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10.宮廷魔術師候補殺害事件5.



「ジャレッド、頼みがある」

「どうした?」


 涙を拭いラウレンツが目を赤くしてジャレッドに真っ直ぐ視線を向けると、深く頭を下げた。


「僕をケヴィン様の一件に関わらせてくれ。いや、せめて情報を得たらくれないか?」

「ラウレンツ様っ!」


 ベルタが責めるような声を出すが、ラウレンツは頭を上げようとしない。

 困ったことになったと思うジャレッドに、ベルタが視線を向けて首を横に振った。断ってほしいのだろう。


「悪いけど、ラウレンツはこの一件に関わるべきじゃないよ」

「なぜだっ!」

「そうやって頭に血が上っているからだよ。犯人がケヴィン・ハリントンの知人でも、そうじゃなくても宮廷魔術師候補を殺害できる実力があるのだ。お前の師匠だろ? 師匠よりも強い相手にお前が勝てる保証は?」


 わずかに声を固くすると、ラウレンツが言葉に詰まる。

 きっと内心ではわかっているはずだ。自身が関わっても師匠の二の舞になるということが。

 主が拒絶されたことでホッとしているベルタが視線を向けて、小さく頭を下げた。ジャレッドは視線で返事をすると、ラウレンツの方に手を置く。


「親しい人が亡くなれば冷静でいられないことくらい俺にもわかるよ。復讐したい、仇を取りたい、そう思うのも無理がない。だけど、短慮は起こすな。俺を含めて、ラウレンツになにかあれば悲しむ人がいるんだ。わかるな?」


 ケヴィン・ハリントンが実力者であることは魔術師協会から貰った資料に書かれている功績からわかるが、実際に会ったことがない以上、すべてを鵜呑みにはできない。宮廷魔術師候補に選ばれる実力はあるのだろうが、単純な実力だけではなくコネも有ったと聞くと、どこまで信じていいのか疑問になってしまうことはしかたがない。

 だが、少なくてもラウレンツよりも実力者であると想定するべきだ。ならば、ケヴィンを殺害した犯人はより実力があると考えなければならない。

 ジャレッドはラウレンツの実力を知っている。そして、彼が実力者であることもわかっていた。

 ラウレンツ・ヘリングは、年齢以上に優れた魔術師であり、将来的にはこの国の代表となるだろう。だからこそ、ここで死なせたくない。

 なによりも、大切な友人を失いたくなかったのだ。


「だけど僕はっ」


 納得することができないラウレンツがジャレッドの腕を痛いほど握りしめる。

 しかし、頭では理解しているのだろう。彼の瞳には涙が浮かんでした。悔し涙だ。


「僕のことを心配してくれることは痛いほどわかる。僕程度の魔術師ではケヴィン様を殺害した犯人を見つけても、敵わないということも。それでも、僕は犯人を許せない、必ずこの手で復讐してやる!」


