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9.宮廷魔術師候補殺害事件4.



 動きを封じていた二人を解放すると、ジャレッドはナイフをしまった。だが、プファイルは二人のことを知らないため、警戒している。

 大丈夫だ、と説明しても彼自身が納得できない限り無理だろう。


「ジャレッド……どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だよ。ラウレンツとベルタはケヴィン・ハリントンの屋敷にいったいなんの用なんだ?」


 ラウレンツに問い返すと、彼は苦い表情を浮かべた。


「ケヴィン・ハリントン様は僕の師に当たる方だ」

「嘘だろ?」


 アルウェイ公爵と魔術師協会からの情報ではラウレンツとの関わりはなかったはずだ。


「正式な師弟関係ではなかったが、親戚のケヴィン様は僕が魔力に目覚めたときに基礎を教えてくれた方に当たる。以来、時間があれば魔術の手ほどきをしてくださり、伸び悩んでいるときにも相談に乗ってくれた兄のような人だった」

「……そうだったのか。今回は本当に残念なことになったな。お悔やみを言わせてくれ」

「ありがとう。ケヴィン様もきっと喜ぶだろう」


 今にも泣き出しそうな顔のラウレンツと、彼に案じた視線を向けているベルタ。


「それで、お前たちはこの屋敷でなにをしていた? 遺族と魔術師協会の許可なく立ち寄ることはできないはずだが?」

「……確かに僕は許可なくこの場を訪れた。だが、ケヴィン様の無念を思うと居ても立ってもいられないんだ」


 無理もないと思う。親戚であり師匠同然だった人物が殺されたのだ。彼の心中は察して余りある。

 そっとしておきたいが、そうもいかない。ジャレッドはケヴィンを殺害した犯人に狙われる可能性があるのだ。宮廷魔術師候補の命を奪うことができるなら、ジャレッドと同等かそれ以上と考えるべきだ。


「悲しんでいるのに悪いと思うけど、聞かせてほしい。ラウレンツはケヴィン・ハリントンが宮廷魔術師候補だったと知っていたのか?」

「知らなかった。昨日、訃報が伝えられたときに初めて知った」

「犯人に心当たりは?」

「あるわけがない! あれば、とうに僕がこの手で犯人を殺している!」

「悪い」


 謝罪の言葉しか出なかった。

 確かに、ケヴィンの死を悲しんでいるラウレンツなら、感情的な性格も相まって犯人を知っていれば倒しに向かっているはずだ。

 つまり、彼もまたなにかしらの手がかりを求めてここへきたということになる。


「いや、いいんだ。すまない。どうしても、今は感情を抑えることができないんだ。それで、ジャレッドたちはどうしてここに?」

「いずれ知ると思うから言うけど、他言しないでくれ。ケヴィン・ハリントン以外にも宮廷魔術師候補が殺害されている。残りは俺だけだ」

「――そんな馬鹿な」


 ラウレンツだけではなく、ベルタも絶句してしまった。


「俺も狙われる可能性がある以上、なにもしないわけにはいかないんだ。だから、現場を見て少しでもなにか手がかりを得ようと思ったんだ」

「そうか、それで僕たちと居合わせたんだな」


 ジャレッド自身、まさかラウレンツがいるとは思っていなかったので、驚いたのはお互い様だ。


「ラウレンツといったな。私はプファイル。オリヴィエ・アルウェイの屋敷で世話になっている。ひとつ聞きたいんだが、構わないか?」

「なんでも聞いてくれ」

「ケヴィン・ハリントンの死因はなんだ?」

「プファイル、お前な……いくらなんでも直接すぎるだろ。もっと柔らかく聞くことができないのか?」

「いいんだ。プファイル、だったな。はっきり聞いてくれたほうがいい。それで、死因だが、刀剣の類で抵抗なく刺殺されていた」


 抵抗がないと聞かされ、ジャレッドは疑問に思う。仮にも魔術師が、それも攻撃に特化していると聞くケヴィン・ハリントンが無抵抗に殺害されるだろうか。

 刀剣の類を使ったということは、至近距離からの攻撃だ。戦闘経験がある魔術師があまりにも容易く殺されすぎだ。


「いや、ちょっとまった。ラウレンツ、まさか遺体を見ているの?」

「見た。見てしまった。あれほどの魔術師であったケヴィン様が胸を一突きされて絶命している姿は忘れることができない。きっと無念だったはずだ。魔術師でありながら、抵抗もできず、しかも刀剣の類で殺されたなど――」


