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17.嫁姑談義? 2.



 アルメイダの言葉にオリヴィエの呼吸が止まる。

 彼女からこう言われることはなんとなくだが予想できていた。

 ジャレッドを愛弟子だと言うアルメイダからは、師弟関係以上の感情があることを同じ女としてわかっていたからだ。

 彼女の感情が自分のような恋愛感情なのかは不明だが、愛情であることは間違いない。

 師弟としての愛情なのか、それとも母や姉という立場の家族愛なのかどうかまで理解はできないが、アルメイダが望んでいることは容易にわかった。


「誤解しないでほしいのは、私があなたを嫌いだというわけではないということよ。先ほども言ったけど、あなたのことは気に入っているし、好きよ。ジャレッドのお嫁さんになるなら、そうね、よい相手だと思うわ」


 でもね、とアルメイダは表情を曇らせた。


「ジャレッドは魔術師としてまだ発展途上でありこれから大きく成長していくわ。弟のようにかわいいあの子にもっとたくさんの可能性を与えたいの。だけど、今のあの子にはあまりにも選択肢が少ないのよ。わかるでしょう?」


 返事はしたくなかった。


「ジャレッド・マーフィーはこのまま宮廷魔術師候補としてなんらかの実績を経て、宮廷魔術師となる。私が保証するわ。間違いなく、宮廷魔術師程度になら問題なくなれる。実力だけならね」

「実力だけ、といいますと?」

「少し前まで時代なら宮廷魔術師といえば戦力よ。だけど、今は戦力であると同時に、貴族たちのくだらない派閥争いに関わる魔術師たちでしょう。本当の意味で王家に仕えているのって、いったい何人いるのかしらね?」


 宮廷魔術師は王家直属だ。命令できるのは国王、もしくは権利のある王家の人間のみ。依頼なら魔術師協会を通せば可能だ。

 しかし、現在の宮廷魔術師には彼らを支援する貴族もいる。

 先日、宮廷魔術師候補がジャレッド以外にコネがあると魔術師協会のデニスが言っていたが、宮廷魔術師も同じなのだ。

 単なる実力で昇り上がったものは少ない。そういう意味ではジャレッドの亡き母リズ・マーフィーは数少ない実力のみで宮廷魔術師となった本当の実力者だ。

 王家に仕える宮廷魔術師だが、必要とあれば自分たちを支援する貴族のために魔術を使うこともあるだろう。

 無条件に民として貴族を守るなら構わない。しかし、それが貴族の思惑が絡んでいるのならまた別の問題となる。


「ジャレッドには宮廷魔術師になる以外の未来はない。だけど、本当にそうかしら? 考えたことはない? もっと別の場所で、ジャレッドを必要としている人間がいないかしら?」

「それは――」

「宮廷魔術師といえば確かに聞こえはいいでしょうね。でも、私からすれば宮廷魔術師程度のものに囚われて、戦うだけの魔術師になってほしくないのよ」


 オリヴィエにはアルメイダの気持ちが痛いほどわかった。

 ジャレッドの可能性を潰しているのは他ならぬ自分だとオリヴィエ自身が気づいていた。

 公爵家の長女という立場、弟のコンラート、父が気に入っているという事実、すべてがジャレッドを宮廷魔術師以外の道に進ませない。

 彼自身が亡き母のように宮廷魔術師になろうとしているために、他の選択肢を考えていないようにも見えるが、本当にそうだろうかと疑問になるときがある。

 例え、宮廷魔術師になれずとも、アルウェイ公爵はジャレッドを手放さないだろう。いや、手放す必要はない。オリヴィエと結婚すれば親族となり、コンラートとも師弟関係こそないが魔術を教える約束をしている。

 周囲から見れば、ジャレッドはもうアルウェイ公爵のものだ。

 忠臣ダウム男爵の孫であった時点でアルウェイ公爵家の家臣になる可能性は大きかったが、ジャレッド自身は自由に生きようとしていた。例え、魔術師協会から宮廷魔術師への打診、祖父ダウム男爵が爵位を譲ろうと考えていたとしても引き受けたかわからない。

