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30.バルナバス・カイフの理由5.



「愉快なことになっているな」

「プファイルか。またオリヴィエさまに頼まれて護衛か?」


 魔術師協会を出たジャレッドとベルタの前に、シンプルな衣服に身を包んだ青髪の少年プファイルが現れる。


「あっ、お前は先日の!」

「うん? ああ、ケヴィン・ハリントンの屋敷にいた女か」


 ラウレンツともども拘束された覚えがあるベルタが身構えるが、プファイルはとくに気にした様子もなく彼女を一瞥するとジャレッドに笑みを向けた。


「私も話は聞いていた。まさか単身でミノタウロスを倒すことができる人間がいると思わなかった。あれは地域が限定されている動かない災害のようなものだ。倒すならば、一国が勢力をあげて命懸けになるべき怪物なのだが――バルナバス・カイフという男は相当の実力を持っているらしいな」

「全部聞いてたのかよ。屋敷の護衛――は、必要ないのか」


 アルメイダと璃桜がいるので、プファイルがいなくとも問題ないのかもしれない。


「実は、オリヴィエをはじめ、お前の師匠アルメイダたちがお茶会を開いてな。私も誘われはしたのだが、話の内容がお前の恥ずかしい昔話で盛り上がってしまったので――せめて私くらいはお前の恥ずかしい過去を知らないでいてやりたいと思って屋敷から出てきたのだ」

「ありがとう!」


 まさか自分の知らないところで暴露大会が始まっているとは思いもしなかった。アルメイダは容赦がない。間違いなく、ジャレッドの過去を赤裸々に暴露して楽しむだろう。

 気を使ってくれたのがつい先日敵対していたプファイルだけという事実に涙がこぼれそうになる。


「アルメイダにはあとで文句を言えたら言うとして、話を全部聞いていたなら俺がこれからするべきことがわかるよな?」

「ラウレンツ・ヘリングを見つけ、バルナバス・カイフと戦わせない、のだろ?」

「そうだ。ただ、バルナバスがアデリナ・ビショフのもとへいくのか、それともブラウエル伯爵家に向かうのかまで絞り込めないんだ」

「ならば私がどちらかを引き受けよう」

「いいのか?」

「構わない。どうせすることがなかったのだ」


 もしかするとこの場へ現れてくれたのは、最初から自分の力になろうと思ってくれたからかもしれない。


「ありがとう。頼むよ」

「私からも礼を言わせてくれ。感謝する」

「気にすることはない。ラウレンツ・ヘリングを見つけたら、有無を言わさず連れてくることを約束しよう。ただし、バルナバス・カイフを私が見つけた場合は、私が倒そう。ミノタウロスを単身で倒したという力に興味がある」


 言うと思っていた。

 戦闘狂でこそないがプファイルは強い者と戦おうとする傾向がある。強い者に興味をもつと言ったほうが正しいかもしれない。

 だが、相手は竜種同様の、個体によってはそれ以上の力を持つミノタウロスを倒した相手だ。プファイルでさえ敵わない可能性だってある。


「戦うのはいいけど、死ぬなよ」

「無論。私はお前と決着をつけるまで死にはしない。だからジャレッド、お前も殺されるなよ」

「当たり前だ。俺にはまだしなければいけないことがあるのだ。それに――死んだらあの世までオリヴィエさまが殺しにくると思うからおっかなくて死ぬことなんてできないよ」


 ジャレッドの軽口に小さく笑ったプファイルは、ブラウエル伯爵家へ向かうと言い残して地面を蹴って跳躍した。


「気をつけろ、ジャレッド」

「そっちもな。もしかしたらラウレンツがバルナバスと戦っている可能性だってあるんだ」

「最悪殺されている可能性も、な」

「おい!」


 皮肉を言うプファイルにベルタが抗議の声をあげるも、気にした素振りはなく屋根から屋根を蹴り、あっという間に姿を消した。

プファイルを見送ったジャレッドは、宮廷魔術師アデリナ・ビショフの屋敷に向かう。

 アデリナの屋敷は王都の中でも裕福な階層が屋敷を構える場所にある。一軒一軒が大きく、隣家とも距離があるためプライベートを重んじる貴族が好んで屋敷を建てることが多い地区だ。

 王宮そう遠くなく、だからといって特別近いわけでもない場所は領地を持つ貴族にも好まれている。

 遠慮ない言葉を選ぶなら、城から近いけど近すぎないので好き勝手できるし、周りにもあまり気にしないでいられるので楽な立地条件なのだ。

宮廷魔術師は白爵位をもらうため地位に相応しい相応の屋敷を用意することが多い。

 生家が貴族ではないアデリナは、爵位を与えられ、自らの屋敷をこの地区に建てたのだ。


 これらの地区のことを――通称『貴族地区』と言う。


 もちろん、貴族以外にも力ある商家の屋敷もあり、貴族も別の地区に屋敷を構えるが、程度で貴族の屋敷と聞けば多くの人間が貴族地区を思い浮かべる。

 ちなみに、アルウェイ公爵家をはじめとする爵位があまりにも高い方々は、代々所有する土地が帝都にも存在するため貴族地区に屋敷を建てることはない。むしろ嫌がる傾向にあるらしい。

 現に、オリヴィエたちが暮らす別宅は貴族地区から離れた場所にあり、王宮からも遠い。どちらかといえば庶民が暮らす城下町に近い。


「ちょっと待て、ベルタ」


 貴族地区に入ったジャレッドが、走っていた足を止める。


「どうしたジャレッド?」

「ここまでくるのになにも考えず一緒にきたけど、ベルタはここで戻ってくれ」

「なぜだ!」


 突然すぎるジャレッドの言葉にベルタが抗議の声をあげた。

 無理もない。彼女はラウレンツを見つけて安全を確かめたいのだ。だというのに突然帰れと言われて納得できるはずがない。

 彼女が受け入れないことを理解した上で、ジャレッドにはベルタがいないほうがいいと判断したのだ。


「万が一戦いになったら守ってやれない」

「ふざけるな! 私はそこまでお荷物ではない!」

「そういうことを言っているんじゃないんだ。バルナバスがもし現れれば間違いなく戦闘になる。今の俺は魔力が不安定なんだ。だから、周囲を気にしている余裕はない」


 アルメイダから戦いは避けろと言われているが、ジャレッドにはその気はない。

 友人が危機的状況かもしれないのだ、自分のことは後回しだ。


「絶対にひとりで戻ったりはしないからな。私はラウレンツ様を見つけ、無事を確認するまで絶対に帰らない!」

「強情だな。なら、約束しろ。ラウレンツを見つけたら、あいつがなにを言おうと無理やり引きずって屋敷へ戻れ。いいな?」

「わかった、約束する。しかし、ジャレッドはどうするんだ? もしかしたら、バルナバスがいるかもしれないんだぞ?」

「それならちょうどいい。元凶がその場にいたのなら――」


 バルナバスの怒りは理解できる。復讐したいならすればいい。

 しかし、関係ない宮廷魔術師候補やトレス・ブラウエルの家人を巻き込み殺したのは、どうやっても正当化することなどできない。

 七年間も抱いてきた怒り、悔しさ、苦しみがあっただろう。ジャレッドも彼の境遇には同情した。しかし、今は微塵も同情できない。

 罪なき人を手にかけたバルナバスは、もう魔術師でもなんでもない。


 ――ただの殺人犯だ。


「――俺が殺してやる」


 ならばせめてこれ以上の罪を重ねる前に、同じ魔術師である自分が終わらせよう。




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