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34.復讐者バルナバス・カイフ1.



「……誰だ、君は?」

「ケヴィン・ハリントンさまの弟子だ!」

「ああ、彼もまた立場を利用して宮廷魔術師候補となった愚かな人間だ。同じ魔術師として恥ずかしい。君も、彼のように不正を当たり前だと思う魔術師に指南されていたとは、かわいそうに」

「貴様ぁあああああっ!」

「よせっ、ラウレンツ!」


 わざと言っているのならバルナバスには挑発の才能があるとしか思えない言葉を受け、激昂したラウレンツした。

 魔力を高め襲いかかるが――魔術が発動するよりも早く、アデリナによって組み伏せられた。

 あまりの早業にバルナバスが感心した声と拍手をする。


「腕は衰えるどころか洗練されているな、アデリナ・ビショフ」

「礼を言うべきなのかしら? だけど、アンタも酷い奴ね。師を失った子に対してかける言葉じゃないわ」

「離せっ! 殺してやる、バルナバスっ!」


 身動きできないほど綺麗に拘束されたラウレンツが、射殺さんと睨みつけるが、バルナバスは気にした素振りさえ見せなかった。

 ラウレンツがバルナバスによって殺されなかったことに安堵する。


「バルナバス……七年前のことは謝るわ。アタシの命を奪って気がすむなら抵抗もしない。だけど、アンタも罪は償うべきだわ」

「私の罪、だと?」


 陰鬱な表情がわずかに歪んだ。


「そうよ。アタシはアンタの人生を狂わせた。そのことに関しては間違いないし、言い訳だってしるつもりはないわ。だけど、アンタは多くの人の命を奪った。決して許されることじゃない」

「……許されないだと?」


 バルナバスが小刻みに震えだす。次の瞬間、顔を真っ赤にして激昂した。


「誰が私を許さないと言うのだ! 魔術師協会か? 王宮か? 貴族どもか? それとも貴様かアデリナ? 私の人生を狂わせ、魔術師としての栄誉を奪っておきながら、私を断罪する気か?」


 アデリナの言葉はバルナバスに届いていないどころか、心の中で押さえながらも間違いなく燃えていた復讐の炎に油を注ぐこととなってしまった。


「――私のどこに罪があると言うのだ!」


 身勝手な怒りの言葉とともに、大きく拳を振るう。

 アデリナは無抵抗のまま殴り飛ばされてしまう。彼女の拘束が解けたラウレンツが、懐に飛び込むが、なにもできぬまま蹴られ地面に伏す。

 さらに追い打ちをかけようと、足を繰り出したバルナバスの前にジャレッドが地面を蹴って移動すると、ラウレンツを庇った。


「お前そのものが罪の塊だ」


 魔術、精神力だけではなく、戦闘者として体を鍛えているバルナバスに死角はないように思えたが、奴には感情面であまりも不安定だと言う弱点があった。


「お前の境遇は同情しかできなかった。優れた魔術師でありながら、将来が潰れたことは憤るべきことだ。だけど、お前は被害者じゃない。立派な加害者だ。お前を陥れたブラウエル伯爵たちよりも酷い罪人だ」

「これは、宮廷魔術師候補のジャレッド・マーフィーではないか。ずいぶんな口をきいてくれるが、私は君に聞きたいことがあったのだよ。私を罪人呼ばわりする君だが、君こそ罪を犯したのではないか?」

「どんな罪だ?」


 興味が自分へ移ってくれたことに安心した。

 一瞬の目配せに気づいてくれたバルトラム姉弟が、ラウレンツとアデリナを担ぎ距離を置こうとしてくれている。

 ジャレッドは時間稼ぎをするべく、会話に付き合うことにした。


「聞けば君はオリヴィエ・アルウェイ公爵令嬢と婚約したそうではないか。おめでとう」

「まさかお前に祝福されるなんて夢にも思ってなかったよ。ありがとう」


 つい先ほどまで激昂していたかと思えば、今は穏やかな笑みを浮かべているバルナバスは、間違いなく情緒面が不安定だ。

 いつ襲いかかってくるのかわからないため警戒を強くしながら、敵意を隠していく。


「私もできることなら君のように優れた魔術師が幸せになり、子供を作ることを祝福したいと思っている。だが、同時に本当に祝福していいものかとも迷っているのだよ」

「まどろっこしいな。言いたいことがあるならはっきり言えよ」

「ならば問おう。ジャレッド・マーフィー、君は自分自身の力のみで宮廷魔術師候補になったのか? それとも公爵家令嬢という婚約者の力を借りて宮廷魔術師候補となったのか?」

