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26.バルナバス・カイフの理由1.



 魔術師協会にたどり着いたジャレッドとベルタが受けつけ声をかけデニスの在中を尋ねると、受けつけ係りが慌てだす。


「ジャレッド・マーフィーさま!? し、しばらくお待ちください。すぐにデニスを呼んできます!」


 そう言うと深々と一礼して奥へ走っていってしまった。

 なぜそうも慌てるのだろうか、もしかすると連絡もなくきてしまったことがまずかったのではないかとベルタとそろって首を傾げる。

 だが、魔術師協会は常に職員が在中しているので、用があれば営業時間内に自由に訪れても問題がないはずだ。もちろん、協会側から呼び出されない限りはたいてい待つことは必須である。

 今回もいつものようにやってきただけ。しかし、依頼を受けるわけではなく、依頼達成の報告でもない。デニスに用事があってきたのだから勝手が違う。やはり連絡するべきだったと反省していると、なにやら視線を感じる。

 受けつけのテーブルに背を預けて振り返ると、好奇から嫉妬までありとあらゆる感情を込められた視線が四方八方から向けられている。

 正直、不愉快だ。まるで見世物になった気分になる。


「おい、ジャレッド……見られてないか?」

「あー、なんか見られてるね」


 視線に気づいたベルタが困惑げに声を出す。

 鬱陶しことこの上ないが、実害があるわけでもないので文句も言えない。耳をすませば、陰口のようなものや、他宮廷魔術師候補が殺害された一件の話をしている魔術師が多い。

 さすがに職員からの無遠慮な視線はないものの、伺うように意識されているのがわかった。


「きっと俺が候補者の唯一の生き残りだから話のネタには丁度いいんだろうね」

「そうなのか……それだけではないような気がするが」


 人の口には戸が立てられないとはよく言ったもので、どれだけ協会が隠そうとしてもすでに宮廷魔術師候補が殺害された話は広がっているようだ。


「マーフィーさま!」

「デニスさん。急にすみません。でも聞きたいことがあって――」

「挨拶はいいですから、とりあえず応接室へお願いします! ここでは目立ってしまうので!」


 奥から走ってきたデニスに腕を掴まれると、挨拶をする間もなく引きずられていく。

 困った顔をしたベルタもあとに続くと、職員と招かれた者しか立ち入ることのできない区画に案内された。

 応接室と言ったが、置かれているソファーとテーブルなどは一級品だった。自分のような未成年がこんな部屋で対応されていいのかと迷うも、デニスに言われるままベルタとともにソファーへ腰を降ろす。


「マーフィーさま……私もうるさいことは言いたくありません。ですが、宮廷魔術師候補殺人犯が捕まってもいないのに、護衛もつけずになにをしているんですか!」

「いや、それは……」

「確かにマーフィーさまはお強いかもしれません。しかし、護衛をいらないとおっしゃったのですから、相応の行動を取ってくださらないとっ!」


 テーブルの上に置かれた珈琲に砂糖をこれでもかと投入してかき回すデニスを見て、ストレスが溜まっているなと他人事のように思う。

 そのストレスの一端が自分の行動であることは理解したが、先日顔を合わせたときよりもだいぶくたびれた顔をしていることが気になった。


「あの、デニスさん。彼女はベルタ・バルトラムです。その、えっと、俺の護衛なんですよ」

「簡単にわかる嘘をつかなくても結構です。ベルタ・バルトラムさまといえば、ラウレンツ・ヘリングさまの護衛魔術師として有名ですから」

「私は有名だったのですか?」


 初耳だと驚くベルタに、デニスが頷いた。


「はい。実力も優秀であり、将来有望な魔術師として教会としても注目させていただいております。ですが、やはり――あのヘリング家の奥様のお気に入りであり、意見を言うことができるベルタさまは魔術師協会としても是非懇意にしたい方でもあります」

