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33.アデリナ・ビショフの事情3.



「アンタには関係ないでしょ?」

「いや、あるね。罪悪感と後悔、どちらが理由でそんな馬鹿なことを考えているのか知らないけど、今話してくれたことをすべて魔術師協会に明かして弁明しろ。悪いのはブラウエル伯爵だろ。お前だって悪いかもしれないけど、立場が悪くなることはそうならないはずだ」


 ブラウエル伯爵も息子が殺されかけ憔悴し、過去を反省していると聞いているが、肝心なところをぼかしている辺り、どこまで反省しているのかわかったものではない。


「大きなお世話だとわかっているけど、お前だって被害者だ。今まで宮廷魔術師として国のために働いてきたんだから、悪いようにはされないだろ?」

「そうね。魔術師協会も罪には問わないと言ってくれているわ」

「脅されたんだから、罪以前の問題じゃないか!」

「……ありがと。アンタがこうして理解してくれればもうそれでいいわ」


 駄目だ。アデリナは諦めている。

 デニスから聞いた話と、屋敷から出てきたときの態度から抗うのだと勝手に想像していたが、話を聞いているうちに彼女がすでに諦めているとわかってしまった。

 単に実力がアデリナではバルナバスに敵わないことも理由かもしれないが、彼女はそれ以上に過去に犯したことを償いたいと思っているのだ。

 だからといって死ぬことはない。死ぬことで償いにはならない。

 アデリナ・ビショフも被害者だ。不正に関わったが、本意ではなかったのだ。彼女が魔術師協会に話す気がないのなら、ジャレッドがデニスに伝えればいいことだ決して悪いようにはしないと彼を信じている。


「ねえ、そこの子――確かラウレンツって言ったわね」


 名を呼ばれ、ラウレンツが頷いた。

 最初こそ、ベルタとクルトに羽交い締めにされていなければなにをするのかわからなかったラウレンツだったが、アデリナの話を聞き冷静さを取り戻している。

 そして、明かされた真実に苦い表情を浮かべていた。もしかしたら、同じ伯爵家の人間として思うことがあるのかもしれない。


「七年前、アタシが抗うことをしなかったせいでごめんね。アンタの大切な人までバルナバスが手をかけるなんて夢にも思ってなかったの。アタシたちだけを狙うと思っていたから……」

「ひとつ、ひとつだけ聞かせてください。あなたはどうしていずれバルナバス・カイフが復讐にくるとわかっていながら、宮廷魔術師を続けていたのですか?」

「悪いことをした分だけいいことをたくさんしたかったから――かしら。不正に関わったことで、もう宮廷魔術師になっても誇りもなにも持てなかったわ。でも、そんなアタシでも助けることができる人がいた。救える命があった。守るべき国があったのよ。だから、いずれ復讐される日がくるまでいい魔術師であろうと思ったの」


 彼女は七年前の時点で、バルナバスが復讐にくるとわかっていた。そして、それまでに宮廷魔術師として善行をつもうとありつづけた。

 宮廷魔術師第八席『水鏡』のアデリナ・ビショフ。彼女の悪い噂は聞かない。よき魔術師としてだけではなく、孤児院への寄付、魔物の被害によって家族を失った人たちへの援助を行っている。

 おそらくすべては七年前にしてしまった罪を悔いているからこそ、よいことを続けてきたのだ。


「……あなたは生きるべきです。そして、真実を伝えるべきだ。そうでなければ、またブラウエル伯爵のような考えを持つ人間が現れる。再び同じ悲劇を生みださないために、あなたは生きて、罪を償い、不正を暴くべきだ」


 アデリナとブラウエル伯爵が起こした不正のせいで、バルナバスの復讐劇に巻き込まれ、親しい人を失ったラウレンツの言葉は、間違いなく彼女に響いただろう。

 ラウレンツじゃなければ、どれだけ言葉を重ねてもアデリナには届かなかったのかもしれない。

 生き残っているとはいえ狙われている可能性があるだけジャレッドよりも、バルナバスのせいで悲しい思いをしたラウレンツだからこそ、アデリナへの言葉に重みがある。


「そうしたいけど……アタシがいくら宮廷魔術師だからといっても、ミノタウロスを倒したバルナバスに勝てるはずがないのよ。いいえ、もともと実力で負けていたんだから、七年経った今どれだけ差がついているのかわからないわ」

