13.竜少女璃桜の事情3.
「そんなこと俺が知るかあああああああっ!」
ジャレッドはこれでもかというほど大声を張りあげた。
言いたくないが、知ったことではない。
もともとジャレッドの記憶にある晴嵐は、美青年でありながらなぜか女口調で話す不可解な人物だった。その晴嵐が姉上に変態したからといって自分のせいではない。
「そ、そんなくだらない理由で俺を狙ったのか!?」
「くだらないじゃとっ! 貴様が人間のくせに兄上に勝ってしまうから、兄上が姉上になってしまったんじゃ!」
「だから、それは晴嵐の問題であって俺は関係ないだろ!」
「父上はショックで人化できなくなり、母は倒れたんじゃぞ!」
「そういう文句は晴嵐に言えよ!」
あまりにも酷い理由で襲われたのだと知ってしまい、怒り以上に呆れてしまうジャレッド。いや、彼だけではない。オリヴィエとイェニーも淑女らしからぬ口を開けて呆然としており、プファイルでさえ唖然としている。
今までこんなどうしようもない理由で竜に狙われた人間がいただろうか。いや、いないはずだ。
宮廷魔術師候補が殺害された一件もあって、色々と警戒していた矢先、もはやこんな愉快な出来事に巻き込まれるとは夢にも思っていなかった。
「もちろん兄上にも言ったにきまっておる! じゃが、――わたしのことは兄上じゃなく姉上ってよんでねん――などと気持ちの悪い口調が返ってきただけじゃ。もう妾の知っている兄上は死んだのじゃ」
「……それで敵討ちか。凄くいい迷惑だな、おい!」
璃桜がすべて悪いというつもりはないが、狙われたジャレッドとしてはたまったものではない。今すぐ竜王国に向かい晴嵐の頭を引っ叩きたい衝動に駆られる。
えぐえぐ、と泣きだした璃桜を不憫に思わないわけではない。
兄が姉になってしまえば、死んだことにしたいはずだ。だが、そんな理由で敵討ちは勘弁してほしいと心底思う。
肩を借りていたオリヴィエから離れると、璃桜のそばによってしゃがんで視線をあわせる。
「親にはちゃんと言ってこっちにきたのか?」
「ぐすっ……うう、手紙は書いてきた。亡き兄上の仇を取りにジャレッド・マーフィーを倒しにいってくると」
「……口頭で伝えていればきっと止めてくれたと信じたい。それで、まだ俺を狙うつもりか?」
正直、体よく八つ当たりの相手に選ばれたとしか思えないが、幼い少女にこのまま国へ帰れと言うのも忍びない。
だが、璃桜が晴嵐の妹であるなら、竜王国の王族だ。下手な扱いはできない。
もうすでにさんざん言いたいことを言ってしまったこともあるので、おとなしく帰ってくれるのなら国境まで送っていくつもりだった。
「嫌じゃ。あんな元兄上がいる国には帰りたくないんじゃ」
「気持ちはわかるけどさ」
「もっと美味しいものを食べたいし、観光もしたいのじゃ」
「おい」
本音は後者ではないかと疑いたくなった。
竜である以上、見た目通りの外見ではないとはいえ、保護者が心配しているはずだ。しかし、竜王国に連絡を取る手段がない。
璃桜が帰りたくないと駄々をこねれば力づくで国へ帰すことは不可能だ。
「ちょっと待て、ジャレッド」
「どうした?」
頭を悩ませているとプファイルから声がかかる。
「誰も問わないから私が問うが――お前は、竜を殺してこそいないが倒しはしたというのか?」
「あー、倒したというか倒せたというのか。まあ、勝負には勝ったかな。でも俺はあれを勝利だとは思いたくないけどさ」
「どういう意味だ?」
プファイルだけではなく、オリヴィエとイェニーまでが聞きたいとばかりに耳を傾けていることに気づき、苦笑する。
あまり楽しい話ではないので語ることはしなかったが、晴嵐の妹璃桜が襲ってきたことで迷惑をかけてしまったので話さないわけにもいかない。
「約一年前、俺は魔術と戦闘を仕込んでくれた師匠のもとから離れて国境付近にいたんだ。そのとき、晴嵐に出会った――」
青く長い髪をなびかせ璃桜と同じような民族衣装に身を包んだ青年は、一目で強者だとわかった。
彼は親しげに――なぜか女性のような言葉使いで――接し、彼の人柄か打ち解けることができた。無駄に肌が触れあっていた気がするが、どうでもいいことだろう。
