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39.復讐者バルナバス・カイフ6.



 何度も何度も蹴ら続け、ジャレッドは胃液と血を吐き出した。

 バルナバスの口からは怨嗟の声がこぼれ、彼が七年間どんな思いで生きてきたのかを蹴りとともに聞かされた。

 宮廷魔術師候補に選ばれ、宮廷魔術師になること間違いないと思われていたバルナバス・カイフはもういない。

 思い描いていた未来を失い、人生を狂わされ、復讐の炎を宿してしまった彼は、原動力の恨みを抱えて生きている。

 もしかしたら、ミノタウロスを倒すほどの実力を得たのも復讐心による力ではないかと思えた。実に皮肉だ。

 世の中なにが起こるかわからない。

 ジャレッドが公爵令嬢のオリヴィエと婚約をしたように、人生には予想もしていなかったことがおきる。

 ジャレッドの場合は、予期せぬ婚約だったがなにも失わずたくさんのものを与えてもらったと思っている。

 しかし、バルナバスは違う。信じていた未来が壊れ、プライドも傷つけられた。どれほど心に傷を負ったのか計り知れない。復讐に燃え、力を手に入れても未来が戻ってくるわけではないが、彼は復讐という目的があったからこそ強くなった。

 彼にだって復讐しない選択肢があったのだ。冒険者だろうが、ただの魔術師だろうが、宮廷魔術師に括らなくとも誰かのために戦うことだってできたはずだ。

 だが、バルナバスは復讐を選んだ。その過程で、罪のない人たちを殺した。

 その行為だけは決して許されることではない。どれだけ七年前に、被害者だったからといはいえ、罪を犯していい理由にはならないのだ。


「はぁっ、はっ、はっ……」


 指一本動かせないジャレッドを見下ろしバルナバスが動きを止めた。

 どれだけの時間、蹴られ続けたのかジャレッドにはわからない。ただ痛みと衝撃に耐え、意識を失わないように奥歯を噛み続けていた。

 誰もバルナバスを止めようとしなかったのは、ジャレッドの声を聞き、ベルタとクルトがラウレンツとアデリナを遠ざけてくれたからだ。

 自己犠牲を気取るつもりはないが、彼らが無事ならそれでいいと思う。


「……もう減らず口さえ開けないのか?」


 返事をする気力さえなかった。

 吐血交じりの胃液を何度も吐かされ、喉が痛い。もう目を瞑って楽になりたいとさえ思えるほど、痛めつけられた。

 魔術師同士の戦いとは思えない泥仕合となったが、結果はジャレッドの敗北だ。

 死んでこそいないが、もうこれ以上戦えない。

 戦いたい、戦わなければ、思っている。体力、魔力が少しでも取り戻せれば、復讐に囚われ狂った男を止めたいと心から願っている。

 このままではバルナバスはアデリナを見つけるだろう。一緒にいるラウレンツたちも容赦なく巻き込み、殺すはずだ。

 そんなことをさせるわけにはいかないとどれだけ思っても、体がぴくりとも動いてくれない。

 意識があるだけで、なにもできないのならば、死んでいるのと変わらない。

 こんなところで終わってたまるか、という想いだけがジャレッドの意識を繋いでいた。


「――貴様を目にしたときからずっと違和感があった」


 動けないジャレッドそのそばにバルナバスがしゃがむと、なにを思ったのか手を胸の上に置いた。


「やはりな。貴様、ずっと手を抜いて戦っていたな?」


 手を抜いた覚えなどないが、反論すらできないジャレッドに彼は続けた。


「貴様の戦い方はどこか歪だ。とくに魔術の使い方がそうだ。シンプルな戦い方を好む者に共通するのは魔力の大きさだ。小技を使わずとも力押しができるため、魔術が荒くなる。お前はまさにそうだ。しかし、お前の魔力量は大きいが、規格外というわけではない。ゆえに、違和感があった――そう、あったのだ」


 まるで今は違和感がないみたいな物言いに、内心首を傾げた。


「こうして探れば理解できた。貴様の魔力は相当抑えられている。なぜ魔力をこうも封じているのか理解に苦しむが、すべてを解放すれば私を超える魔力量となるだろう」


 バルナバスに気づかれてしまった。

 アルメイダによって大半が魔力が封じられていることを。


「私が使うこのナイフを使い続ける理由を知りたいか?」


 いつの間にか拾っていたのか手に持っていたナイフをジャレッドの視界の中に置く。


「魔術師にとって修行や訓練をどれだけ続けても変化を起こせないものがある。それは魔力総量だ。使えば使うだけ器が大きくなり魔力量も増えると言われているが、それは稀だ。魔力は生まれ持った総量こそすべてなのだよ。だから私は、外部から魔力を得る方法をずっと考えていた。そして、手に入れた。魔力を吸収できる魔道具に」