「結局知りたいのはそこか……」


 オリヴィエの婚約者として選ばれたときからうんざりするほど問われてきたことだ。直接問われなくても、陰口としてさんざん言われ続けたことを、バルナバスからも聞かれることになるとは思わなかった。

 正直、どうとでも判断してほしい。

 ジャレッドはオリヴィエはもちろん、アルウェイ公爵に宮廷魔術師候補にしてくださいと頼ったことなど一度もない。

 祖父母の話が正しければ、宮廷魔術師候補の話はオリヴィエとの婚約話の前に届いていたと言う。

 不正を嫌っている魔術師協会職員のデニスが、はっきりとジャレッドは実力のみで選ばれたと言ってくれたのだから彼の言葉を信じたいと思う。

 だが、違っていてもそれでいい。

 コネだろうと、不正が知らぬところであったとしても、宮廷魔術師になるには実力がすべてだ。魔術師として国に尽くし、国家の敵を屠ることこそ求められているのだ。

 不正があろうと求められた役割を難なく果たすことができるのであれば、宮廷魔術師として相応しい。例え、実力のみで選ばれようと、不正をしてでも選ばれても、結果が出せない魔術師に価値はない。

 そういう意味では、自らの力のみで宮廷魔術師候補になったことへの拘りはあまりない。ただし、してもいない不正をしたなどと言われればもちろん頭にくる。

 そもそもオリヴィエは不正などする人間ではない。仮にジャレッドが宮廷魔術師になりたいから力を貸してなどと言おうものなら、引っ叩かれて叱られるのがオチだ。


「どっちだと思う? 俺は不正をしたのか、していないのか?」

「できることなら不正などしていないと信じたい。しかし、君のことをどれだけ調べても判断ができなかった」

「それが答えだろ。不正の事実がないなら俺は不正をしていないことになる。だけど、俺がそう言ってお前が信じることができるのか?」


 少しでも不正を疑っている人間に、不正をしていないと言っても無意味だ。一度でも疑問を覚えてしまえば、その疑問が解消されるまで決して疑いはなくならない。


「公爵家の力があれば不正など綺麗に隠すことなど可能だ。私は七年前の経験で、貴族の権力というものの力を痛いほど思い知ったのだよ。なので君の口から聞こう。真実を語れ」

「真実か……」

「そうだ。不要な殺しはしたくはない」

「ならばケヴィン様を殺したのは必要だったというのか!」


 ジャレッドたちから距離を置いた場所でアデリナとともに避難させられていたラウレンツが、怒りを露わにして大声を上げた。

 無理もない。バルナバスの言葉をそのまま受け取れば、必要があったからケヴィン・ハリントンを殺したとしか聞こえない。


「無論だ。私はするべきことをしたまでだ」

「ふざけるな! ケヴィン様は確かに不正をして宮廷魔術師候補になったのかもしれない。だが、それが死ぬほどの罪だと言うのか!?」

「死んでも償えぬ罪だっ!」


 怒声に対して怒声で応じたバルナバスから、再び燃え盛るような怒りが露わとなる。


「栄えある宮廷魔術師候補に選ばれた魔術師が不正を行っていたのだぞ! あまりも嘆かわしいとは思わんのか! 誰かが正さなければならないにも関わらず、誰も正そうとしない。ならば、私がやらなければならないとなぜわからない!」


 土色の顔を真っ赤に染めて、唾を飛ばすバルナバスからは、正気を感じない。

 つい今まで会話していた人間とはまるで別人だ。感情的になりやすい人間なのか、それとも七年間の間で精神的に不安定になってしまったのかまではわからないが、もう会話はできないと判断する。


「僕と戦え、バルナバス・カイフ! 僕が貴様を殺し、ケヴィン様の仇を取ってやる!」

「やめてくれラウレンツ」


 ラウレンツを止めようとするも、ジャレッドの声は冷静さを失っている彼には届かない。


「止めるなジャレッド!」

「いや、止める。お前はこんな奴と戦ったら駄目だ。例え、勝てても心が傷ついておしまいだ」

「ならどうしろと言うんだ。このままバルナバスを野放しにするつもりか!?」

「いいや、そんなことはさせない。こいつは――俺が殺す」




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