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37.復讐者バルナバス・カイフ4.



「ジャレッドになにをした!」

「くくっ、私はなにもしていない」


 ラウレンツ・ヘリングは突然倒れたジャレッドの姿に動揺した。自らの体を押さえつけている親しい姉弟の制止を振り切り、瓦礫の中で力なく倒れている友人を抱き起す。

 体は小刻みに痙攣し、焦点の合わない瞳で虚空を眺めているジャレッドになにが起きたのか理解できず、必死に声をかけるも返事はない。

 脳裏にはジャレッドがバルナバスの操作したナイフによって斬られた光景が思い浮かぶ。

 慕っていたケヴィン・ハリントンを含む宮廷魔術師候補と宮廷魔術師トレス・ブラウエルを襲った凶器である彼のナイフがミノタウロスの巣で見つけた業物だと聞こえていた。

 ならばジャレッドの異変も奴のナイフが引き起こしたものではないかと推測して、傷口を確かめる。


「……これは」

「気づいたか少年。君は頭の回転が早いようだな」


 憎き仇に褒められてもなにも嬉しくなどなく、唇を噛みしめる。

 ジャレッドの腕の裂傷からは、淡い光が漏れていた。血も流れているが、裂傷そのものはたいしたものではない。だが、魔術師としてラウレンツはまずいことになったと悟った。


「魔力が流れ出ているのか?」

「正解だ。より正しく言えば、このナイフに斬られた者から流れ出た魔力は私の糧となる」

「だからケヴィン様たちは碌な抵抗ができずに亡くなったのか」

「奴らの穢れた魔力は私が取り込むことで糧となり浄化される。そして、この私が正しく使うのだ!」


 狂っている、とラウレンツは心底思った。

 他人の魔力を取り込むなどまともな思考を持っている魔術師ならしない。

 まず、人によって魔力の質が違うので、取り込もうとしても簡単には取り込むことができないという前提がある。

 魔力が空になってしまった者に魔力を分け与えることは可能だが、術者が無意識下に相手に害がないように変換していると聞いたことがあるし、分け与えることができる量も少ない。

 それを平然と取り込んでいるのなら、間違いなくナイフのおかげだろう。ミノタウロスは巣に宝を隠す習性があると聞くので、魔力を帯びたナイフは間違いなく魔道具の類だ。おそらくは、魔術が栄えていた時代のものだ。その時代の魔道具は発見こそ少ないが、基本的になんでもありの機能を持つと聞く。ならば、傷つけた相手の魔力を奪い糧にすることもできるはずだ。

 残念ながらラウレンツに解決策はない。

 ナイフが魔道具であっても、バルナバスがなんらかの手段で行っていたとしても、仕組みがわからない以上、なにもできない。


「その顔を見ると、手に負えないとわかったようだな。ならば、邪魔だ。私は不正をしたこの愚かな魔術師に罰を与えなければならない――どけ」

「そう言われてどくものか!」


 ナイフを握りしめ近づいてくるバルナバスにジャレッドを渡せば殺されることは明白だ。

 友人を守ろうと魔力を高め、石の剣を大量に生みだし一斉射撃するも、


「無駄な足掻きだ」


 バルナバスが起こした風壁によって、すべて砕かれ届くことはなかった。

 だが、諦めることはできない。

 友人を救うために、ケヴィンの仇を取るために、ラウレンツはさらに魔力を高め、後先考えずに魔術を行使する。

 土壁が生まれバルナバスを囲う。破壊しようと風壁をぶつけられるがこれでもかと魔力を注いだ厚い土壁は、いくらバルナバスが優れた魔術師だからといって簡単に破壊させるつもりはない。


