16.嫁姑談義? 1.
言葉を探すジャレッドにアルメイダが口を開く。
「扉の前で聞き耳を立てているお嬢ちゃんを呼んであげて。いつまでも廊下に立たせておくのも悪いでしょう。それに、お茶を持ってきてくれたみたいだから、ほら」
「えっと、はい。――あれ、オリヴィエさま?」
扉を開けると気まずそうな顔をしたオリヴィエがトレイを持って立っていた。
紅茶の香りが漂うポットとティーカップを目にして、お茶を用意してくれたのだとわかる。
「そのね、さっきはあまり落ち着くことができなかったから、よかったらと思ったのだけど……」
「内容が内容だったからつい聞き耳を立てちゃったのよね。まったく、ジャレッドも気づきなさいよ」
「すみません。アルメイダとの話に集中しすぎていました。はいってください、オリヴィエさま」
「ありがとう」
トレイを持ち、部屋の中へと招き入れる。
特別聞かれて困る話はしていないのだが、オリヴィエに話したことがない内容であったことも事実だ。
ジャレッドは多くを語らない。語ろうとはしない。そのことを同居生活で知ったオリヴィエは今さらなにを聞いても驚かないと覚悟していたつもりだった。しかし、ジャレッドを狙う竜の少女璃桜が現れ、彼女の口から竜と戦ったことを知った。さらに戦いを教えた師アルメイダが現れたのだ。
覚悟に反して驚きの連続だったのは言うまでもない。
こうしてオリヴィエがお茶を持って現れたのも、ジャレッドのことを知りたいという想いからだった。
イェニーも気持ちは同じだろうが、彼女はオリヴィエとは違う。オリヴィエがジャレッドのことをすべて知りたいのに対し、イェニーはジャレッドをありのまま愛しているので隠し事があっても気にしないらしい。もちろん、秘密を打ち明けてくれれば嬉しいし、できることならジャレッドのことを知りたいと思っているのは同じだが、知らずとも愛せるというのがイェニーだった。
「こっちに座ってオリヴィエちゃん」
「はい……失礼致します」
「緊張しなくていいのよ。そうね、私のことはジャレッドの姉か母親くらいに思ってね」
「そちらの方がより緊張すると思うのですけど」
冗談なのかそうでないのか口を出さずに様子を見守るジャレッドにはわからない。ただ、なんだか二人のやりとりを見ているだけでとても胃が痛くなってきたのは気のせいではないはずだ。
「その前に――ジャレッド。あなたは出ていってね」
「どうしてですか?」
「乙女同士の会話が聞きたいなんて、とんだ変態ね」
「……乙女?」
ささやかな疑問を口にしてしまい、アルメイダのみならずオリヴィエからも鋭い眼光で睨まれてしまい萎縮してしまった。
「ほらとっとと出ていく!」
アルメイダはトレイを奪いとると、そのままジャレッドを廊下に蹴り出してしまう。
抗議の声をあげる間も与えず扉を閉めると、部屋に用意されている椅子に腰を降ろした。
「あなたも座って。せっかく持ってきてくれたお茶が冷めちゃうわ」
「はい。では……」
テーブルを挟む形で向かいあうオリヴィエとアルメイダ。
聞き耳を立てていたことがバレていたこともあり、どう会話のきっかけを探していいのかと迷うオリヴィエに、アルメイダは彼女の様子を見て楽しんでいるようだ。
しかし、さすがにかわいそうになったのか、苦笑を浮かべると口を開いた。
「きっとあなたは私にいろいろ聞きたいことがあるんでしょうね。私もあなたとはお話したかったの。嫁姑――って関係じゃないけど、お話をしましょう」
「もちろんです。是非、お話をさせてください」
わざと嫁姑などという単語を発したアルメイダに、オリヴィエは挑むように返事をする。すると、にっこりと微笑みアルメイダは頷いた。
「いいわね。あなたのこと気に入ったわ。実はね、私はこの国にきてから少しだけジャレッドやあなたのことを調べたのよ。正直、オリヴィエ・アルウェイの噂はあまりよくないわ。ジャレッドの女を見る目がないのか、それとも爵位のせいで断れなかったのか、推測だけならたくさんしたのよ」
「わたくしの噂を聞けばそう思うのは普通だと思います」
きっかけは妹エミーリア・アルウェイが流した悪い噂だが、ストレス解消とばかりにその噂に便乗したのは間違いなくオリヴィエだった。
母子そろって命を狙われている状況に誰かを巻き込まないために、信用できない人間を遠ざけるためにも、悪い噂は実にちょうどいいものだったのだ。
「でも、オリヴィエ・アルウェイをこの目で見て、噂とは違うとわかってホッとしたわ。少しだけ、わがままで強情なところもあるようだけど、完璧な人間はいないものね。あっ、気に障ったならごめんなさいね。私、言いたいことは言うのよ。爵位なんかも気にしないわ。相手が公爵だろうと、いいえ国王だろうと私は変わらず言いたいことを好きに言うわよ」
「構いません。気にも障っていませんので、どうぞお気になさらないでください。それに、遠慮なく言ってくださったほうがわたくしも楽ですので」
「やっぱりあなたはいい子ね。甘やかされて育った貴族のご令嬢なら、怒るか泣くかのどちらかなのにね。やはり辛い経験をしながら前に進もうと努力した子は違うわね」
感心するようなアルメイダの言葉を受けるが、あまり褒められたような気がしないとオリヴィエは思った。
「悪い噂も本当ではなかったし、ジャレッドがあなたと婚約した経緯もなんとなくだけど知ったわ。きっかけこそ立場上、断れないものだけど、この国で暮らすならあなたとの結婚もいいと思うわ」
「その言いかたですと、この国以外で暮らすという可能性もあるように聞こえますが?」
「その通りよ」
「――っ」
オリヴィエの心臓が早鐘のように音を鳴らす。
ジャレッドがこの国を出ていくことなど考えたくなかった。
家族を救ってくれた恩人であり、初めて恋をした相手が、いなくなってしまうことなど想像したくない。
オリヴィエは自分が弱くなっていることを自覚している。母とトレーネと三人で暮らしていたときは、強くあろうと虚勢を張っていたが、今はもうできないかもしれない。
ジャレッドがいてイェニーがいる。暗殺者のプファイルとだって上手くやっている。今の日常が楽しくて、嬉しくて、幸せなのだ。だから手放したくない。
「あなたと奥様が側室から命を狙われて大変だったことも知っているわ。貴族にはよくある話かもしれないけど、辛かったわね。よく今まで奥様を守り続けたと感心しているの。でも――もういいでしょう?」
「それは、どう、いう?」
緊張で喉が渇く。
アルメイダの言葉をこれ以上聞きたくないと思っている。
しかし、無情にもアルメイダは、オリヴィエのもっとも言われたくない言葉を発した。
「側室が捕縛されていないとはいえ、あなたたち親子はジャレッドによって救われたわ。だから、もうそろそろ――私のかわいい弟子を解放して」