15.ジャレッド・マーフィーとアルメイダの関係1.
ジャレッドは、屋敷の空き部屋にアルメイダを案内すると、彼女に命じられて上半身裸となって触診を受けていた。
「璃桜ちゃんにあなたの中に飼っているあの子がバレかけたわね」
「さすが竜です。だからあのタイミングでみんなの前に現れたんですね?」
「私って弟子想いでしょ?」
胸の上に手を置き、ジャレッドの体内を探るように魔力を送るアルメイダは、懐かしげに目を細めた。
「一年以上、触診していなかったのね。あっという間の一年だったわ」
「俺もです」
「ついこの間、あなた暴走したでしょう。原因は聞かないけど、力の波動が私のところまで伝わってきたわ。だから私自らこうして足を運んであげたのよ」
「迷惑をかけてしまいすみません」
二年も満たない時間だったが、アルメイダは厳しくも優しいよき師として面倒を見てくれていた。
自分勝手に彼女のもとから逃げ出したにも関わらず、暴走した弟子の様子をわざわざ見にきてくれたことに、頭が下がる思いだ。
「すみませんなんて謝るなら、教えてくれないかしら。どうして、私のもとから逃げ出したの?」
「それは……」
「私ね、自分でも驚くほど怒っているのよ。それ以上に、当時はジャレッドのことを心配して探し回ったわ。またどこかで倒れているではないかと不安で、何日も探したわ」
「謝罪の言葉しかでてきません」
感謝以上に申し訳ない気持ちでいっぱいになるジャレッドの胸に触れたままアルメイダが問う。
「ジャレッドは最初こそ訓練は嫌だと泣き言ばかりだったわね。でも、強くなったわ。泣き言を言いながら、さぼることはせず、貪欲に力を求め――人化して力を抑えていたとはいえ竜の晴嵐を倒すだけの実力を得るほど成長した。なのに、どうして途中ですべてを投げ出してしまったのか私には理解できないのよ」
「俺にはしなければならないことがあったんです」
「それをすべて話してほしいのよね」
まあいいわ、と不満な表情こそ隠していないが、アルメイダはそれ以上問おうとはしなかった。彼女の気づかいに感謝しながら、もう一度謝罪の言葉を口にする。
ジャレッドはなにもアルメイダのもとから逃げ出したくて逃げ出したわけではない。今、言ったようにすべきことがあって王都に戻ったのだ。そして、必要に駆られて魔術師協会に所属した。
目的こそ果たしたが、そのままずるずると王都に居続けたのは――どの面さげて師匠のもとへ戻ればいいのかわからなかったからだ。
しかし、口にすれば言い訳にしか聞こえないだろう。自分自身ですら、言い訳だと思っているのだから。
「やっぱり暴走の原因は力を封じているせいね。成長期の身体に対して、魔力は以前のまま。だから力が中途半端なのよ」
「中途半端、ですか?」
胸から手を離しアルメイダは頷いた。
「そうよ。ジャレッドの魔力総量と実力なら本来ならこの程度の実力なわけがないじゃない。あのプファイルって子と戦って死にかけたでしょ。あの子も強いけど、あなたが本来の力をしっかり出すことができていれば――苦戦はしても命の危険などなく勝利していたはずよ」
「……まさか」
質の悪い冗談だと思う。あれほど強く、苦戦したプファイルに勝てたのは覚悟と守るべき人がいるからこその意地の産物だと思っていた。
命の危険なく勝利できるなど、夢物語に聞こえる。
「覚えているわよね。まだ十三歳で、ただの子供だったあなたの大きな魔力を私が呪殺して封じたことを。そうしなければ、急に開花した魔力に体を侵されて死んでいたのよ」
「覚えています。でも、いったいどれだけの魔力を封じたんですか?」
「七割よ」
「――嘘、でしょ?」
自分の魔力が封じられていることは知っていた。九死に一生を得たことにより、魔術師としての才能と魔力がいっきに開花した当時のジャレッドは、目覚めた強大な魔力によって死にかけた。
心も体も未発達だった少年に、強すぎる魔力は毒でしかなかったのだ。そこで、アルメイダが魔力を呪殺し、その上で封じた。他にも魔力が体を侵さないように手を打ったのだ。
心身が成長すると同時に、少しずつ魔力を解いていき、時間をかけて体に馴染ませていく。いずれは魔力を十全使えるようにする――それこそアルメイダがジャレッドに求めたことだった。
「触診して判断したけれど、今のジャレッドならもう二割の解放ができるわ。今まで、私の教えた自己鍛錬を欠かさず行っていたみたいね。そういう努力を怠らないところは好きよ」
まさか自分の魔力が三割しか使えていなかったことにジャレッドはただただ驚くことしかできない。現時点でも、魔力総量は大きいのだ。それが増えるとなると、どうなるのか皆目検討ができない。
「まったく、ジャレッドも馬鹿よね。私のもとで訓練を続けていれば、今ごろは八割の魔力を使いこなせていた予定だったのに。あー、もったいない。だから、あなたは宮廷魔術師候補止まりなのよ」
