表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

119/499

28.バルナバス・カイフの理由3.



「バルナバス・カイフが容疑者になったことで、彼を調査した結果わかったことなのですが……どうやら七年前の宮廷魔術師を決める際、不正があったのです」


 言い辛そうにしながらも発せられたデニスの言葉は、今日何度目になるのかわからない驚きを与えるのに十分すぎた。


「バルナバスが不正をした、わけじゃないですよね? あまりこういうことは言いたくないけど、宮廷魔術師になったトレス・ブラウエルのほうが不正をしたんですね。そして、たぶん、魔術師協会も関わっていると思うんですけど」

「はい。お恥ずかしい話ですが、その通りです。ですが、ブラウエルさまはなにもご存じありません。彼のご実家が勝手に行ったのだと補足させてください」

「だけど、バルナバスはそんなことは知らない」

「無理もありません。人殺しとなったバルナバス・カイフを庇うわけではありませんが、彼の怒りは正当です。しかし、手段を間違えてしまいました」


 苦虫を噛み潰したようデニスの表情が歪む。

 彼や魔術師協会にとって今回のことは相当な痛手のはずだ。

 突然、連続した宮廷魔術師候補の死。襲われた宮廷魔術師。亡くなった人間は多い。犯人は元宮廷魔術師候補だが、もとを正せば不正が行われていたことが原因だ。

 その不正に魔術師協会も関わっている以上、他人ごとではない。


「そもそも、バルナバスは今までどこでなにをしていたんですか?」

「名を変えて冒険者として活動していたそうです。冒険者ギルドもまさか元宮廷魔術師候補が冒険者をしていたなどと夢にも思っていなかったそうです。彼はこの七年間、戦いに明け暮れる日々だったといいます」


 宮廷魔術師になると戦場に立つことが増えても、戦闘回数そのものが減る。中には、宮廷魔術師になると実戦から離れすぎてしまい弱くなるという陰口さえあるほどだ。

 対してバルナバスは戦い続けた。怒りを戦うことで押さえていたのか、それとも怒りを糧に戦いを続けたいのか。その執念は、間違いなく宮廷魔術師になることが叶わなかった悔しさからだろう。

 ミノタウロスを単身で倒すだけの力を手に入れた魔術師は、今どこでなにを思っているのか。


「差支えがなければ不正の内容を聞いてもいいですか?」

「ええ、構いませんが、できれば他言はしないでいただけると助かります」

「約束します」

「七年前、もうひとり宮廷魔術師候補がいました。名をアデリナ・ビショフ。現宮廷魔術師第八席の『水鏡』のアデリナ・ビショフさまです。彼女はブラウエル伯爵家と組み、バルナバスを追い落とそうとしました」

「ちょっと待ってください」


 疑問を抱いてしまったジャレッドがデニスの言葉を止めた。


「わからないんですけど、宮廷魔術師候補って宮廷魔術師になれるだけの実力があるから選ばれるんですよね?」

「もちろんです」

「なのに、どうしてアデリナ・ビショフとトレス・ブラウエルの家族はバルナバスをそう蹴落とそうとしたのか理解できなんですけど……。課題を選び、達成し、誰もがわかる実績と功績を得ることができれば宮廷魔術師になれるはずだ。なら、バルナバスを無視すればいいんじゃないですか?」


 アデリナ・ビショフとトレス・ブラウエルが宮廷魔術師になっている以上、七年前に同じ宮廷魔術師候補のバルナバスを不正してまで蹴落とさなくても課題を達成して今と変わらない地位を得ていたはずだ。

 宮廷魔術師の席に空きが限られているのならまだわかるのだが、現在でさえ空きがあるのだ。バルナバスを追い詰める必要はなかったはずだ。


「マーフィーさまが疑問に思うのも仕方がありません。ですが、人の心は複雑です。もしかしたら、万が一、と思うわずかな不安がビショフさまとブラウエル伯爵家を誤った行動に走らせたのです」


 ジャレッドにも誰かを蹴落として目的を果たそうとする気持ちがわからないわけではない。実際に、生き残るためならどんなことでもするし、かつては友を助けようと多くの命を奪ったこともある。

 要はその人物にとってなにが大切かということだ。

 アデリナ・ビショフは宮廷魔術師になることがもっとも大事であり、そのためなら友好があった人物を蹴落とすことも厭わなかった。

 ブラウエル伯爵家は息子のために――きっとそれだけではないが――息子の友を蹴落とすことを決めた。


「ブラウエルさまとバルナバスは同じ風属性魔術師として切磋琢磨してきた関係ではありますが、実力だけならバルナバスさまのほうが上です。ブラウエル伯爵家はもしかしたら同じ風属性魔術師として比べられてしまった結果、ご子息が宮廷魔術師になれないのではないかと警戒してしまったことが原因でした」