「覚悟しろっ、ケヴィン様の仇だ!」


 覆い囲んだ土壁がバルナバスに殺到する。


「ぬおおおおおおおおおおっ!」


 圧死させるべく襲いかかってくる土壁に押され体が軋んでいくバルナバスが絶叫するのを耳にしながら、ラウレンツの魔力がさらに高まり土壁をより強固な物にしていく。

 しかし、


「この程度の魔術でやられてなるものかっ!」


 バルナバスを中心に放たれた爆風によって、土壁が粉々に砕け飛んだ。

 渾身の攻撃を破られてしまったラウレンツだが、まだ残っている魔力を高め再び魔術を放つ。

 数多の石槍が地面から生えバルナバスに襲いかかるも、


「無駄だと言っているのがわからないのかっ!」


 風刃によってすべて両断されてしまい届くことはなかった。

 だが、ラウレンツはバルナバスに攻撃が届かないことを想定していた。ゆえに、宙を舞っている石槍に魔力を送り自壊させた。


「な――」


 轟音と爆炎が連続してバルナバスを襲う。

 それだけでは飽き足らず、再び土壁でバルナバスを囲い衝撃と炎を逃がさないように包み込んだ。

 すべての石槍が自壊し終えると、即席に作ったとはいえ強固な土壁が衝撃に耐えかねて崩れていく。


「……やったのか?」


 いくらバルナバスがミノタウロスを倒すことができるほどの魔術師であったとしても、体は人間だ。

 攻撃を食らえば傷つくし、致命傷を与えれば死ぬことは変わらない。

 土壁を使い閉鎖空間を作り、その中で爆炎と衝撃を与え続けたのだ。例え障壁を張ろうとも相当の痛手を負っているはずだ。

 しかし、ラウレンツの淡い期待を笑うかのごとく、土壁の瓦礫の中からバルナバスが現れた。

 顔の左半分に火傷を負っているが、髪や衣服を焦がし、土で汚した程度しか攻撃を食らっていないバルナバス。

 予想に反して致命傷を負っていないことに、ラウレンツが絶句する。


「どうやって回避した?」

「回避などしていない。狭い空間であっても、我が風が暴れれば爆炎など届かぬ。とはいえ、さすがに肝が冷えた。だが、魔術師として才能、質、魔力、すべてが貴様などとは違うのだ!」


 怒号とともに放たれた風刃がラウレンツの肩から胸を一閃する。

 鮮血をまき散らし、その場に膝を着いたラウレンツに、ベルタが悲鳴をあげた。


「ラウレンツ様っ!」


 戦いの邪魔をしないために見守っていたベルタが負傷したラウレンツの前に立ち両手を広げた。クルトも同じように、護衛するラウレンツの前に立ちふさがる。


「ジャレッド・マーフィーの前に、貴様たちを殺してやる」


 不可視の風の弾丸がバルトラム姉弟を襲い、なすすべなく倒れていく。

 ベルタは唇を噛みしめる。バルナバスはまだ本気ではない。腐ってもベルタも魔術師だ、そのくらいわかる。底が見えない元宮廷魔術師候補にどうすれば最愛の主を守ることができるか必死に思考を巡らすも、最善策が浮かばない。

 頼りにしていたジャレッドは倒れ、ラウレンツも失血した肩を抑えて蹲っている。

 二人とも早急に手当てが必要だった。


「バルナバス、もうやめて。お前はアタシに復讐するためにきたんでしょ? なら、未来ある子供を殺さないで。殺すべきはアタシでしょ。抵抗しないからさっさとやりなさいよ」


 傍観に徹していたアデリナ・ビショフがバルナバスの前に立ちふさがり、ジャレッドたちを守ろうとするも、彼女の口から放たれた言葉は死を覚悟していた。


「抵抗しないと? 笑わせるな。貴様の言う未来ある子供らが戦っている間、始終私の隙を伺っていたことはわかっている。かわいそうに、未成年の子供たちを囮にするとは……そうまでして生き残りたいのか?」

「違う!」

「なにが違う?」

「アタシはそんな卑怯な真似をした記憶はない。アタシは……罪を償いたかっただけだ」

「よかろう、ならば罪を償わせてやろう。そして貴様の首を刎ね、ブラウエル伯爵への手土産としよう――ん?」


 バルナバスの体に小石が当たった。

 一度だけではなく、二度、三度と小石がアデリナの背後から飛んできては、バルナバスの体に当たる。

 痛みなどない。しかし、不愉快に思い。アデリナを突き飛ばして、小さな抵抗をする元凶を探す。


「……ずいぶんとかわいい抵抗をするではないか、ジャレッド・マーフィー」

「死んじまえ、くそ、ったれ……」


 バルナバスは瓦礫の中に倒れながら、小石を拾っては投げ続けるジャレッドを見つけ煩わしいものでも見るような視線を向けた。


「やはりアデリナの前に貴様から罰を与えよう。不正をしたことを悔いて死ね」


 力なく倒れているジャレッドに向けて、バルナバスはナイフを勢いよく振り下ろした。





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