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29.バルナバス・カイフの理由4.



 自分がしたことへの責任を感じているのか、それとも過去をなかったことにするためにバルナバスを倒そうとしているのかわからないが、周囲のことまで考えて行動しているとは思えないアデリナに怒りが生まれ、つい声を荒らげてしまった。


「協会を代表して謝罪いたします。このようなこととなってしまい、本当に申し訳ありません」

「あっ、いえ、デニスさんに文句を言っているわけじゃ」


 ジャレッドの怒りにデニスが深く頭をさげるが、彼が悪いわけではないことは重々承知している。しかし、この場で協会職員は彼だけだ。彼が謝罪するしかない。


「すみません。ちょっと、苛立ってしまって……」

「お気持ちはわかります」


 小さく謝罪したジャレッドに気にしていないとデニスは言ってくれるが、逆にその気づかいが申し訳なく感じてしまう。


「あの、バルナバス・カイフがこれから誰を狙うのか魔術師協会はわかっているのでしょうか?」


 ずっと聞きに徹していたベルタが問うと、デニスが苦い顔をする。


「残念ですが、わかりかねます。推測なら、アデリナ・ビショフさまかブラウエル伯爵家に向かうと思うのですが、もしかしたらマーフィーさまの前に姿を現す可能性もあります。向こうは予告することなく、ただ復讐として行動しているので、すみません」

「謝らないでください。ですが、そうなるとラウレンツ様がどこに向かっているのかわからないな。せっかく情報を手に入れたというのに……」


 ラウレンツを案じるベルタに慰めの言葉をかけようとしたときだった。


「――しまった」


 デニスがなにかを思いだしたように声をあげた。


「どうしましたか?」

「申し訳ございません。ラウレンツ・ヘリングさまに関することを、忘れていました。あの方がお二人よりももっと早い時間に情報を求めて協会にきていました」

「……まさか、全部話してしまったんですか?」

「いいえ、それはしていません。私が対応したのではないので忘れていて申し訳ないのですが、対応した職員が言うには、彼の立場は存じているので情報を与えればどんな行動をとるのか予想できます。なので、なにも教えていないと報告を受けていたのですが――まずいことになりました」


 顔を両手で覆ってしまったデニスに嫌な予感がした。


「まさかとは思うのですが、ラウレンツさまが情報を手に入れている可能性があります」

「どうしてですか!?」


 立ち上がり声を荒らげたベルタに落ち着くように言って座らせる。

 しかし、ベルタは不安を覚えたのか、急かすような視線をデニスに向け言葉を待った。


「正直、このことをお伝えするべきか迷ったのですが――ラウレンツ・ヘリングさまを宮廷魔術師候補へ推薦する声があがっています」

「――っ!」


 ベルタとそろってジャレッドは絶句した。

 ここにきて、どうしてラウレンツが宮廷魔術師候補に選ばれなければならないのだ、と理解ができない。


「驚きはわかります。私自身も、耳にしたときは驚きました」

「どうしてそんなことに?」

「ラウレンツ・ヘリングさまは現在こそ宮廷魔術師候補に実力こそ届きませんが、経験さえ積むことができれば将来的に宮廷魔術師候補への推薦を考えられていました。しかし、今回の一件でマーフィーさま以外の候補者が殺害されてしまい、被害者の中にはケヴィン・ハリントン様がいます」

「もしかして、師匠が殺されたからその代わりにラウレンツを、ってことですか?」

「その通りです。大変遺憾ではありますが、協会の中ではそのように考えている人間もいるということです。その者たちに言わせれば、数年早まっただけ、と。確かにそうかもしれませんが、私としては納得できる話ではありません」