 だが、ジャレッドは宮廷魔術師を目指すことを選んだ。

 そして、その一端にはオリヴィエ・アルウェイという理由があった。

 最初は立場的に断れなかったのかもしれない。しかし、ジャレッドはオリヴィエの抱えている事情を知ってしまった。優しくお人よしの彼がオリヴィエを放っておけるはずもなく、どんどん深みにはまっていった。

 気づけば抜け出せないほど、体の大半が泥沼に浸かっている。

 何度もこのままでいいのかと考えた。毎晩、目を閉じると本当にこうも幸せでいいのかと不安になりながら、ジャレッドに感謝していた。同時に、ジャレッドがいるからこそ今の幸せがあると理解もできていた。

 そのジャレッドがいなくなれば――この幸せは終わってしまう。

 変わりなくプファイルがいるかもしれない。イェニーとだって関係は変わるが今後も親しくできるはずだ。しかし、そこにジャレッドがいなければ、オリヴィエは幸せではない。


「そんなに泣きそうな顔をしないで」


 思考に溺れかけていたオリヴィエだったが、アルメイダの言葉で引き上げられる。

 いったいどんな顔をしていたのだろうと自らの顔に触るが、わからない。

 オリヴィエは大きく深呼吸をする。苦笑していながらも深い瞳でこちらを見ているアルメイダに向かい、強い意志を込めて見つめ返す。


「確かにわたくしのせいでジャレッドの可能性が潰れていることは認めます。アルメイダさまがジャレッドのことを心から案じていることも理解できました。ですが、わたくしはジャレッドを愛しています。彼でなければ駄目なのです。ずっとそばにいたい、そう思える人とようやく出会えたのに――離れたくありません」


 酷いわがままを言っていることは承知している。

 間違いなくアルメイダは呆れただろう。

 オリヴィエ自身、こうもジャレッドに依存しているとは自覚していなかったが、本当に彼でなければ駄目なのだ。


「はい合格」

「――え?」


 突然、なにを言われたのか理解できず、つい間抜けな声をあげてしまうオリヴィエに、今までとはうって違い優しい笑顔を浮かべるアルメイダ。


「きついことを言ってごめんね。でも、かわいい愛弟子のお嫁さんになるあなたがどれほど本気か試したかったのよ。爵位を気にせず言いたいことを言える私だからこそ聞かなければならなかったの。嫌われても、まあ、嫌だけどしかたがないと我慢もできるし」

「あの、わたくしはアルメイダさまを嫌ったりはしません」

「あら嬉しい。なら、これから仲よくしましょうね」

「もちろんです。ですが、その、合格ということは……」


 恐る恐る尋ねるオリヴィエにアルメイダが頷く。


「あなたからジャレッドを取り上げたりしないわよ」

「ありがとうございます」


 安堵の息を吐きだすオリヴィエだったが、


「でもね――」


 アルメイダが釘を刺すように言葉を続けた。


「あなたがジャレッドの可能性をすべてではないけど潰していることは事実よ。同じようにジャレッドもあなたの可能性を潰していると思うけれど、結婚なんてそういうものよ。ひとりだったらできることが二人だとできなくなる。でも、二人じゃなければできないこともたくさんあるわ」

「理解しています」

「ならいいのよ。私がお願いしたいのはね、あなたと結婚することで可能性が減ってしまうことをちゃんと理解した上で、あの子をちゃんと愛してあげて。そして、新しい可能性をあげてほしいの。ジャレッド・マーフィーの亡き母上にかわってお願いするわ」

「お約束します」


 師匠としてではなく、母親としてジャレッドの未来を案じ、幸せを願うアルメイダにオリヴィエは決意を込めて頷く。

 もう数えきれないほど恩と幸せをもらったジャレッドに、愛情を持って返していきたいと思う。


「あと、私は愛人枠でいいのでよろしくね」

「はい――って、ええええええっ!?」


 からかっているのか本気なのかわからない悪戯っ子な笑みを浮かべたアルメイダに、今までの真剣な話はどこにいったとばかりに、はしたなくオリヴィエは悲鳴をあげるのだった。


「これからもよろしくね、かわいいオリヴィエちゃん」





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