24.ベルタ・バルトラムの気持ち1.
数日ぶりに学園にきたが、これといって変わりはない。友人に会いにくる程度の場所としか考えていないこともあり、あまり思い入れのない校舎だったはずなのだが、負傷しては休むこと繰り返していると酷く懐かしく思えるので不思議だ。
屋敷はアルメイダと璃桜が守ってくれるため安心して離れることができた。まだ、ハンネローネを亡き者にしようとしたコルネリアが捕縛されていない以上油断はできないが、防衛というにはあまりにも過剰な戦力が揃っている。
子供とはいえ人間の寿命を優に上回る年月を生きている璃桜ひとりでさえ過剰戦力だ。そこへ底の計り知れない師匠アルメイダもいる。そして、彼女たちには劣るが、自分と同等の実力を持つヴァールトイフェルの暗殺者プファイルもいるのだ。
自分なら三人を相手にして瞬殺される自信があった。
「マーフィーくん! こっちだよ!」
待ち合わせ場所にはベルタだけではなく、クリスタ・オーケンもいる。相変わらずの人懐こい笑みに安心してしまった。
彼女の笑顔を見なければ学園にきたという実感がない。
「すまない、マーフィー。本来ならこちらが出向くべきなのだろうが、その、さすがに別宅とはいえ公爵家にはいけない」
「だよね」
同じ立場であったらジャレッドでも無理だ。
ベルタはジャレッドと同じく男爵家の子供だ。そして、家督を継ぐわけではない。貴族の立場としては下から数えたほうが早いのだから、上から数えたほうが早い立場のアルウェイ公爵家関係者のもとへいくことは言うまでもなく躊躇われてしまう。
「それで、ラウレンツのことだけど――ラーズとクルトは?」
てっきり一緒にいるとばかり思っていた男子二人を探すもいない。
「クルトはラウレンツ様にそばにいるように言ってあるんだ。振り切られてしまえばそれまでなんだが、無茶をされないためにも誰かが必要だと思ったんだ」
「ラーズくんは家庭の事情でしばらく学園にこられないらしいよ。この間、無理やり学園にきたみたいで、逃亡犯よろしく家の人たちに連行されていっちゃったから」
「クルトはわかるけど、ラーズはなにしてんだよ……」
家庭の事情というが、商家であるはずのラーズの家になにが起きたのだろうか。以前から彼や彼の姉からいろいろと複雑な家庭環境にあることはそれとなく聞いたことがあるが、二人そろって詳細を話してくれなかった。
ジャレッドはよほどの事情がなければ隠していることを無理やり暴こうとはしないので、いつか話してくれることを待っているのだが、宮廷魔術師候補の殺害を含むこのタイミングで家庭の事情となると関係ないのかもしれないが、変に勘違いしてしまいそうになる。
「それで、ラウレンツはどうしてるんだ?」
「わからない。先日、マーフィーとケヴィン・ヘリントン様の屋敷で出会ってから、一度屋敷には戻ったのだが……仇を探そうとするラウレンツ様と止めようとする奥様とで意見が衝突してしまい、それっきりになってしまった」
母親が息子の暴走を止めたい気持ちは理解できるが、ラウレンツからすれば頭で理解できても、心では無理だったのだろう。
それからずっと宮廷魔術師候補殺害犯を探しているはずだ。
無茶をしていなければいいと思わずにはいられない。
「それで、俺に頼みたいことって?」
「巻き込んでしまってすまないと思うが、ラウレンツ様はマーフィーを信頼している。だから、一緒に探して止めてほしい」
「わかった。すぐ探しにいくか?」
即答したジャレッドに、言いだしたベルタだけではなく話の邪魔をすることなく静かにしていたクリスタまでが驚いた顔をする。
「なんだよ?」
「考える間もなく返事をしてくれたことに感謝と同時に驚いているんだ」
「ラウレンツのことなら学園にくるまでに色々と考えたさ。それに――友達を助けることに躊躇する理由なんてない」
かつて救うことができなかった大切な友達がいたからこそ、ジャレッドは友達を大事にしている。
友達が困っていれば力になりたいし、苦しんでいるなら助けてあげたい。悲しみも喜びもともに分かち合いたいとさえ思う。
ここにはいない友ルザーに誇れるような人間になりたいのだ。
「ありがとう。なら、さっそく頼みたいことがある」
「言ってくれ」
「魔術師協会から情報をもらってほしい。私では魔術師協会に伝手がないんだ。正直、ラウレンツ様がいまどこでなにをしているのか不明だ。クルトがついているといっても、いざとなったら主を止めることはできない」
魔術師の誰もが使い魔を持っているわけではないので、このようなときには不便だと思う。
しかしないものねだりをしてもはじまらない。今は時間が惜しかった。
「マーフィーくん、ベルタ、気をつけてね。そして、ヘリングくんを無事に連れて戻ってきてね」
「ああ、任せろ」
「ありがとう、クリスタ」
「そうそう、言い忘れていたけど、今回の犯人はまったくわかっていないからクリスタも必要がないときは外出しないようにしてくれ。あと、ラーズに会うことがあったら同じことを伝えておいてほしい。頼む」
「うん。わかったよ。ラーズくんのことは任せて」
ジャレッドたちはクリスタと別れ、魔術師協会へ向かうことに。
魔術師協会はウェザード王立学園から近くい場所にある、大きな屋敷を使っていた。
もとは王国建国時に王をささえた魔術師の屋敷だったのだが、その人物に子孫がいないため、魔術師協会が屋敷をそのまま買い取り使っているのだ。
偉大な魔術師を忘れないために。
徒歩で十数分かかるが、いちいち馬車を呼ぶような場所でもない。もともとジャレッドは馬車に乗るような貴族らしい習慣はないのだ。
幸いベルタも同じようなので、二人そろって歩いているのだが、どうも会話がない。
ラウレンツが心配なのはよくわかるが、あまりにも落ち着きがないベルタを見ているとおかしなことをしないかと不安になる。
「落ち着けよ。お前が慌てたってなにかが好転するわけじゃないんだ。落ち着いてするべきことをしようぜ」
「わ、わかっている。すまない」
「あと、さっきからそんなに謝らなくていいから。俺だってラウレンツのことは心配だし、なにかあってほしくない。だからさ、慌てずに、落ち着いて、冷静でいよう。じゃないと、あとで後悔するようなミスをするぞ」
「……強いんだな、マーフィーは」
足を止めて羨むような声を発したベルタについ首を傾げてしまう。
どういう意味での強さを言っているのかわからない。戦力で言えば、今のジャレッドはあまり強くない。先日、魔力を暴走させたことでずいぶんと魔力が不安定になっているらしい。アルメイダは早く魔力を解放することで安定させたいと言っていたが、ジャレッドはラウレンツを優先した。
呆れたアルメイダは宮廷魔術師候補と出くわしたら逃げに徹しろと忠告してくれたが、ベルタの言う強さとは戦闘力のことではないんだと思う。
「なんだよ、急に?」
「ラウレンツ様は、いつもお前のことばかりを話していた。不仲であったときはもちろん、友人となった今もかわらない。私は、ラウレンツ様が誰かをそんなに慕うのはケヴィン・ハリントン様以外では知らない」
「そっか……」
嬉しいと思うが、どこか気恥ずかしい。
「だから私はお前に嫉妬している」
もしや、と恋愛経験皆無のジャレッドさえ、ここまで言われればベルタの気持ちがわかった。
「もしかして、お前……ラウレンツのことを?」
「そうだ。私は、ラウレンツ様のことをひとりの女として愛している」