 おそらく宮廷魔術師候補がたったひとりになってしまったこと――それも元宮廷魔術師候補に殺害された――を隠すことができずとも、明るい話題を増やしたいのだろう。

 亡き師の仇を打ち果たし、師を弟子が超える――などという話は誰もが好ましく思う。

 その役割をラウレンツにさせようと考えている者たちがいるということだ。

 したくはないが理解はできる。だが、納得はできない。

 心からケヴィン・ハリントンの死を悲しみ、今も復讐しようとしている友人を、勝手な都合で利用させたくはない。


「そんなこと許されるはずがありません!」

「バルトラムさまのおっしゃる通り、許されてはなりません。ですが、そういう人間が実際にいて、動いているのです」


 デニス・ベックマンは善人だ。関わりこそ、一ヶ月程度だが、丁寧な物腰と言葉使い、気さくな一面などを見ていて、ジャレッドは好ましく思っている。

 しかし、協会員の誰もがデニスのように善人ではない。

 七年前、不正に加担した職員がいたように、今もラウレンツを利用することで魔術師協会の株を極力さげないようにしようと企む者たちがいる。

 ラウレンツ・ヘリングは向上心のある魔術師であり、実力も高い。いずれは宮廷魔術師候補に選ばれるかもしれない。協会が以前から目をつけていたことも知っている。

 だが、これではラウレンツがあまりにも救われない。


「もしも、ラウレンツさまを利用しようと企む人間が今朝接触していれば――」

「情報が伝わるでしょうね……ちくしょう!」

「ジャレッド!」

「ああ、急ごう。デニスさん、情報ありがとうございました。俺たちはもういきます」


 短く頭を下げて感謝の言葉を伝えると、部屋を飛び出そうとするジャレッド。しかし、デニスが大きな声をだして止めた。


「マーフィー様! お待ちください!」


 足を止めて振り返ると、今までとは違い冷静さを取り戻し真面目な表情を浮かべたデニスがこちらを見ていた。


「あなたが宮廷魔術師候補であること今回の一件が片づいたタイミングで発表することになっています」

「好きにしてくれ。そんなことよりも今はラウレンツのことが――」

「――ですが! もし、あなたがバルナバスを倒したのなら――宮廷魔術師候補ジャレッド・マーフィーではなく、新たな宮廷魔術師ジャレッド・マーフィーの発表となるでしょう」

「……なに言ってるんだよ?」


 デニスの言葉に理解が追いつかない。

 なぜバルナバスを倒せば宮廷魔術師になるのか、ジャレッドはわからず困惑を浮かべる。一度は頭に血が昇っていたが、冷静さを取り戻していく。それは、同じく部屋を飛び出そうとしていたベルタも同じのようで、唖然としていた。


「ミノタウロスを倒し、宮廷魔術師候補を殺害、そして現宮廷魔術師を襲ったバルナバス・カイフという魔術師はそれほどの相手なのです。意味がわかりますか? 戦えばあなたが死ぬかもしれないのですよ」

「だからといってラウレンツを放っておくわけにはいかない。このままだとラウレンツとバルナバスがぶつかる可能性があるだろ!」

「そんなことはわかっています。ですが、ラウレンツさまはもちろん、ジャレッドさまにも死んでいただきたくない!」

「なら宮廷魔術師を派遣しろ! それだけの相手だろ!」

「できません。ひとりは重症、ひとりは狙われています。残りの宮廷魔術師は万が一に備えて、朝早くから王宮をはじめ、重要な方々の警護に当たっています。復讐に囚われているバルナバスですが、彼がどこまで復讐をしたいのかわかりません。当事者だけで終わるのか、それとも協会や王宮にまで恨みをぶつけたいのか――これは本人次第なのです」

「だからって――」

「アルウェイ公爵も警護されるべき方です。すでに公爵家には宮廷魔術師が派遣されているでしょう」


 アルウェイ公爵の名を出されてジャレッドは勢いをなくしてしまう。オリヴィエの父親から護衛を外してバルナバスにぶつけろなどと言うことはできないし、仮に言っても協会と王宮が頷くとは思えない。


「ビショフ様に至っては、護衛をすべて断っています。こちらとしては万が一に備えたいのですが、先ほどもお伝えしたとおりご自身で片をつけることのことです。責任を取るという意味合いもあるのでしょうが、ご自身のなさってしまったことを明るみに出したくなく、そしてバルナバスを倒すことで帳消しにするつもりなのでしょう。協会としても、七年間も国に貢献してくださったビショフ様を宮廷魔術師から引きずり降ろすことはしませんが、このままではそれ以前の問題です」


 ミノタウロスを単身撃破できる相手にいくら宮廷魔術師とはいえ、七年前の時点で敵わなかったアデリナが勝てるはずがない。彼女だって経験を積み強くなっただろう。しかし、バルナバスはそれ以上に強くなっている。

 少なくとも、アデリナにミノタウロスは倒せない。


「バルナバスも、宮廷魔術師も、魔術師協会も、どいつもこいつも勝手にしやがれ! 俺は、俺の大切な友達を失わないために、するべきことをする。悪いけど、デニスさんでも俺を止める権利はない」

「止めはしません。私の言葉ではマーフィーさまは止まってくれないでしょう。ですから、どうかご無事で――そして、友人を想う今の気持ちを忘れずに、よき魔術師としてあり続けてください」


 デニスは一度微笑むと、立ち上がり深く頭をさげた。


「ありがとう」


 自分の行動を止めるのではなく、黙認して送り出してくれるデニスに感謝の言葉を伝え、ジャレッドはベルタとともに魔術師協会をあとにしたのだった。




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