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41.復讐者バルナバス・カイフ8.



 掲げた両腕にさらなる魔力が集中する。

 地属性精霊たちから力を借り、より強大な魔力を高めていく。


「受けてみろ、地属性最強と言われたこの魔術を――」

「おもしろいっ。ならば私もミノタウロスさえ屠った風属性最強の魔術で答えよう――」


 バルナバスはジャレッドに向かい健在である右腕を突き出し魔力を高めた。

 手加減などすることは考えず、ただ目の前の敵を殺すことだけを目的に、バルナバスが咆哮する。

 彼の周囲には高まる魔力だけではなく、強制的に魔力に引っ張られていく風精霊の姿が見えた。

 ジャレッドと地精霊とは違い、協力関係ではなく、ただ力任せに支配する悲しい関係に胸が痛む。

 多くの魔術師が精霊たちが見えず、声も聞こえず、干渉することができない。一方的に魔力があれば魔術を行使できると思い込んでいる傲慢な魔術師こそ現代の魔術師だった。そんな魔術師に負けたくない。

 魔力は漲っているが体力は限界だ。溢れんばかりの魔力に頼って戦えているが、このぶっつけ本番である魔術を放てば、きっと立っていることさえできなくなるだろう。

 だが、バルナバスを倒すことができるならそれでいい。

 勝利して、大切な人たちのもとへ戻ろう。

 渾身の力を込めて、両腕を振り降ろした。


「――地竜の慟哭」


 高まった魔力と地精霊がともに解き放たれる。

 魔力は渦となりすべてを石化しながらバルナバスへ殺到する。


「受けよ――狂風炎舞」


 バルナバスから放たれたのは、百を優に超える炎を纏った風刃の群れだ。

 真っ直ぐに放たれるのではなく、四方八方に放たれた風刃は頭上から、後方からジャレッドに襲いかかる。

 炎を纏った風刃が背を、足を、肩を、腕を斬り裂き、鮮血が舞う。


「うぉおおおおおおおおおおっ!」


 痛みを堪え、放った魔力の渦に全神経を集中させる。

 完全に無防備となっている背後からの攻撃は諦めた。甘んじて受けよう。バルナバスさえ倒せればそれでいいのだから。

 鮮血をまき散らすジャレッドを見てバルナバスが笑った。

 同時に魔術を放てば早いのは向こうだとわかりきっていた。誤算だったのは、風属性魔術師であるはずのバルナバスが炎を操ったことだ。しかし、それも大した問題ではない。

 後方から襲いかかってきたのは、おそらく動きを止めるための攻撃だ。現に、残りの風刃は前方から向かってくる。

 しかし、その攻撃は絶対に届かないと信じている。


「私の勝だ! 炎と風に食い殺されてしまえ!」


 勝利を確信したバルナバスが歪んだ笑みを浮かべて叫ぶ。だが、彼は笑みを浮かべたまま凍りついた。


「な、に?」


 言葉短く疑問を発したバルナバスの視界には、ジャレッドに届くはずの風刃が石化して地面に落ちていく光景が映っていた。

 魔力の渦に巻き込まれたものすべてが、例外なく、平等に石化していく。

 バルナバスの本能が警告の金を鳴らしとっさに風壁をつくった。しかし、その風壁さえ石化され、音を立てて砕かれてしまう。


「そんな、ばかな……」


 魔力の渦がバルナバスに届き、つま先が音を立てて石化していく。


「こんなことはありえん!」


 膝まで石化し、身動きがとれなくなる。

 逃げることさえ敵わなくなったバルナバスだが、彼は逃げることさえ考えられない。

 思考はすべて石になっていく肉体へ注がれていた。


「貴様は自分がなにをしたのかわかっているのか! これは、数百年前に失われた――石化魔術だぞ!」


 下半身が石化し終え、腹部にまで石化の浸食がすすむ。

 胸に届けば呼吸が止まるだろう。

 それでも、バルナバスは恐怖すら見せない。いや、恐怖よりも魔術師としての疑問がおおきすぎるのだ。


「ジャレッド・マーフィー! 貴様のような子供がどこで、どうやってこの魔術を知った! これだけの力を持ちながら、どうして貴様は――」

「お前に答えてやる義理はない。バルナバス・カイフ――あなたは素晴らしい魔術師だった。しかし、道を踏み外し、罪もない人々を殺したその罪は重い」

「やめ――」

「石化魔術は石になる魔術ではない。石に変化させて殺す魔術だ。苦しみはない、だが石化し終えるまで途切れることがない意識の中、命を奪った人たちに詫びろ」

「ふざけるな! 私がこんなところで死ぬはずがない! ミノタウロスさえ屠ったのだ! 私は、宮廷魔術師をも殺し、新たな宮廷魔術師として、栄光を取り戻さなければならないのだ!」


 胸まで石化が届きながらも、バルナバスは叫び続ける。

 一度放たれた石化魔術はジャレッドにさえ止めることはできない。

 ゆっくりと石化していくなか、唾を飛ばし怨嗟の声を吐き続けるバルナバス。

 石化は広がり、腕さえも石と化した。

 首だけになった、バルナバスは瞳を絶望に揺らし始めた。

 もう抗えないとわかったのだろう。抵抗するにはもう遅い。怒りをぶつけるよりも早く、石化をどうにかするべきだった。


「こんな、ところで、死ね、な、い……たの、む、たす、け、て」

「さよなら、バルナバス・カイフ」


 優秀な魔術師でありながら人生を狂わされ復讐者に堕ちた悲しい青年。

 ブラウエル伯爵が息子のために彼を陥れなければ、アデリナ・ビショフに貴族に抗う勇気が少しでもあれば、彼は宮廷魔術師として国に尽くし貢献していたかもしれない。

 しかし、人生に『もしも』はないのだ。

 彼は被害者だったが、被害者であることに甘んじ、免罪符として悪行をつくした。

 周囲を見返すことや、改めて宮廷魔術師を目指すこともできたにも関わらず、たんに復讐という安易な道を選んだ。

 気持ちはわかる。理解もできる。しかし、無関係な人を殺したことだけは理解したくない。

 頭からつま先まですべて石化したバルナバスの体がゆっくりと後方へ傾いた。

 止める間もなく音を立てて地面にぶつかった彼の体が無残に砕け散る。


「バルナバス・カイフ、あなたのことは忘れない。どうか死後は安らかに」


 死後の世界は平等だと聞く。ならば恨みも復讐心もすべて忘れて心穏やかでいてほしい。

 彼に殺された被害者たちの魂も安らかであってほしいと願う。

 ジャレッドは砕け散ったバルナバスに悲しげな瞳を向けると、短く黙とうをささげた。

 だが、そのまま目を開けることなく、ジャレッドもまた地面に倒れたのだった。




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