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32.アデリナ・ビショフの事情2.



「これはこれは、元凶のアデリナ・ビショフのお出ましだ」

「……言ってくれるじゃない。アンタ、確か宮廷魔術師候補のジャレッド・マーフィーよね?」


 挑発する物言いをしたジャレッドに、アデリナの左目が鋭くなった。


「栄えある宮廷魔術師に名前を憶えていただいているとは恐悦至極」

「唯一の生き残りの名前くらい覚えているわよ」

「お前っ、その言い方っ!」


 言葉をかけられていないラウレンツだったが、アデリナの言い方に憤りを覚えるも、ベルタとクルトに羽交い締めにされてしまい動くことはできない。代わりに、射殺さんとばかりに彼女を睨みつけた。


「俺はどこかの誰かと違って不正をしていないから殺される理由もないんだよ」

「このガキ……」

「なんだよ、ババァ」


 冷たい印象を受けるアデリナだったが、挑発には弱いらしくジャレッドの言葉に明らかに苛立っている。

 ジャレッドも、本来はこんな言葉を吐く気はなかったが、ラウレンツがせっかく屋敷に戻ると折れてくれたタイミングで登場されてしまい、内心では相当頭にきていたのだ。


「早くこのうるさいガキどもを連れて帰れ。巻き込まれて死ぬわよ。ちなみに、これは善意で言ってあげてるのよ」

「そりゃどうも。だけど、あなたも間違いなくバルナバスに殺される」

「簡単にやられはしないわ。これでも宮廷魔術師第八席よ。不正をしたことは認めるけど、宮廷魔術師の地位は自分の力で手に入れたのよ」

「あなたは確かに実力で宮廷魔術師になったのかもしれない。それでも、ミノタウロスを倒したバルナバス・カイフには勝利できない」

「そうかもしれないわね」


 どこか投げやりにさえ感じるアデリナの態度に疑問を抱きながら、ジャレッドは問う。

 本当は彼女を無視してこの場から離れることもできるのだが、放っておいていいのかと考えてしまった。

 それ以上に、アデリナの登場によりまたラウレンツの頭に血が昇っているので、移動することは難しくなった。


「どうしてあなたは不正をしたんだ?」

「どうしてか……別にアタシはバルナバスなんてどうでもよかったのよ。バルナバスを警戒していたのは、ブラウエル伯爵――つまり、トレス・ブラウエルの父親ってこと」

「同じ風属性魔術師のバルナバスを警戒したんだろ?」

「よく知っているじゃない。息子と同じ風属性魔術師、しかも実力だけならバルナバスのほうが上よ。人柄としてはトレスのほうがいいけれど、宮廷魔術師は実力が最重要視されるからね。親として案じたのか、それともトレスを信じていなかったのかわからないけど、もう今となってはどうでもいいのよ」

「よくねえんだよ!」


 まるでもう終わったことのように言葉を止めたアデリナに怒りを覚えた。

 彼女にとっては確かに七年前の過去なのかもしれない。だが、今、被害者がでているのだ。宮廷魔術師候補三人が死に、トレス・ブラウエルは意識不明、彼の家人の多くもバルナバスの手によって亡くなっている。

 殺害された人たちにだって悲しむ人がいたはずだ。ケヴィン・ハリントンの死を悼み嘆くラウレンツのように、親しい人や、愛する人、家族や友人がいたはずなのだ。


「終わったように言うんじゃねえ! 今もまだ七年前の因縁は続いているんだよ。お前と、ブラウエル伯爵がつまらないことをしたせいでバルナバス・カイフの魔術師としての人生が狂い、そこからすべてが始まったんだ」

「……知ったような口を」

「ああ、知らねえよ。俺は魔術師協会からさっき話を聞いたばかりだ。だけど、当事者のお前がなにも言わないくせに、文句を言うんじゃねえよ」


 こっちだってもう巻き込まれている。

狙われているかもしれない以上、立派な当事者なのだ。


「お前には俺たちに過去を話さなければならない義務がある。明るみにだしたくないかもしれないが、大切な人を奪われたラウレンツと案じるベルタとクルト、そして宮廷魔術師候補として狙われている可能性のある俺たちも立派な当事者なんだよ!」


 頭ではアデリナが保身のためだけで口を閉ざしているのではないとわかっている。少し会話をすれば、過去の行為を恥じていることはすぐにわかった。

 それでも心が冷静でいられない。


「……アタシは庶民の出身よ。魔術師協会に所属こそしていたけど、専門的な学園に通ったことは一度もないわ。独学で魔術を学び、実戦で痛い思いをたくさん経験して力を得ていったの」