「あー、やはりそっちか。うん。私に会うとみんな同じようなことを言うんだが、奥様は気難しいがよい方なんだが」

「ええ、悪い方ではないと重々承知しております。ですが、あの気難しさは正直、ヘリング家と交渉している魔術師協会としては、その、言葉を選んで言わせていただきますが、本当に勘弁していただきたいのです」


 どれだけ厄介な人なんだろうか、と思わずにはいられない。ラウレンツから聞きかじったこともあり、ベルタからも先ほど話を聞いた。その上で――できれば会いたくないとジャレッドは思った。


「ヘリング家と交渉しているんですか?」

「ええ、はい。ラウレンツさまにもマーフィーさまのように特待生としての待遇を改めて考えているのですが、ヘリング家の奥様はご子息が危険な目に遭う可能性があるので嫌だと申しまして。いえ、親御さまのご意見としては私も父親なので重々理解できるのですが、このままラウレンツさまを一生徒として扱い続けるには、先日の依頼の一件もありますので惜しいとしか思えないのです」


 間違いなくラウレンツは喜ぶだろう。特待生になるということは、魔術師として魔術師協会から認められるというものだ。

 これから魔術師としてやってくのであれば、是非とも受けたいはずだ。

 そのためには魔術師協会に彼の母親の説得を頑張ってもらわなければならない。いや、頑張るのはラウレンツ自身だ。


「ところで、本日はどのような御用ですか?」

「先日は被害者の屋敷への立ち入り許可をくださり、どうもありがとうございました。ですが、これといってなにかがわかったわけではありませんでした。犯人はずいぶんと優秀らしい。痕跡が残っていません」

「でしょうね。頭の痛い話です」

「それと、言いにくいんですが、ラウレンツが犯人探しに躍起になっているので、危険な目に遭う前に止めたいんです。ですが、なにも情報がないのでラウレンツを探すにも、どこから探していいのかわからずじまいで……」


 ジャレッドの説明にデニスが納得するよう頷く。


「ケヴィン・ハリントンさまはラウレンツ・ヘリングさまと師弟関係にあったと伺っていますので、心中はお察ししますが、あまりにも無謀ですね」

「はい。べつにラウレンツに犯人を倒す力がないと言うつもりはないんですけど、今のあいつがどれだけ冷静に戦えるのか不安で……」

「いえ、冷静に戦っても勝機はないかもしれません」

「――え?」


 驚いた声を上げたのはベルタだ。

 ジャレッドもデニスの言葉の意味を図りかねている。

 まるでその言い方では、犯人を知っているようではないか。


「まさか――」

「はい。犯人の目星がつきました。いいえ、正確にお伝えするのなら、目撃者が見つかりました」

「なら問題は解決……ってわけにはいかないみたいですね。デニスさんの顔をみれば、別の面倒事が起きたって感じですか?」


 ジャレッドの指摘通り、デニスの顔色は悪い。彼は、珈琲を飲み干すと、ため息とともに肯定した。


「おっしゃる通りです。もうすでに魔術師協会内では周知のことなのですが――昨夜、宮廷魔術師のトレス・ブラウエルさまが襲われました」

「おいおい、嘘だろ?」

「あの、まさか……ブラウエル様のご容態は? 最悪なことになってしまったのですか?」


 宮廷魔術師候補だけではなく、宮廷魔術師までが襲われるという事態に、ジャレッドは驚き以上に呆れてしまう。

 どこの馬鹿がどのような目的でそんなことをしているのか知らないが、いい加減にしてほしいと思わざるをえない。


「不幸中の幸いというべきか、一命はとりとめました。ですが、まだ意識は回復していません。家人が異変に気づいたのですが、そのせいでトレスさまの発見が早まったのが幸いしたからでしょう。しかし、犯人と遭遇してしまった家人の大半が、犯人によって殺害されてしまいました」

「……なんと惨いことを」

「それで、犯人の身元を教えてくれませんか?」


 わずかに躊躇ったデニスだが、ジャレッドと視線を合わせると降参したように口を開いた。


「元宮廷魔術師候補のバルナバス・カイフです」




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