久しぶりに師匠以外の人間と会えたこともあり、何日か行動を一緒にしたジャレッドと晴嵐。
聞けば、晴嵐は悩み事があり、自分を見つめ直すために竜王国内を回って歩き、自然の中で己を見つめ直そうとしていたのだと聞いた。そんな折に、ジャレッドと知り合ったのだ。
竜であることを知ったのは行動をともにして数日たってからだ。
なぜそうも強い魔力を感じるのか問うと、自分は竜であると晴嵐は明かした。隠していたつもりはなかったようだが、特別打ち明けるつもりもなかったらしい。
ただの晴嵐として肩書や種族を気にせず、ジャレッドと接したかったと言われ、受け入れた。
竜の友人ができたことに素直に喜んだジャレッドに、晴嵐もまた興味を覚えていた。もともと戦うことが嫌いではないのだろう。彼はジャレッドの強さを知りたいと言いだしたのだ。
ジャレッドは無駄な戦いが嫌いだったのだが、何度も願われた結果、渋々と戦うことを承諾した。もちろん、普通に戦えば人間が竜に敵うはずもないのだが、晴嵐は人間と同等に力を落とすことで対等に戦おうとしたのだ。
そして――勝利したのはジャレッドだった。
正直、相打ちに近い形ではあったが、最後に立っていたのがジャレッドであったため勝者となった。しかし、ジャレッドは晴嵐を倒したことは受け入れているが、勝者であるとは思っていない。
もしも戦場で晴嵐と敵として戦っていれば、手も足も出ないまま敗北していたはずだったからだ。
だが、晴嵐も強情なため、負けは負けだとして譲らなかった。
結局、魔術を使ったせいで師匠に居場所がばれてしまい、連れ戻されることになるまでジャレッドと晴嵐は、どっちが勝った負けたを決めるために言い争いを続けていたのだ。
「そんなことがあったのね……知らなかったわ」
「わたくしもです」
思いがけずジャレッドの過去を知った婚約者と従姉妹は、竜と戦った事実に驚きを隠せていない。
特にオリヴィエは、ジャレッドの調査をしたときにどうしても調べられなかった空白の時間が、不意打ちのように明かされたことに驚きはイェニー以上だった。
オリヴィエはジャレッドが師匠と呼ぶ人物がどこの誰で、どのような者かさえわかっていないのだ。婚約者の過去に興味が強くなる。
「まあ、相手は本気じゃなくて、俺は死に物狂いで戦ったから倒せたけど、あれは勝利とは呼べないよ」
結局、最後まで竜としての本性を見せてくれなかった。
彼は別れ際に、いつか見せることを約束してウインクしてくれたが、その約束も人間と竜では寿命も違うのでいつになることやら。
「元兄上が教えてくださった話と同じじゃな。元兄上は本性こそ出さなかったが、それ以外は本気で戦ったと言っておったのじゃが――妾にはお前がそれほど強そうには見えない。事実、妾の一撃で気絶してしまったではないか」
「別に俺は強くないからね」
「うううむぅ……なんだかお前はおかしいのじゃ。感じる力が酷く弱い。本来の器に対して、中身が少なく見えるんじゃが……なぜじゃ?」
探るようにじっと見つめてくる璃桜に困った顔をする。
もうひとつの視線を感じると、プファイルもまた探るようにこちらを見て目を細めていた。
「おおっ! 今、気づいたぞ! ジャレッド・マーフィー、お前の中には異物があるようじゃな?」
「……異物だと?」
璃桜の声に反応したのはプファイルだ。
二度戦い、一勝一敗である彼はジャレッドといずれ勝敗を決めると約束を交わしている。だが、もしかしたらジャレッドが本来の力を十全に出していなかったのかもしれないと思うと、心は穏やかではいられないのかもしれない。
「はーい。そこまでー」
だが、誰もがそれぞれ働かせていた思考が途切れる。
なぜなら、この場にはいないはずの少女の声が聞こえたからだ。
「――っ」
突然の来訪者は、まるではじめからそこにいたかのように椅子に腰をかけてお茶を飲んでいた。
フリルを大量にあしらったかわいらしい服に身を包み、桃色の髪を揺らしている少女が、視線が集まるのを確認すると微笑んだ。