 教えてもらうまでもない。ミノタウロスの巣で手にいれたナイフのことだ。


「試行錯誤の結果、この魔道具を介することで傷つけた相手から流れる魔力を私に吸収することができるようになった。多くの敵と戦うとき、もっとも気をつけなければならない魔力切れに怯えることがなくなったのだ。戦えば戦うほど、私の体に魔力が蓄積される。素晴らしいとは思わないか?」


 宝物を自慢するように瞳を輝かせたバルナバスだったが、返事がないとわかると一転して不機嫌な表情に戻り、ジャレッドの腹を蹴り上げた。


「つまらん。まあ、いい。つまり、なにが言いたいのかというと、ジャレッド・マーフィー。貴様の魔力をもらいたい。しかし、封じられている魔力まで奪えないようだ。ゆえに、無理やり貴様の魔力を解放しようと思う。なに、激痛が走り、今後魔術を使うに支障があるかもしれないが、ここで死ぬお前には関係ないことだ」


 そんなことを言って笑ったバルナバスにジャレッドが身構える。

 刹那、


「――ああああっ、ああああああああぁぁぁぁああああっ!?」


 体がバラバラになってしまうのではないかと錯覚するほどの激痛とともに、自分の声ではないとさえ思える絶叫が上がった。


「ふはっ、あはははははははっ! 苦しめ、苦しめ、ジャレッド・マーフィー! 不正を行うだけでは飽き足らず、アデリナを庇おうとした貴様の罪は誰よりも大きい!」


 尋常ではない痛みが体中を駆けめぐる。

 骨格が軋む。頭蓋が割れる。筋肉が断裂し、血管が破裂し――死に至る。そんな未来が容易く予想できるほどの激痛がこれでもかとジャレッドを苦しめる。

 言葉にならない悲鳴が上がり、呼吸さえできない。

 声をだしているのか、血を吐いているのかもわからず、ただ口を開け痛みが少しでの和らいでほしい。叶わぬならいっそ早く楽になりたいと願いながら、ただ絶叫する。


「貴様が苦しむのを見ているだけで私の悲しみが和らぎ、怒りが収まっていくぞ! ああ、どうして私は他の罪人たちを容易く殺してしまったのだろうか? こうも楽しいのならば、もっとしたかった……」


 恍惚とした表情を浮かべジャレッドの苦しむ姿を網膜に焼きつけようとするバルナバスは、小刻みに体を震わせている。

 ジャレッドが苦しめば苦しむほど、蕩けるような快感が体を支配していく感覚に酔いしれていく。

 叫び声をあげるだけでは飽き足らず、仰け反り痙攣するジャレッド。


 ――限界だ……意識が途切れ……。


 楽なりたいと願いながら、心の片隅でほんのわずかに抗おうとしている気持ちがあった。

 自分が死ねば、次の犠牲者がでる。悲しむ人もいる。

なによりも、愛する人たちに会いたかった。もう二度と会えないのは嫌だ。

 抗わなければいけない。抗わなければすべてを失う。抗わなければ、もう二度と愛する人たちの笑顔を見ることができない。

 抗え、抗え、抗え、抗え、抗え。



 ――抗えっ!



 脳裏でなにかが砕ける音が響いた。

 硬く錆びた鋼の扉を施錠していた鍵が無理やりこじ開けられた光景が脳裏に浮かんだ。

 ゆっくりと扉から現れるのは、闇色の染まった人型の怪物。

 扉の隙間に指を入れて、少しずつ開いていく。

 怪物は笑っていた。ようやく解放されると。

怪物は悲しんでいた。ついに解放されてしまうのだと。

 怪物が笑う。手を伸ばして受け入れろと。

 怪物が泣く。手を拒んで逃げろと。

 一体の怪物の中に二つの人格があるかのごとく、ジャレッドに語り掛けてくる。

 怪物から恐怖を感じない。むしろ懐かしささえ覚える。まるで、生まれたころからずっと一緒にいた兄弟のようだ。

 不意に親近感を抱いたジャレッドは伸ばされた真っ黒な怪物の腕に手を伸ばす。

 怪物が笑みを深めた。

 怪物の嗚咽がこぼれた。

 そして、怪物とジャレッドが手を繋いだ。



 ――会いたかった。



 ジャレッドは理解した。

 怪物は怪物ではなかった。怪物の姿をしているが、自分の一部だ。

 封じられていなければ自分自身を傷つけてしまう、哀れで悲しい存在。



 ――俺の魔力だ。





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