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35.復讐者バルナバス・カイフ2.



 いくら敵討ちという理由があったとしても、ジャレッドは友人に手を汚してほしくはなかった。

 このまま魔術師として続けていくのならば、いつかどこかで人間を殺めることはあるだろう。しかし、今はそのときではない。

 復讐に囚われ、感情のままバルナバスを殺すことに成功したとしても、それではラウレンツが救われない。

 ジャレッドは、バルナバスの真正面に立ち、怒りで顔を赤くしている彼と目を合わせた。


「俺が不正をしていないって言ったら信じるのか?」

「心から真実を言えば伝わってくる。そう信じている!」


 嘘つけ、と口に出さずに笑う。そんなことができるなら、アデリナの後悔を察してやることくらいできたはずだ。


「そっか。じゃあ、正直に答える代わりに俺の質問にまず答えてくれ。交換条件だ」

「いいだろう! 早くしろ!」

「じゃあ、遠慮なく――どうしてミノタウロスさえ単身で殺せるほどの魔術師になったのに、わざわざナイフで宮廷魔術師候補を殺し、トレス・ブラウエルを襲ったんだ? 面倒だっただろ?」


 ずっと疑問だった。

 痕跡を残したくないというのならわかるが、トレス・ブラウエルの屋敷で家人を殺害した際には魔術を使用していることがわかっている。だというのにトレスにはナイフだけ。宮廷魔術師候補にもそうだ。

 痕跡を隠すことを目的にしているのなら矛盾がある。


「不性を行うような堕ちた魔術師どもに私の魔術を使ってやるものか。魔術が穢れる」

「それだけの理由?」


 案外くだらない理由だったとがっかりする。もっとナイフに秘密があるとか、魔術を使う必要がなかったくらいは言ってほしかった。


「他にも理由はある。優秀であると評価されている彼らが手も足も出すことができずナイフ一本で殺されたとわかれば、所詮不正をする輩はその程度の実力でしかなかったのだと世に知らしめることができる!」

「そういうことか。それで、その腰に刺しているのが犯行に使ったナイフか?」

「犯行などと言わないでもらいたい。私がしたことは罰を与えただけだ」

「そういうのはどうでもいいから。さっさと答えて。そのナイフが宮廷魔術師候補を殺した凶器でいいんだな?」


 腰のベルトに刺されたナイフを指さし問う。

 他にナイフを隠し持っているようには思えない。なによりも、ナイフから寒気を感じるほど異質な魔力が放たれている。


「業物、いや、呪の品か?」

「ほう。君は物の価値が少しはわかるようだな。このナイフは、ミノタウロスの巣で見つけた業物だ。ずいぶんと古いものらしく、素晴らしい魔力を溜め込み、使用者である私にも力を与えてくれる!」


 正気じゃなかったと思えば会話が成立し、今は戦利品を自慢するバルナバス。やはり、精神的におかしい。そんな状況下で魔術を使えるか不明だ。もしかすると、不安定な精神では魔術を十全使うことができないためナイフを使っている可能性も考えられた。


「わかった。俺の聞きたいことはこれで終わりだ。会話に付き合ってくれてどうも」


 ジャレッドは会話を伸ばすことでラウレンツたちに敵意が向かないようにしながら、バルナバスを観察し続けていた。得られた情報こそ少ないが、ゼロではないためこれからの戦いに役立つ可能性だってある。

 そもそも、まともな判断能力をしているのなら、自分との会話に付き合うことなどせずさっさと殺せばいい。そして復讐を果たすべきだ。だが、バルナバスはそうしなかった。

 自分が不正したかどうかを知りたいというのも本当だろうが、どうも行動に一貫性がない。

 長年の間に、怒りと憎しみを抱き続け、ただ強くなることだけを考えて生きてきた哀れな魔術師は、間違いなく精神を病んでいる。

 ならば、そこに勝機があると一抹の望み見出す。


「ならば改め問おう。ジャレッド・マーフィー、君は不正をして宮廷魔術師候補になったのか?」

「ああ。俺は不正をしたよ。めっちゃくちゃ不正した。金も使ったし、コネも使った。オリヴィエもかわいそうだよね。俺のこと信じてるんだぜ。他にも女の子騙して金をもらって、権力使わせてもらって、いろいろしているのに、やっぱり箱入りのお嬢さまだよねぇ」