 ジャレッドの腕を振り払い屋敷から去っていくラウレンツ。


「おいっ! 待てよ、ラウレンツ!」


 声をかけても足を止める気配はない。


「ジャレッド・マーフィー。私の代わりに嫌なことを言わせてしまって申し訳ない」

「いいんだ。それよりもラウレンツと一緒にいてやってくれ。決して無茶はさせないように、そばにいてほしい。万が一だけど、犯人がラウレンツを襲う可能性だってあるんだ」

「わかっている。ラウレンツ様をひとりにしたりはしない」

「なにかあればすぐに連絡をくれ、頼む」

「わかった。お前も気をつけてくれ」

「そっちも」


 言葉を交わすと、ベルタはラウレンツを追いかける。


「ずいぶんと感情的な奴だったな。お前の友人か?」

「ああ、大切な友達だ。だから死なせたくない」


 親しくなったのは最近だが、今ではかけがえのない友だ。向こうもそう思ってくれていれば嬉しい。

 友が無茶をしないように、危険な目に遭わないように、早くこの一件を片づけようと思う。

 どこの誰だか知らないが、宮廷魔術師候補を殺したいのであれば目の前に現れればいい。返り討ちにしてやる。


「一通り屋敷の中を調べたら屋敷へ戻ろう。間違いなくオリヴィエさまはまだ怒ってるだろうから、どこかでお菓子でも買っていこうかな……」

「私は甘ったるい焼き菓子が食べたい」

「お前の希望なんか聞いてねえよ!」


 軽口を叩きあいながらジャレッドとプファイルは屋敷の中を調べていく。

 現場は研究室と思われる部屋の隣にあった。簡易ベッドが置かれ、食事の形跡もある。寝室ではないが仮眠室なのだろう。

 部屋の出入り口は二つ。今、入ってきた外からと、屋敷の中からひとつずつある。どちらも乱暴に開けられた痕跡はない。


「やはり知人の犯行だろうな。室内に乱れた形跡がない」

「そして魔術も使われていない」


 暗殺者としての視点からプファイルが推測し、ジャレッドは魔術師として聖霊に干渉して魔術の痕跡をたどるがなにもない。

 計画的なのか、突発的なのか不明だが、上手くやったと思わずにはいられない。

 おそらく魔術師協会も現場だけ見ても犯人の特定はできないだろう。結局、手口もわからない。ラウレンツから聞いたように、刀剣で胸を一突き――それだけなのだろう。

 あとは、怨恨の方面から調べていくしかないが、それは魔術師協会に期待しよう。

 自分がするべきことは、いつ襲いかかられても対応できるようにしておくこと。今はそれだけでいい。もし、狙うつもりがあるのなら遅かれ早かれ目の前に現れるだろう。


「ところでジャレッド、気づいているか?」

「誰かが見ていること?」

「やはり気づいていたか。アルウェイ公爵家別邸を出てから、ずっと見られている。気配は消しているつもりだが、お粗末だな」


 プファイル同様に、屋敷を出たときからずっと睨むような視線を感じていた。悪意はないが敵意はある。そんな視線をずっと受けていのだ。

 ただし、直接的な行動がないため放置していたのだが、あからさまに見られているのは面白くない。

 ケヴィン・ハリントンを含め宮廷魔術師候補が殺害されているため、警戒心も強くなってしまう。


「この一件の犯人だと思うか?」

「いや、宮廷魔術師候補を三人も殺した人物が、こうも簡単にわかるような尾行はしないはずだ。もちろん、このお粗末な尾行が擬態なら話は別だが」


 わざと尾行に気づかせているのなら相応の実力者か、自身の腕に自信があるのだろう。


「単に尾行が下手なのか、それとも誘いか……判断に困るな」


 結局のところ、見られているだけという現状のため相手の目的もわからない。


「まさかとは思うけど、デニスさんが護衛をつけたんじゃないかな。いや、でも、あの人がそういうことするかな?」

「どうだろうな。私にはその人物がわからないので判断できないが、魔術師協会としては唯一残った宮廷魔術師候補を失いたくないと思っていることには間違いあるまい。ならば、お前が断った護衛の代わりに、状況を逐一伝える尾行を用意しても不思議に思わない」


 ただ、魔術師協会の人間であれば敵意は向けないはずなのでやはり違うと思う。

 正体がわからない以上、警戒を緩めるつもりはない。


「私としては、この尾行を屋敷にまで連れていきたくない」

「どこかでこちらから仕掛けるか?」

「様子を見てからにするべきだ。尾行が続けば、場所を変えて応戦して目的を吐かせたほうがいいと私は思う」

「じゃあ、それでいこう」


 見落としがないか現場をもう一度確認すると、収穫がないまま屋敷をあとにすることにした。

 まだ昼前なので、午後は婚約者のご機嫌をとろうと考えていると、


「動いたぞ」

「わかってる」


 こちらを見ていた何者かが動きだした。

 ケヴィン・ハリントンの屋敷を出たばかりで、周囲には民家もある。戦闘になれば巻き込む可能性もあるので、できればこの場では戦いたくない。

 何者が現れても、まずは戦いに集中できる場所に移動することが先決だと、優先順位を決めて身構える。

 そして、


「はじめましてじゃな。ジャレッド・マーフィー」


 目の前に音もなく現れたのは、まだ幼い少女だった。鈴を転がすような声だが、話し方はどこか古風に感じられる。

 花柄をあしらった特徴的な民族衣装を身に纏った長い赤髪を左右に結んだ少女は、睨むような視線をジャレッドに向けていた。


「その服、どこかで……」


 見たことのある衣装だが、どこで見たのか誰が身につけていたのか思いだせない。

 それ以前に、少女に見覚えがなく、敵意を向けられる理由も不明だった。


「君は誰だ?」

「我が名は璃桜! 妾は貴様を許さんっ。覚悟しろっ!」




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