43.傍観.
「あれがジャレッド・マーフィーの真の実力か。石化魔術とは、正直勝てる気がしないな」
先日、ジャレッド・マーフィーとイェニー・ダウムと戦ったローザ・ローエンが呆れたように呟いた。
彼女はジャレッドがバルナバス・カイフと戦っていた姿を離れた建物の上から一部始終見ていたのだ。
そして、彼女の傍らには不機嫌な顔をしたプファイルがいる。
「いい加減に説明してもらおう。なぜ私をジャレッドのもとへ向かわせなかった。奴が死んでしまっては困るのは貴様も同じだろう」
「以前はまともに戦うことができなかったので、あの男の本当の実力を見ておきたかった。しかし、想像以上だ。まさか魔力が封じられているとは予想していなかった」
「そのことに関しては私も驚いたと言っておこう」
「封じられている状態で、魔術師として恵まれている魔力量だった。だが、蓋を開けてみればあれほどの魔力を持つ人間などそうそういない。我が父ワハシュでさえ、あれほどの魔力は持っていないぞ」
二人の視界の中では、魔術師協会職員たちに運ばれるジャレッドの姿がある。
宮廷魔術師候補を殺し、宮廷魔術師すら倒したバルナバス・カイフを倒したジャレッドは、これでもう宮廷魔術師になる以外の選択肢はなくなった。
さらに言えば、古代魔術とされる石化魔術まで使用したのだ。
地属性魔術師を輩出する家系からすれば、喉から手が出るほど欲しい人材だ。
オリヴィエ・アルウェイという公爵家の婚約者がいたとしても、側室を希望する者はこれから増えるだろう。イェニー・ダウムという男爵家の娘が側室になることが決まっている以上、爵位が気にされることはない。
プファイルはこれから面倒なことになるであろうジャレッドに内心同情した。そして、それ以上に戦いたくてうずうずしている。
かつてジャレッドと戦ったときは敗北した。あのときに出せるすべてを出し切って敗北したので後悔はしていない。ジャレッドが力を封じながら戦っていたことは悔しく思えてならないが、敗者であるプファイルはそんな不満を口にすることすら許されない。
「プファイル、お前はあの男の力を見てもまだ再戦すると言うのか?」
「無論だ。確かに、ジャレッドの魔力は人間が保有していい量ではない。しかし、奴は今まで限られていた魔力量を使う戦い方しかしていなかったのだ。これから戦い方が変わるのであれば、力は増えても質は落ちるだろう。ならば、勝機はそこにある」
「なら早く再戦するべきだな」
「ふっ、それはありえない。それでは私は納得できない。勝機はあるだろう。しかし、その勝機が消えるほどジャレッドが強くなったときこそ――私がすべてを賭して倒すにふさわしい相手となる」
心躍らせているプファイルにローザは嘆息する。
つくづく暗殺者にはなれない男だ、と思ってしまう。
自分を含め暗殺者ではないが、暗殺を行う人間としてどこか甘い。ワハシュは自分自身に似ていると喜んでいたが、組織を運営するいけすかない男は苦々しい顔をするだろう。
「ローザ。そろそろ私を引き留めた理由を明かせ」
「……いいだろう。すべてはワハシュの命令だ」
「――っ。まさか、ワハシュがこの王都へきているのか?」
「きている。だが、安心しろ。ワハシュはすべきことあって行動しているが、標的はジャレッド・マーフィーではない。ただ、今回はちょうどよく奴の力を見ることができるので手出し無用だった」
プファイルは周囲を見渡すが、人影はない。
どこかでワハシュが見ているのか、それとも戦いが終わったのでもうどこかへ行ってしまったのか。
「父ワハシュが、ジャレッド・マーフィーを見てなにを思ったのか――私はそちらのほうが気になる」
「お前はなぜジャレッドに括る?」
イェニーを攫ったときでさえ、戦うのではなく、情報を引きだそうとしていたことを知っている。だが、プファイルの知るローザ・ローエンはそのような人物ではない。
敵は殺し、味方は大切にする極端な人間だ。
結果はイェニーに敗北して去ったが、ジャレッドを探ることをしているローザに違和感を覚えずにはいられない。
「そうか、お前は知らなかったのか。ならば知っておくといい。私とジャレッドは――」
ローザの口から放たれた言葉に、プファイルは絶句した。
「誰にも言うなよ。もちろん、ジャレッド・マーフィーにもだ。いずれ、私は再び奴の前に現れるだろう。しかし、お前はそれにかかわる必要はない。ヴァールトイフェルの一員として行動さえしていれば、あとは好きに生きればいい。それがワハシュの方針だ」
「……ならば私は私の思うように好きにさせてもらおう」
睨み応えるプファイルの視線を受け、ローザは微笑を浮かべる。しかし、なにも言うことなくその場から消え去った。
残されたプファイルは、運ばれていくジャレッドを追うのだった。