 諦めたように語りだしたアデリナは、過去を懐かしむように言葉を紡いでいく。


「たくさんの苦労をしたけれど、それ以上に結果をだしてきたわ。だから、宮廷魔術師候補に選ばれたときには本当に嬉しかった。ようやく苦労が報われる。多くの人に認めてもらえるって」

「だったら、どうして不正に加担したんだ?」

「いくら友人のトレスが善人であったとしても親も善人とは限らない。あいつはいい奴だし、大切な友達だよ。だけど、父親は最悪だった。バルナバスを勝手に敵視して、邪魔だから排除したいけど魔術師協会に伝手もなにもない。そこで以前から知っていたアタシを頼った――いいえ、脅したのよ」


 だいたいの話の流れが見えた気がした。

 最初こそ息子の友人であるアデリナに相談を持ちかけるように不正の話をやんわりとほのめかしたらしいが、無論、不正に加担したくなかった彼女は拒んだ。

 すると、態度が一変したという。

 協力しなければたとえ宮廷魔術師になろうとも、アデリナに人生をすべてどんな手を使っても邪魔をすると脅したらしい。

 代わりに、手をかしてさえくれればよき支援者として、支え続けるとも言ったそうだ。


「アタシは恐かった。当時は力もなにも持っていなかったからね。あるのは魔術だけで、他にはなにもない。ましてや権力に抗うすべもなかったのよ」

「だから不正に加担した」

「そうよ。引き受けたわ。でもね、アタシがしたことなんて魔術師協会の職員の中から金に困っている奴や、貴族との伝手がほしい奴を見つけることだけ。あとは勝手に、ブラウエル伯爵と協会員が仕組んだのよ」


 最小限の手伝いしか頼まれなかったのは、弱みを握られたくなかったブラウエル伯爵の考えだろう。

 話を聞いていて、ブラウエル伯爵がアデリナと協力関係になりたいわけではないとわかる。あくまでも、立場は上でいたいのだ。ゆえに、後々付け込まれるような弱みを見せはしなかった。


「アタシは関わりたくなかった。関わってしまえば、宮廷魔術師になったとしても後悔するとわかっていたから。といっても、今は後悔しているわ。あんな男の言うことなんて聞くんじゃなかったってね」


 そして、バルナバスは宮廷魔術師になることができなかった。

 ブラウエル伯爵は有言実行する人物らしく、宮廷魔術師になったアデリナへ惜しげもなく支援したらしい。

 だが、その支援を受けたのもたった一年だけ。二年目になると、宮廷魔術師として立場を確立したアデリナへ他の貴族から娘を弟子にしてほしいと申し出があったらしく、弟子入りを受けることにより、ブラウエル伯爵と縁を切り、新たな貴族の協力を取りつけることに成功したという。


「それが、七年前のすべてか?」

「そうよ。これが七年前のすべてよ。あーあ。話したらすっきりしたわ。こんな小生意気なガキにどうして過去を晒さなければならないのかって思ったけど、誰にも言ったことのなかった事実を言えたのはよかったわ。お礼を言ってあげる」

「そりゃどうも。でも、どうして魔術師協会にすべてを言わない? 協会の話だと、お前も悪かったってことになってるんだぞ。脅されていたなら――」

「別にいいのよ」


 今までとはうって変わって穏やかな微笑を浮かべたアデリナ。


「きっかけを作ったのは間違いなくアタシよ。後悔もしたし、バルナバスの分までいい宮廷魔術師になろうと努力もしたわ。でも、アンタの言うとおりひとりの人生を狂わせたんだから、脅されていたなんて事実は関係ないのよ」


 協会に伝わっている情報はブラウエル伯爵のものだろう。しかし、アデリナは脅された事実が伝わっていなくても、それをよしとした。すべてはバルナバスの不正に加担した罪悪感からだ。


「いつかバルナバスがすべてをしって復讐にくるとは思っていたけど、意外と時間がかかったわね」

「時間をかけたおかげでミノタウロスを単身で殺せるほど実力を手に入れたけどな」

「……ミノタウロスかぁ……さすがに勝てないよね、やっぱり」


 アデリナは、バルナバスが想像以上に実力をつけたことに驚いているようだが、悲観している様子はない。

 決して今から戦おうとしている者がしてはいけない、諦めの表情が彼女から感じ取れた。


「おい。もしかして死んで償おうと思っているわけじゃないだろうな?」

 ジャレッドの問いに、アデリナは力なく微笑んだ。




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