「そうやって逃げるのか?」

「――なんですって?」

「諦めて死ぬのは逃げるのと同じだ。抗ってないじゃないか。お前は生きろ。生きて、生き抜いて、宮廷魔術師としてよい魔術師としてあり続けろ」

「だからバルナバスには勝てないんだから、アタシはもう死ぬしか選択肢がないのよ!」


 目尻に涙を浮かべて声を荒らげるアデリナ。

 結局のところ、彼女はバルナバスに勝てないと最初から諦めていたのだ。おそらく、バルナバスの復讐劇がはじまった時点で、抗うのをやめたのだ。

 未だバルナバスは現れていない。ならば、彼女をラウレンツごと引きずってでも魔術師協会に連れていく。そこで、バルナバスから隠すことで時間さえ稼げれば、奴をなんとかできる可能性だって生まれるはずだ。


「ここにいても埒が明かない。とにかく移動――」

「いい心掛けだな。アデリナ・ビショフ。我が古き友であり、裏切り者よ」


 ジャレッドの声にかぶせるように、低い男の声が聞こえた。

 聞き覚えのない声だが、誰かなど想像するまでもない。怒りを宿しながら、声を荒げることなく、理性で感情をなんとか押し殺している声音の持ち主は――。


「バルナバス・カイフ」


 ついにきてしまった。

 よりにもよって、アデリナだけではなくラウレンツがいるこのタイミングで現れるなんて、タイミングがよすぎると舌打ちをした。


「七年ぶりだね、バルナバス。くるのがずいぶんと遅かったじゃない?」


 灰色の髪を伸ばした痩身痩躯の陰鬱な男は、アデリナの言葉に嗤った。

 くたびれた鉄色のローブと戦闘衣を纏い、腰のベルトには一本のナイフが刺されている。

 疲れ切った表情こそしているが、彼の瞳はギラギラと輝いており、見た目に反して強い意志を感じさせた。


「もっと早くにきたかったのだが、食人鬼の群れが王都へ向かっていると聞いたのでな。国を想う人間として退治してきたのだよ」

「――っ。それはトレスが任されていた案件のはず」

「その通り。トレスが死んだかどうか確認はできなかったことは残念だが、奴の代わりに宮廷魔術師の仕事を肩代わりしてやったのだよ。しかし、不思議だ。トレスは個人ではなく、魔術師団と騎士団を率いて食人鬼と戦うつもりだったようなのだが……私にはたかだか百体程度の食人鬼に数を必要とする理由がわからない。教えてくれないか、古き友アデリナ・ビショフよ」

「嫌味な男ね……昔からそうだった。アンタには実力がある。アタシよりも、トレスよりも。だけど、実力があることをよく自覚していたアンタは周囲を見下していた」

「だから、私をブラウエル伯爵と組んで蹴落としたのか?」

「……それは」


 バルナバスの問いかけに、アデリナが言葉に詰まった。

 トレス・ブラウエルが人数を率いて倒そうとしていた食人鬼の群れを単身で殲滅させたのが事実であれば、やはり強い。

 いくら知能が低い食人鬼とはいえ、百も数がいればおぞましい光景この上ない。

 想像するだけで地獄と錯覚するほどの光景を前にして、冷静に戦える者はすくない。

 人肉を食らい、食欲に際限がなく、本能のままに人間を襲い食い漁る食人鬼は、魔物という言葉では足りないほど醜悪な生き物である。

 それをバルナバスは倒したという。ならば、戦闘力だけではなく、精神面でもうそうとうタフなのだと判断できた。


「――バルナバス……バルナバス・カイフッ!」

「しまった――」


 バルナバスの突然すぎる登場によってラウレンツから注意がそれていたことに気づくもすでに遅い。

 ケヴィン・ハリントンをはじめ宮廷魔術師を殺害した犯人に向かい、ベルタとクルトの制止を非振り切ってラウレンツが飛びかかってしまった。




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