25.ベルタ・バルトラムの気持ち2.
ベルタの告白にジャレッドは驚かなかった。
なんとなくそうだと思っていた。ラウレンツのそばに仕え、彼の邪魔になることもなく、だからといって従順でもないベルタ・バルトラム。
愛ゆえに――などと簡単には表現できないだろうが、彼女がラウレンツに少なからず好意以上の感情を抱いていることには気づいていた。
「そっか。お似合いだと思うよ。俺は応援するよ」
「ありがとう。でも、私の想いはきっと叶わないんだろうな」
「どうしてだよ?」
想いをはっきりさせていながら、報われないのだと断言するベルタにジャレッドは怪訝な表情を浮かべて問いかける。
すると、悲しげに彼女は笑った。
「バルトラム家は男爵家であり、ヘリング家に代々仕える一族だ。身分が違う」
「それを言うなら――」
「マーフィーは別だ」
確かに彼女の言うとおり、男爵家と伯爵家では身分は違うかもしれない。しかし、どちらも貴族であり、代々仕えてくれている以上、身分や血筋だってしっかりしているはずだ。だが、ベルタは報われないと言う。
ならば、男爵家の、しかも家督を継ぐこともできず、母親が貴族ではないジャレッドが公爵家のオリヴィエと婚約したことはどうなのか、と口にしようとするも別だと言いきられてしまった。
「なんでだよ?」
不満を浮かべるジャレッドに、「気づいていないのか?」とベルタは苦笑した。
「マーフィーは宮廷魔術師候補だ。私の魔術師としての素質はあるが、それだけではラウレンツ様の妻にはなれない。私とマーフィーでは、立場も価値も違うんだ」
「そんなことは間違っているだろ」
「きっとそうなんだろうな。だが、ラウレンツ様のお母上はそういう考えの方だ。私が嫌われている、というわけではないぞ。奥様は私のことをとてもかわいがってくれている。だからこそ、女の身でありながらラウレンツ様のそばにいることができるんだ。しかし、だからといって結婚という話になるとまた別の問題だ」
「俺にはわからないな。ラウレンツの母親が気に入っているなら、そのまま結婚させてもらえばいいだろう?」
同じ魔術師同士なのだから、子供ができれば素質を受け継ぐ可能性も高くなる。
魔術師の血を濃くしたいと考える貴族であれば、ベルタは理想の相手だと思う。
「奥様はすでにラウレンツ様と結婚させたい相手がいるらしい。この間、お話ししてくださった。誰とまでは話がまとまるまで秘密のようだが、良縁らしい。ならば、私は応援したい」
「それでいいのか?」
「もちろんだ。ラウレンツ様が幸せになることが私の幸せなんだ」
不器用な子だ、とジャレッドは思った。
ラウレンツの母親が気難しい人だとは聞いているが、そんな人と上手くやっているんだから取り入ってでも嫁になればいいと思うが、真面目で不器用なベルタには難しいのだろう。
もっとも、ジャレッドも他人事だからこそ、そんなことを思えるがこれが自分のことになると恋愛方面は苦手だった。やはり恋愛は誰かのことのほうが楽しいと思ってしまう。
「奥様はご自身がそうであるように、極力側室を増やしたくないと考えているので、きっと私では愛人止まりだと思う。だが、それでは体面が悪いと私の家が許さないだろうな」
「どこの家も大変だ。でもさ――まずラウレンツに気持ちを伝えてみたらどうだ?」
「それは……きっと困らせてしまうから無理だ」
「そうかな。俺はさ、最近になって誰かに想いを伝える大切さを教えられたよ。きっと黙って思うよりも、例え相手を困らせても、苦しい思いをしても伝わらない想いを抱えているよりはいいと思うんだ」
「ジャレッド・マーフィー。お前はオリヴィエ・アルウェイ様と婚約してから変わったな。ずっと優しくなった」
突然、微笑ましい弟でも見るような視線を向けられてしまい困惑する。
「俺って今まで優しくなかった?」
「ああ、優しくなかったぞ。ラウレンツ様が不器用ながらにお前と親しくなるチャンスを伺い突っかかっても、お前ただあしらうだけ。しかし、クリスタやラーズ殿には暖かな笑顔と言葉で接していた。よくも人によって態度をはっきりと変えることができるものだと感心していた」
「それ、褒めてないよな?」
「もちろん、褒めてなどいない。もし、褒められているように聞こえたなら医者にいって耳を診てもらえ」
からかうように微笑むベルタに、先ほどまでの暗さが消えていることに気づいて安堵する。
よかった、と思う一方で、いつかは彼女も本当の意味でラウレンツと向かい合わなければいけない日がくるのだと思った。
想いを心に秘めたまま生きていくのだって構わない。しかし、ラウレンツのそばにい続ける以上、良くも悪くも決着をつけなければ苦しいのは彼女自身だと思う。
ラウレンツはベルタのことをどう思っているのだろうか、と気にになった。
すこしお節介だと自覚しながら、早くラウレンツを見つけだして復讐などやめさせたい。普段の彼に戻ってほしい。
だから――犯人が邪魔だ。
ジャレッドは今の日常が大切だ。オリヴィエたちがいて、学園にはラーズやラウレンツをはじめとする友達がいる。ベルタとクルトとも上手くやっている。
そんな日常を壊そうとしている宮廷魔術師候補殺人が邪魔で邪魔でしかたがない。
「マーフィー……どうした?」
「えっと、なにが?」
「気のせいか怖い顔をしていたぞ」
「気のせいだよ。あとさ、俺のことはジャレッドと呼んでほしい。ラウレンツだけじゃなくて、俺はベルタのことも友達だと思っているから家名で呼ばれると距離を感じるよ」
「そうか? なら、ジャレッドと呼ばせてもらおう。男の友人は初めてだ。感謝する」
「こちらこそ。さ、いこう」
ジャレッドとベルタは再び足を進める。
魔術師協会までもう遠くない。
「ジャレッド――私はお前に負けないように、ラウレンツ様に頼ってもらえる魔術師になりたい」
「なれるさ。魔術師に必要なのは、魔力でも技術でも、力でもない――想いなんだから」
愛する人のために自らを高めようとするベルタを眩しく思う。少なくともジャレッドは彼女のような気持ちで力を欲したわけではないのだ。
きっと純粋な想いを掲げるベルタは、自分よりも素晴らしい魔術師になる。そう思わずにはいられない。
だからこそ、彼女が少しだけ羨ましかった。