42.復讐者バルナバス・カイフ9.
倒れたジャレッドは荒い呼吸を繰り返していた。
体力の限界が訪れたと同時に、封印が解かれた魔力のせいで体に負荷がかかっていたのだ。
バルナバスと戦っている途中から、軽かった体に違和感を覚えていたが無視して戦い続けた。その結果が、倒れて動けない状況だ。
体内で溢れんばかりの魔力が暴れている。
石化魔術という現代では使い手のいない古代魔術を使ったにも関わらず、魔力には余裕があった。しかし、その魔力量に対して体が追いついていない。
アルメイダがなぜ魔力の大半を封じたのか理解ができた。
「……帰らないと」
重いまぶたを開けて、這いつくばったまま手足を動かす。
体内に渦巻く魔力があまりにも大きすぎて、内側から破裂してしまうのではないかと不安を覚えながら、必死に四肢を動かしていく。
アルメイダにもう一度魔力を封印してもらわなければいけない。彼女は五割の魔力解放なら問題ないと言っていたが、あきらかにそれ以上の魔力が解放されている。
一定の魔力が体内にうごめくのではなく、心臓の鼓動のごとく大きくなったり小さくなったりしていた。そのたびにジャレッドの意識が飛びかけてしまう。
「オリヴィエさま……」
このまま魔力に蝕まれてしまえば彼女に会うことはできない。
きっとまた怒られてしまうのだと考えるも、苦笑する余裕さえなかった。
ラウレンツたちの安否も気になる。バルバナスは倒したが、彼らも深手を負っていたのだ。無事であってほしいと願わずにはいられない。
四肢に力が入らず限界を覚悟したそのとき、視界の中に誰かが現れた。
「なるほど。それだけの魔力を持っているのなら兄上を倒したのもうなずける。じゃが、大きすぎる魔力がお前を蝕んでおるな」
「璃桜、か?」
どうしてここにいるのかわからないが、問うだけの気力もない。
「じっとしておるのじゃ。今、妾が楽にしてやる」
そう言い動けないジャレッドの傍らに膝を着くと、赤毛の少女が唇を近づけ大きく息を吸った。
ぐんっ、と体内から魔力が無理やり引きずり出される感覚を覚えた。
痛みも苦しみもない。
強制的に魔力を奪われているのだとわかったが、むしろ体が楽になっていく。
璃桜は大きく魔力を吸うことを繰り返すと、満足気な表情を浮かべて唇を抑えた。
「ごちそうさまじゃ。これで楽になったじゃろ?」
「本当だ……」
未だ体は怠く、負傷した箇所は痛むが、魔力によって蝕まれている感覚は綺麗に消えたことに気づく。
「ジャレッドの魔力はほとんど妾が食らった。いずれ回復してしまうのじゃろうが、その前にアルメイダに封じてもらおうといい」
「もしかして、このためにきてくれたのか?」
「アルメイダやオリヴィエに頼まれたんじゃ。あれほどの魔力が解放されれば誰でも気づく。アルメイダでは時間がかかってしまうようじゃし、屋敷も手薄となってしまう。じゃから妾がこうして参上した。竜は魔力を食えるのでな、ちょうどよかった」
「ありがとう。璃桜がきてくれなかったら、正直まずかった」
「じゃろうな。呪い師に関して妾にはよくわからんが、体の中でいつ弾けてもおかしくなかったぞ」
璃桜の言葉通りなら、彼女のおかげで命拾いしたことになる。
感謝の言葉だけでは足りないが、今はもう心身ともに疲れてしまった。
「その、なんじゃ、妾はお前の命を助けた」
「うん」
「じゃから、あのな、先日の襲撃は許してほしいんじゃ」
「そんなことか……もう気にしてないよ。助けてくれてありがとう。璃桜がいてくれてよかった」
感謝の気持ちを伝えると、少女の表情が目に見えて明るくなった。
「ジャレッドをこのまま屋敷に連れて帰りたいんじゃが、どうやらお前のことを探して人間たちがきたようじゃ。妾の姿を見られるのはあまりよくないらしいので、一足先に戻ってオリヴィエたちに無事を伝えてくぞ」
「頼むよ。あと、心配かけてごめんって言っておいて」
「駄目じゃ。そういう大切な言葉はジャレッド自身が伝えるべきじゃ」
「そうだな。そうするよ。本当にありがとう」
「うむ。ジャレッドと妾の仲じゃからな。気にするでない!」
どんな仲だろう、と疑問に思うは璃桜が嬉しそうなのでいちいち突っ込むことはしない。
「では屋敷で待っておるぞ、兄上」
「ああ――って兄上ってなに?」
しかし返事はない。すでに璃桜は消えていた。
まあいいかと思い、体から力を抜く。
魔力に蝕まれることはなくなったが、体力はもう限界だった。
「マーフィー様ぁああああああああっ!」
誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
「魔術師教会職員デニス・ベックマン! ベルタ・バルトラム様からお話を聞き、戦力を集めて馳せ参じました! バルナバス・カイフはどこに――っ!」
デニスがきてくれたことに安心しながら、ラウレンツたちの無事を問おうとしたが、口が上手く動いてくれない。
そのことを察したのか、ジャレッドのそばに駆け寄ってきてくれた。
「ラウレンツ・ヘリング様、アデリナ・ビショフ様は魔術師教会が保護し、手当てを行っています。お二人とも命に別状はありませんので、どうぞご安心ください」
「あり、がと」
「いいえ、お礼を言うのはこちらのほうです。まさかバルナバス・カイフを単身で倒してしまうとは……」
ラウレンツの助けと、アデリナが身を挺して庇ってくれたおかげなのだが、事情を説明する気力が残されていない。
ゆっくりとまぶたが落ちていく。
「どうぞお休みください。このままマーフィー様を教会に運び治療させていただきます」
デニスの声に小さく頷くと、ジャレッドは目を閉じた。
薄れゆく意識の中、間違いなく無茶をした自分に怒っているオリヴィエにどう言い訳をしようと考える。
――きっと許してくれないだろうなぁ。
そんなことを思いながらジャレッドは意識を手放したのだった。