員にも関わらず金に釣られて不正を行った者たちの罪は重い。

 中には権力者に逆らえなかったというアデリナと同じ理由の職員もおり、彼らには情状酌量が与えられたが、不正を他にも続けていた者、ブラウエル伯爵に取り込まれ甘い汁を吸っていた者たちは容赦なく私財没収の上、禁固刑になった。

 本来なら、ブラウエル伯爵のような人間から魔術師を守るのが魔術師協会であるにも関わらず、守るどころか未来を台無しにした罪は重いと判断された。

 デニスは今後不正が起きないように一丸となって組織を立て直したいと言っていたが、是非そうなってほしいとジャレッドは願う。

 だが、魔術師協会は現時点で問題が起きていた。それは――ラウレンツ・ヘリングに関することだ。

 ラウレンツもまたアデリナと一緒に治療を受けたおかげで大事に至らなかった。先日、見舞いにきてくれた彼は、自身の手で復讐することができなかったことを悔やむ一方で、手を下さなかったことにホッとしているようにも見受けられた。

 ケヴィン・ハリントンの葬儀に出席し、落ち着きを取り戻していたラウレンツは、迷惑をかけたことを謝罪しにきてくれたのだ。

 そして、自身の代わりにバルナバスを倒してくれたジャレッドへの感謝と、手を汚させてしまったことに対する罪悪感も吐露されたが、倒すべき敵を倒したので気にしないでほしいと伝えた。

 そんなラウレンツだが、宮廷魔術師候補が一切抵抗できなかったバルナバスに対し、魔術を使い傷を負わせたことが魔術師協会内で高く評価されていた。

 そのため、彼を宮廷魔術師候補にという声が自然と大きくなっているようだ。当の本人は困惑しており、荷が重いと言っていたが今後話し合うことが多いとのことらしい。魔術師協会が説得しなければならないのはラウレンツではなく、過保護で有名な母親だろう。

 そして、ジャレッド・マーフィーは今もベッドの上にいた。

 一通りの回復はしたものの、出会ってからなにか起こるたびに大怪我をするジャレッドについに婚約者さまの我慢が限界を超えたのだ。

 無理やり封印を解かれた魔力だが、後遺症はないと師匠アルメイダが判断した。体を蝕むほどの魔力も竜の少女璃桜が食ってくれたので今は空っぽだ。

 ちょうどいいとばかりに五割の魔力が封じられる処置をしてもらい、今のジャレッドに合った魔力量となった。魔力回復後は、改めてアルメイダから訓練を受けることになっている。過去の訓練を思いだすと逃げ出したい衝動にかられるも、またバルナバスのような敵が現れたら大切な人を守れない可能性があるとわかっているので、どんな訓練でも我慢して受け入れるしかない。

 話を聞き、見舞いにきてくれたアルウェイ公爵と、コンラート・アルウェイにも感謝している。とくにコンラートには回復したら魔術の訓練を一緒にしようと約束した。

 さすがにアルメイダの訓練は過激すぎるので受けさせることはできないが、彼に教えることでジャレッドも勉強になるのだ。


「あら、起きているのね?」

「もう五日も寝ていますから」


 ベッドに寝転がっていると、静かに部屋の中に入ってきたオリヴィエが声をかけてきた。


「駄目よ。アルメイダさまは魔力が回復するまでじっとしているようにとおっしゃっていたのだから、それまでは安静にしてなさい」

「わかっていますけど、じっとしているのは性分ではないんですよ」

「正直、あなたには首輪をつけて部屋に閉じ込めておきたいわ。外でなにかが起きる度に大怪我ばかり負うから、わたくしは気が気ではないのよ」

「それは本当に申し訳ないとしか言いようがありません」

「もっとも、あなたが怪我をした大半の理由がわたくしたち家族のせいなのよね」

「俺だって家族でしょう?」


 悲しげに目を伏せていたオリヴィエだったが、ジャレッドの言葉に大きく目を開く。


「少なくとも俺はオリヴィエさまとハンネローネさま、そしてトレーネを家族だと思っています。だからなにがあっても守りたいし、できることならなんでもしてあげたい。まあ、今回は友人のためと自分自身ために行動したんですけど――っと、オリヴィエさま?」