 自分でも馬鹿馬鹿しいと思うほどわざとらしい嘘をついた。

 できるかぎり最高の笑顔で、ふざけたことを言ってやった。

 唖然としているラウレンツやアデリナたちの視線が痛い。どうか真に受けないでくれと祈るばかりだ。

 そして、バルナバス――お前は信じて怒り狂え。


「ははっ、そうかっ、やはりそうだっ! 貴様は私が考えていた通り、不正を行い宮廷魔術師候補の地位を手に入れた、愚かで救いようのない恥ずべき魔術師だ! アデリナに復讐する前菜として、貴様に死という罰を与えてやる! 感謝して受け入れろ!」


 ナイフを引き抜き地面を蹴ったバルナバスは、あまりにも予想通りだった。


「……結局、お前は俺が不正したって初めから思い込んでいたんだよな」


 唾をまき散らし、言葉にならないなにかを叫びながらナイフを振りおろすバルナバスを見て、正気ではないことを再度確認する。

 誰にでもわかるような嘘をあえてついたにも関わらず、即座に攻撃してきたのは――言うまでもなくはじめから不正したという前提で考えているからだ。

 もうバルナバスにはまともな思考能力さえない。会話が成立していたことが奇跡に想えた。

 実力は七年で、想像以上に上がり強くなったのかもしれない。しかし、その代償はあまりにも大きく正気を失うという形で支払ってしまった。

 バルナバスに残されているのは復讐心と不正を許せないという気持ちだけ。それも肥大して膿んでしまっている。


「本当にかわいそうな奴だよ、バルナバス・カイフ」


 ナイフを持つ手を掴み取ることはあまりにも容易かった。距離が近すぎるため、どこにナイフが振り下ろされるのか予測しやすい。

 異常な魔力を帯びるナイフで斬られれば、なにがどう作用するかわかったものではない。ここで、厄介な物は手放してもらう。

 単純な力比べではジャレッドのほうが上だ。師アルメイダやヴァールトイフェルのプファイルのほうが体術面では優れている。

 バルナバスが弱いというつもりはないが、二人に比べると劣るため反応は十分できた。


「離せっ!」

「そう言われて離す馬鹿がいるわけがないだろ」


 返事とともに拳を振るうと、驚くほど簡単に顔面を捕らえた。

 手を掴んでいたため距離こそ開かないが、バルナバスは自由の聞くもう片方の手で血が流れた鼻を抑えると、血走った瞳をこちらへ向けた。

 痛みと怒りで吼えたバルナバスが、なんとかナイフをジャレッドに突き立てようとするも単純な膂力で勝ち目がないことを理解していないようだ。

 ナイフを両手で掴み力の限り押し進もうとするも、片腕のジャレッドはぴくりともしない。

 再びジャレッドが拳を放ち、続けて蹴りを膝の裏に入れる。

 またもや簡単にバルナバスを捕らえた攻撃に、拍子抜けしてしまう。

 バルナバスは鍛えているようで力もある。魔術師としてではなく戦闘者として鍛えたのだろう。決して弱くはない。だが、秀でた強さを感じない。


 ――この程度の力量で宮廷魔術師候補と宮廷魔術師が敗れたのか?


 どうしてもバルナバス・カイフがミノタウロスを単身で倒すことができたなどと信じられない。

 彼の手を離し、渾身の力を込めた蹴りを放つと、直撃したバルナバスは後方へ転がっていく。

 苦悶の声をあげながら、なんとか立ち上がろうとする姿は、やはり一件の犯人とは思えない。


「……見くびっていた」

「なに?」

「貴様のことを見くびっていたぞ、ジャレッド・マーフィー」


 血を吐き捨てて立ち上がったバルナバスを見て、ジャレッドはとっさに構えた。

 彼の瞳には怒りも狂気も宿っていない。魔術師としての理性を取り戻していた。

 なぜ急に、と思うが、それ以上にまずいことになったと思った。


「体術面では君のほうが上だ。私はそこまで体を動かすことは得意ではないのだよ。だから、ナイフで君に罰を与えることは諦めよう――そして、後悔してもらおう。私に魔術を使わせたこと!」


 バルナバスから視認できるほど高密度の魔力が立ち昇った。

 魔力量なら同じくらいだが、質はジャレッドが劣っていた。同じ魔力量にも関わらず、差が出たとのはひとえに魔術師として魔力を使い続けてきた時間の差だ。

 こればかりは経験がものをいう。

 質で負けているなら魔力総量で押しつぶしたいが、同等の魔力総量ではそれもできない。


「ミノタウロスさえ屠った我が狂風をその身に受けるがいいっ!」



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