 ラウレンツの声には悲しみ以上に怒りが宿っていた。


「ジャレッドも魔術師ならわかるだろ。魔術師としてのプライドがあるなら、魔術を使って死にたい。戦うこともできず、よりにもよって武器で殺されるなど、屈辱の極みだ!」


 嘆き悲しみ涙をこぼしたラウレンツをベルタが支える。

 魔術師であることに誇りは持っているものの、魔術を手段のひとつとしか考えていないジャレッドにはラウレンツの怒りがいまいちわからない。

 人間死ぬときは死ぬ。そこに魔術などは関係ないとジャレッドは考えている。


「ジャレッド、気づいているか?」

「言われなくても。胸を一突きされたってことは犯人の顔を見ている。だが、抵抗はない。それはおかしい」


 プファイルとジャレッドは疑問を浮かべた。

 背後から襲われたのであれば抵抗できなかったのもわかる。プファイルのように訓練を受けた者がいる以上、実戦を経験している魔術師であっても絶対はない。

 だが、真正面から襲われているのなら話は別だ。


「なあラウレンツ、ケヴィン・ハリントンに防御創はあったか? 腕とかに、刀剣で斬られた痕とかはなかったか?」

「……いや、なかった。ケヴィン様はただ胸を一突きされていただけだ」

「なるほど。いや、これは厄介なことになったな」

「どういうことだ、ジャレッド。僕にも教えてくれ」


 言っていいのか迷うが、言っても言わなくてもラウンレンツの行動を止めることはできないとわかっている。ならば、情報を与えておくことで、対策を取らせるべきなのかもしれない。

 犯人も、行動理由もわかっていない以上、ケヴィンに親しかったラウレンツだって狙われる可能性があるのだから。


「防御創がないってことは言うまでもなく抵抗していないってことだ。でも、見知らぬ誰かや、敵対する人間が目の前にいたら警戒はする。警戒さえしていれば、急に襲われてもなにかしらの行動ができる。無抵抗という結末にはそうそうならない。ならば、ケヴィン・ハリントンを殺害した犯人は――彼の知人だ」


 あくまでも現状の中の可能性のひとつにしか過ぎないが、ジャレッドはそう間違っていないと判断する。

 もし、この考えが違うのならば、本当に予期せぬ不意打ちをしたはずだ。ケヴィンを監視し、気が緩んでいるタイミングで強襲すれば無抵抗に殺すことも不可能ではない。しかし、それをしたならば、屋敷の中は荒れているはずだが、見た感じは違う。

 犯人がわざわざ整理整頓をして帰ったのなら別だが、そうではないだろう。


「知人だと、いったい誰が?」

「俺にもわからないよ。俺は、そのケヴィン・ハリントンを知らないんだから」

「ジャレッド」


 頭を抱えてしまったラウレンツに聞こえないように、プファイルが小さな声で呼んだ。


「今回の一件は我らの仕業ではない。私が宮廷魔術師候補の殺害依頼を知らされていないだけかもしれないが、少なくとも王都にはヴァールトイフェルの人間はいない。いれば、すぐにわかる」

「なら、やっぱり知人の犯行か?」

「可能性としてもっとも高いのはお前が予想した通りだ。だが、ヴァールトイフェル以外にも暗殺組織は存在しているし、なによりも殺害依頼なら冒険者だって受けることはお前も知っているはずだ」

「だけど、殺しを引き受ける冒険者程度に宮廷魔術師候補が殺されるとは思わない」


 殺しを引き受ける冒険者に一流はいない。いればとっくにハンネローネとオリヴィエは死んでいた。

 暗殺組織の可能性もないわけではないが、やはりケヴィン・ハリントンが無抵抗である理由から知人の犯行だと考えてしまう。


「結論はここではでない。屋敷の中も犯人の証拠になるようなことはなにも残っていない。ただひとつだけ」

「なんだよ?」

「魔術師にとって屈辱的である武器による殺害。これはわざと行われたのではないか?」

「知人であるならなおさら、か。そう考えると怨恨だな」


 魔術師協会から受け取った手紙に、協会なりの所見は書いてあったが、魔術師の犯行ではないと結論づけていた。

 だが、ジャレッドもプファイルも、魔術師だからこその犯行だと思えてならない。

 魔術師だからこそ、魔術師の屈辱的な死を演出できるのだと考えれば自然だ。


「デニスさんからもっと情報をもらうべきだな。今のままでは足りない」


 おそらく魔術師協会も総力をあげて犯人を捜しているはずだ。ならば、容疑者のひとりくらい上がっている可能性もある。

 ジャレッドは、一度魔術師協会を訪れることを決めたのだった。




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