「あの、五割の魔力を手に入れたらどうなりますか?」
「強くなるわよ。きっとジャレッドが想像しているよりもずっと強くなるわ。今以上に魔力が体に浸透し、使い勝手がよくなるでしょうね。他にも、魔力総量があがるから魔力疲労もなくなるんじゃないかしら。魔術の応用も増えて、詠唱の省略、精霊干渉の幅も広がるからいいことづくめよね」
唖然として言葉がでてこない。
現時点で魔力総量が多いのだが、それでも魔力疲労は起きる。体力を使えば息が切れるように、魔力も勢いよく使えば疲労が起きる。枯渇すれば気絶するし、命を脅かす危険だってある。
ジャレッドにとってそれが当たり前だと思い、その上で無茶をしてきた。
それでも魔術師協会から依頼された任務もすべて完遂させており、敗北らしい敗北などプファイルと璃桜にしか経験していない。
なので、ジャレッドは自らの魔力の大半が封じられているとは思っていなかった。今の状態こそ、ジャレッド・マーフィーの力だと信じて疑っていなかった。
「この国の宮廷魔術師の末席なら問題なくなれたでしょうね。でも、五割の魔力を取り戻し、使いこなせるようになれば――成人するころには私と同じ領域に足を踏み込んでいると約束できるわ」
「……さっきから驚きの連続でなんて言ったらいいのかわかりません。でも一言だけ――」
「言ってごらんなさい」
「人間はやめたくないんですけど」
「ちょっとっ、失礼ないこと言わないで! 私だって人間よっ! もちろん、長生きだし、魔術師として得意な分野を極めたと自負しているけど、人間をやめた記憶はないわよっ。というよりも、あなたは私をそんな目で見てたの?」
まさかの人外扱いに、アルメイダがかわいらしい容姿を不機嫌にさせ、頬を膨らます。
外見こそイェニーよりも年下に見える少女だが、実際は五百年以上の年月を生きていることをジャレッドは知っている。
なぜ外見が幼いころで止まっているのか、そもそも寿命がなぜ尽きないかと疑問は尽きない。
「まったく失礼しちゃうわ。ジャレッドの中の私を修正することはおいおい行うとして、話を戻すわよ」
頬を膨らませたままアルメイダがジャレッドを指さす。
「まず力を五割まで取り戻させるわ。その上で、私がつきっきりで五割の魔力を使いこなせるようにしてあげる。璃桜ちゃんと戦ったときと、私にナイフを突きつけた動きからみて、やはり自己鍛錬だけだと成長は遅いわね。私が実戦訓練で昔の感を取り戻してあげる」
「――げ」
「なによ。嫌なの?」
「嫌ではないんですけど……」
死んでしまうかもしれない、と倒れて息をしていない自分の姿が容易く想像できた。
アルメイダは厳しくも優しいが、その厳しさがとてつもなく厳しい。
実戦訓練と聞こえがいいが、要は戦いだ。逆立ちしても勝てない師匠が弟子に対して圧倒的な力で襲いかかってくるのだ。死にたくなければ強くなるしかないという極限な状況下で、よく死なずにいられたと過去の自分を褒めたくなる。
無論、加減はされていたのだろうが、それでも思い返せば涙がでるほど辛かったのだ。
「五割の魔力を使いこなせるようになれば、宮廷魔術師筆頭くらいになるだけの実力は手に入れられるでしょうね」
「また、そんな馬鹿なことを――」
「今、私のこと馬鹿って言ったの?」
「申し訳ございません!」
つい口が滑ってしまい睨まれたジャレッドは、膝を着き頭を垂れて謝罪した。
昔も、こうしてうっかり余計なことを言ってアルメイダにお仕置きをされていたことを思いだす。
懐かしいが恐ろしい。
「久しぶりに再会した愛弟子のうっかりだから許してあげるけど、次はないわよ」
「ありがとうございます!」
「あのね、この時代の魔術師はみんなジャレッドのように才能と魔力に恵まれているわけじゃないのよ。あなたでさえ、魔術が全盛期だった時代なら上位に組み込むことはできても、上の下止まりなんだから」
魔術が当たり前に存在し、魔術師が今のように希少価値がなかった時代は存在する。
現代では、魔術全盛期と呼ばれた時代の魔術はほとんど喪失しており、魔術師の質も比べ物にならないほど落ちているとアルメイダから何度も聞かされていた。
そんな時代に生まれながら魔力と才能に恵まれたジャレッドは両親に感謝するべきだと嫌なほど言われてきた。
「宮廷魔術師筆頭はあくまでのその力が希少だから筆頭でいられるとして、戦いに特化した第三席ならいずれ勝てるわ。でもね、ジャレッド――宮廷魔術師なんて適当に二、三年ほど務めたらやめてしまいなさい」
「……どうしてですか?」
「時代は変わっても人間は変わらないわ。いつだって魔術師は戦いの道具になるだけよ。かわいい愛弟子に、戦いを求められるだけの宮廷魔術師として生きてほしくないのよ」
そう言うアルメイダはどこか悲しげで、ジャレッドはどう返事をしていいのか迷うのだった。
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