 急に抱き着いてきたオリヴィエを受け止める。

 彼女は小刻みに震えて、力いっぱい抱きしめてくる。


「ありがとう」

「えっと、お礼の意味は?」

「わたくしたちを家族だと思ってくれていて嬉しいわ」

「そんな、いまさらですよ。それに、イェニーもきっと同じように思っていますよ」


 できることならオリヴィエの細い体を力いっぱい抱きしめたい。しかし、そんなことをしてしまえば自制が聞かなくなるはずだ。

 今でさえ、彼女の甘い匂いで胸が高鳴っている自覚があるのだ。

 年上の彼女がときどき見せる感情的で、少し子供っぽい一面に内心では振り回されていることをきっと知りはしないだろう。無防備なオリヴィエを見ていると、初めて会ったころの警戒心を露わにしていた姿が懐かしくさえ思える。


「みんなわたくしにとって大切な家族よ。だから無理だけはしないでね」


 宮廷魔術師になることが決まったことは、すでにオリヴィエたちも知っている。正式に王宮に呼ばれ任命されるにはまだ時間があるが、そうなれば今のように自由には動けなくなる。宮廷魔術師になる前に、未だ実家へ籠城しているコルネリア・アルウェイの件を片づけて置きたいとも思う。


「宮廷魔術師になったら危険が増えるのかしら?」

「わかりません。ですが、国の保有する戦力として魔物や人間など、必要があれば誰とでも戦うことになるんでしょうね」

「……バルナバス・カイフのようにはならないでね」

「もちろん、なりませんよ」


 死なないでという意味なのか、それともひとつのことに囚われ周囲が見えず暴走したことなのか、いや、両方かもしれない。

 不安に震えるオリヴィエをしっかり抱きしめ彼女の温もりを味わう。

 バルナバス・カイフの葬儀は今日行われる。

 連続殺人犯ではあるが、彼も最初は被害者だったことを考慮されたこともあり、彼を放置した一族に魔術師協会も王宮もなにかを言うことはない。

 家族のみで行われる葬儀だが、魔術師協会を代表してデニスが出席すると聞いている。


「オリヴィエさま、彼は復讐に燃えていました。怒りは理解できます。でも、関係ない人たちを殺していたことだけはわかりません」


 バルナバスに関する不正に関わったわけではない若き候補者たちのことを考えると、哀れに思う。彼らは確かに宮廷魔術師候補になるために不正をしたかもしれないが、殺されなければいけないほど大きな罪を犯したわけではない。


「きっと八つ当たりよ。わたくしだって、かつてはどうしてわたくしたちだけがこんな辛い目に遭わなければいけないのかと思っていたわ。その怒りが父の連れてきた婚約者候補への嫌がらせ程度で済ませていたけど、バルナバス・カイフの怒りは想像できないくらいに大きかったでしょうね」

「八つ当たり、ですか」

「こればかりは当事者でなければわからないわ」

「そう、ですよね。きっと俺にはバルナバスのことをわかることはないと思います」

「それでいいのよ。あなたはあなたなのだから。できることなら、バルナバス・カイフのことは忘れてしまってほしいわ。でも、きっとあなたは忘れないんでしょうね」


 バルナバスを倒したとき、ジャレッドは自分勝手に忘れないと告げた。ならば、宣言通りに彼を忘れない。

 人生を台無しにされ復讐に走り、罪のない人を殺めた哀れな魔術師がいたことを絶対に忘れるわけにはいかなかった。


「もし、俺がバルナバスのように――」


 ジャレッドの言葉はオリヴィエの唇によって遮られた。

 そっと唇を離したオリヴィエの頬は赤い。きっと照れているのは自分も同じだ。顔が焼けるように熱かった。


「ジャレッドは大丈夫。もしも、どれだけ理不尽な目にあってあなたの中に怒りが宿っても、わたくしが止めるわ」

「約束ですよ」

「ええ、約束よ」


 指を絡ませ、笑みを浮かべあった二人は、言葉をそれ以上交わすことなくもう一度唇を触れ合わせた。


――この人がいれば俺は大丈夫だ。


 根拠もなく安心感を抱いてしまうオリヴィエと、これからも一緒にいられますようにと願う。


「お兄さまっ! わたくしともイチャイチャしてください!」


 気恥ずかしさを覚えたジャレッドとオリヴィエの甘い雰囲気を破ったのは、勢いよく部屋に飛び込んできたイェニーだった。

 嫉妬に顔を染めたイェニーだが、かわいらしいだけで怖くはない。オリヴィエが苦笑して手招きすると、嬉しそうにベッドに駆け寄ってきた。


「ずっとみんなで一緒にいたいわね」


 楽しそうなオリヴィエの声にジャレッドは頷くのだった。





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