「もうそこまで調べてあるんですか?」

「ええ、ご当主に聴取はさせていただきました。当時はご子息のためだと思って行ったことも、巡り巡って命の危機に晒してしまったため、ずいぶんと悔いているように見えました」


 不正とはいえ息子のために行ったにも関わらず、そのせいで息子が襲われ死にかけたのだ。これ以上の皮肉はない。

 自業自得と言えるかもしれないが、トレスはもちろんバルナバスだっていい迷惑だったはずだ。


「ビショフさまは、宮廷魔術師候補に選ばれてはいましたが、戦闘能力ではなく、魔術の特異性からです。無論、戦わせれば相応の実力がある方ではありますが、候補者三人の中では戦闘面では後れを取っていました。このことが彼女に判断を誤らせたのでしょう」


 ジャレッドが知るアデリナ・ビショフは、水属性魔術師として国でもトップクラスの使い手だ。

『水鏡』の名にふさわしい攻撃魔術を跳ね返す特異魔術と、まるで意志を持つようだと言われる水壁をはじめ後方支援に秀でた魔術師だ。戦わせれば水弾を容赦なく撃ち、水属性に特化した者が使うことのできる氷結魔術も使うことができると聞く。

 優れた魔術師であることは知っていたため、不正をしなければ宮廷魔術師になれなかったとはとても思えない。やはり、デニスの言葉通り、わずかな不安が宮廷魔術師への過程でプレッシャーとなってしまったせいで判断を間違えたのかもしれない。


「候補者全員が宮廷魔術師に相応しい実力があるからといって、そろって宮廷魔術師に選ばれるわけではありません。課題を成功させた者であっても、場合によっては候補者止まりで終わることもあるのです」


 そのことを考えると、どれだけコネを使って宮廷魔術師候補となった亡き候補者たちも、必ずしも宮廷魔術師になれたわけではない。

 だが、宮廷魔術師候補の時点で優れた魔術師として認められたのも同然なのだ。宮廷魔術師になれずともそれでいいと思う魔術師は少なくないだろう。

 しかし、そんなところで満足してしまうのなら本当の魔術師として認めることはしたくない。

 魔術師は貪欲だ。より強く、より新しい魔術を、より上を目指してしまうのが魔術師という生き物だ。

 そういう意味では、どんな手を使ってでも宮廷魔術師になろうとしたアデリナは魔術師らしい女性だと思う。


「ビショフさまは貴族ではなく実力のみで候補者に至った方ですが、バルバナス・カイフ、トレス・ブラウエルさまが貴族だったことも不安のひとつだったのでしょう。そして、彼女はブラウエル伯爵家と利害を一致させてバルナバスを蹴落としました。その不正に魔術師協会職員も一枚噛んでいたのです」


 聞けば、七年前の一件以降、担当した職員の多くが退職していたという。現在、身元がわかっている者や魔術師協会の残っている者から聴取をして情報をかき集めているそうだ。

 不正に加わった者たちには厳しい罰を当たる予定だが、ことを大事にしたくないという想いもあるので、額こそ大きいが罰金で済ませるらしい。ただし、この一件のみだ。その後も不正に加担しているようだったら、禁固刑も視野にいれているとのことだ。

 宮廷魔術師アデリナ・ビショフは、ブラウエル伯爵家に協会との伝手をつくっただけなので、処罰が難しく、彼女は七年間も国に貢献している魔術師であるため、ペナルティこそ下されるが大きなものにはならないという。

 ブラウエル伯爵家は現時点でこれでもかというほど罰を受けている。もちろん、これで罪が亡くなったわけではないが、今は追い打ちをかけることはしないとのこと。トレス・ブラウエルの意識が回復次第話し合う必要があるらしい。


「問題はバルナバスか……この流れだと、次はアデリナ・ビショフかブラウエル伯爵家だよな。いや、もしかしたら俺のところにやってくる可能性もあるのか?」

「ブラウエル伯爵家には護衛をつけています。ですが、アデリナ・ビショフさまは護衛を拒みました。自分の分までブラウエル伯爵家に護衛をと言い、ご自身で片をつけると言ってきかなく……ですが、ビショフさまとバルナバスが戦えば、勝者はバルナバスでしょう」

「ああああっ、もう! どいつもこいつも好き勝手にやりやがって! 過去のくだらない因縁に、俺たちを巻き込むんじゃねえっ!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