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18.ジャレッド・マーフィーの過去1.



「どうしてあなたの師匠はあんなにもかわいらしくて若いのかしら?」

「知りませんって。俺が出会ったときからあのままですし」


 夜、日課となりかけているオリヴィエとの短い時間。

 結婚していない二人だが、寝る前にわずかな時間を作って会話をするようにしている。これは、お互いを知るため――というよりも、オリヴィエがジャレッドを知るために必要な時間だった。

 イェニーは参加することもあれば、しないときもある。

 ジャレッドはイェニーが隠れて鍛錬を課していることに気づいているが、オリヴィエはそうではない。

 先日のローザ・ローエンとの戦いで思うことがあったのか、イェニーは祖父から最低限の鍛錬しか許可されていなかった。だが、それ以上に剣をより上手く扱おうと鍛錬を行っているようだった。

 同時に、イェニーはジャレッドの従姉妹であるのでオリヴィエよりも彼のことを知っているという自負がある。同時に、ジャレッドのすべてを知らなければいけないという感情はないらしく、ジャレッドへの想いは強く、執着もしているが、独占欲なども薄い。

 イェニー自身がジャレッドに愛情を注ぎ、その想いを受け止めてもらえればいいと思っている節がある。無論、できることなら独占して、自分だけの愛情を注ぎ、愛情を返されたいと思ってもいるが、ジャレッドを取り巻く現状では無理であるとわかっているので、多くを求めていない。

 どうしてそこまで、とジャレッドは疑問に思うが、尋ねても教えてもらえなかった。

 一方、オリヴィエはジャレッドのことをすべて知りたいと思っている。そして自分のことも知ってほしい、独占したいと願いは強い。だがやはり、貴族の子女として育っているため、独占は無理だとわかっている。ゆえに、こうして少しでも二人だけの時間がほしいのだ。


「それにかわいいって言いますけど、アルメイダは五百年以上生きていますから、色々と規格外なので気にするだけ無駄ですよ」

「ジャレッドはあの方の外見と同じくらいのときに出会ったのよね。その、一年以上も一緒にいて恋心とかそういうのは抱かなかったの?」

「そういう感情はなかったですよ。弟子っていうのも今でこそ感謝していますけど、当時は半ば無理やりだったですし、修行という名の拷問かと思うような厳しいことばかりでしたので、感情的な余裕なんてありませんでした。もちろん、肉体的にもです」


 思い返して身震いするジャレッドにオリヴィエは気づかれないように安堵する。ただし安心はできない。いくらジャレッドがアルメイダを師としてしか思っていなくても、彼女は違う。

 先ほど話をしたときに、「愛人にして」とからかうように言われたが、彼女の瞳は本気だったと同じ女として感じとった。他にもジャレッドを弟子以上に想っているのは明らかであり、意外なライバルの登場に心中は穏やかではいられない。

 若さでは勝っている。いや、勝っていると思いたいが、実年齢に反してあの十四歳ほどの外見は反則だ。

 教えを請えば取得可能な技術であるならば、膝を着いてでもお願いしたい。


「アルメイダさまがいらしたのは心底驚いたけれど、おかげでジャレッドのことをまた知ることができたわ。あなたって、聞かなければなにも話してくれないものね」

「すみません。でも、隠しているわけじゃないですよ。過去話は苦手で」


 ジャレッドに隠したい過去がないわけではない。ただ、すべてを明かして嫌われるのが怖いと思っている。

 生きるために悪いことも酷いこともした。人も殺している。恥ずべき行為も繰り返した。

 隠すつもりはないが、わざわざ言う必要も感じない――そう思うのは逃げなのだろう。


「わたくしがあなたのことを調べたのは言ったわよね」

「覚えていますよ」

「でも、あなたの経歴って十二歳までしかはっきりとわからないのよ。十三歳から今までの経歴も調べることはできたけど、一年以上の空白もあったし、なによりも調べた情報が正しいかどうかもわからないわ」

「でしょうね」


 ジャレッド自身が意図して経歴を複雑にした覚えはないが、父親との確執、祖父の想いなどから十三歳以降のジャレッドの経歴は割と適当になっている。真実を知るのは、ジャレッド自身だけ。

 信頼している祖父母にさえ、一通りの流れしか話していない。もしかしたら、祖父からイェニーやアルウェイ公爵には伝わっているかもしれないが、黙っていてくれと頼んだ記憶もないので構わない。

 オリヴィエの態度や口調から、あくまでも自分で調べたのであり公爵から情報を得たわけではないと察した。


「わたくしね、意外と思われるかもしれないけどあなたのことが好きよ」


 不意打ちの告白を受けてジャレッドが硬直する。

 まさかこのタイミングで想いを告げられるとは思っておらず、ただただ驚くだけしかできないジャレッドにオリヴィエが苦笑した。


「わたくしだって自分の過去をすべて話したわけではないけれど、ジャレッドが少しでもわたくしのことを好きだと思ってくれるなら、あなたの過去を教えてほしいの」

「……オリヴィエさま」

「全部を話してとは言わないわ。急ですものね。でも、今、少しでもあなたの過去を教えてほしいとわがままを言わせて」


 確かにオリヴィエの言うとおり急だ。心の準備をする必要はないが、どう話すべきなのか迷ってしまう。

 だけど、ここで彼女に自らの過去を一切告げないという選択肢はない。

 それでは――オリヴィエのことをなにも想っていないことになってしまう。

 ジャレッド・マーフィーはオリヴィエ・アルウェイのことが好きだ。彼女の母ハンネローネも、トレーネも、自分を慕い追いかけてくれたイェニーのことも。


「十二歳までは、オリヴィエさまが調べた通りですので省きます」

「じゃあ――」

「ええ、少しだけ俺のことを話しましょう」


 子供のように目を輝かせるオリヴィエにジャレッドは微笑む。

 そして、過去を振り返ると同時にこみ上げてくる苦い思いと、怒り、そして悲しみを必死に抑えながら口を開いたのだった。




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