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9.オリヴィエ・アルウェイの理由3.



「正直、突然すぎる婚約の話だったし、オリヴィエさまの無理難題には困ったけど、不思議と結婚そのものが嫌だったわけじゃない」


 痛む頬に手を当てながら、ジャレットは本心を明かした。

 事実、困惑は大きく、悩みもしたが、嫌だと言ったことはない。


「信じられないわ」

「ぶっちゃけて言ってしまうと、俺自身が結婚なんて無理だって思っていたから、別にオリヴィエさまが理由じゃないんだ。色々調べているみたいだから知っているだろうけど、俺は父親に愛されていないし、母も死んでいる。家族というものがあまりわからないんだよ。だからいい夫になれるか不安だった。だけど、色々と悩んでいたことが今日この屋敷を訪れたおかげでなくなったんだ」


 頬をさすりながら、ジャレッドは怒りのせいで涙ぐむオリヴィエに微笑む。


「ハンネローネさまを思うオリヴィエさまの優しさを知って、もしかすると優しい人なんじゃないかと思った。言いたいことをはっきりと言う口の悪さに正直苛立ったけど、それ以上に感情に素直でおもしろい人だって感じた。オリヴィエさまは結婚するつもりがないみたいだけど、案外うまくやっていけるんじゃないかなって思ったんだよ」

「わたくしは、結婚するつもりがないとはっきりと言ったはずよ」

「うん、聞いたよ。あくまでも、結婚するつもりがあったのかと聞かれたから、あったと答えただけだよ」


 気持ちを言葉にすることですっきりした。

 最初こそ、悪い噂しかないオリヴィエとの結婚は勘弁してほしいと思った。だが、祖父母に噂を信じるなと言われ、よく考えてみることにした。学園で生徒たちから心ない陰口を言われていることを知ったときには、自分のことよりもオリヴィエに対しての言葉に怒りが湧いた。そして、トレーネから屋敷に招かれ、ハンネローネと出会い、オリヴィエの新たな一面を知ったことで気持ちが落ち着いたのだ。

 未だ婚約したことに戸惑っている。昨日、突然聞かされたばかりなのだから、気持ちを整理している暇もない。それでも、嫌じゃないと断言できる。

 愛情を抱いているとは決して言えないが、このまま婚約が進んでもうまくやっていけるんじゃないかという根拠がない感情を抱いてしまった。

 おそらく、オリヴィエの言葉と態度があまりにも遠慮がなかったからだろう。

 変に取り繕われていたらきっと違ったはずだ。


「あなたって変な人ね……今まで父に言われて何人も男性と会ったことがあるけど、その誰とも違うわ」

「それっていい意味で言ってる?」

「さあ、どうかしらね?」


 楽しそうに笑いだしたオリヴィエを見てジャレッドは安堵する。

 一度は感情的になったオリヴィエが落ち着きを取り戻してくれてよかったと思う。彼女の涙を目にしたときは表にこそださなかったが、心底驚いたのだ。

 噂通りではなくても、口が悪く、性格も強い彼女が突然涙を浮かべれば当然慌ててしまう。

 いつだって男は女の涙に弱いのだから。


「あらあら、話が無事にまとまったようでなによりね」


 オリヴィエが笑みを浮かべたこととでジャレッドも釣られて笑ったそのとき、扉を静かに開けてハンネローネが入ってきた。


「お母さまっ!?」


 不意な母の登場に、オリヴィエが立ち上がり唖然とする。


「ど、どうして?」

「まったく、あなたは素直じゃないから心配しましたよ。ジャレッドさんはあなたと結婚する気があるのですから、素直にお受けすればいいじゃないの」

「ま、まさか、話を盗み聞きしていたのですか?」

「あら、人聞きの悪いことを言わないで。改めてジャレッドさんにご挨拶しようと思ったら二人が話し合っていたから廊下で待っていたの。そうしたら声が聞こえてしまっただけよ」


 世間ではそれを盗み聞きと言う。

 しかし、ジャレッドは違う意味で驚いていた。いくら祖父母と交友があるアルウェイ公爵の別宅とはいえ、一度も足を踏み込んだことのない場所にきたのだから一定以上の警戒は抱いていた。だが、扉の前で盗み聞きしていたハンネローネの気配にまったく気がつくことができなかったのだ。

 オリヴィエに気を取られすぎていたのかと思ったが、トレーネの気配は感じることができていた。彼女はハンネローネが登場する直前に部屋の前に現れ、姿は見せていないが今も廊下に控えているのがはっきりわかる。

 ハンネローネは魔力が見えるらしいが、決してそれだけではないとジャレッドは思った。

 きっと、オリヴィエが母と三人で別宅に暮らしている理由は、ただ側室たちとうまくいかないばかりではないと考える。

 アルウェイ公爵が正妻を別宅に住まわせている時点でなにか裏があるように思えてならない。

 もしかしたら、自分にもその理由がわかるときがくるかもしれないが、母と楽しそうに言い合うオリヴィエを見て、今はただ気づかないふりをした。


「さあ、せっかくですからお茶にしましょう。オリヴィエちゃんが婚約者と認めたジャレッドさんに、この子のおもしろいお話をたくさんしてあげますわ」

「やめてください!」

「トレーネ、アルバムを用意してね」

「かしこまりました」

「ちょっと、トレーネっ!?」


 味方がいないとばかりに慌てるオリヴィエにジャレッドは自然と笑みがこぼれた。


「ジャレッド・マーフィー! なにを笑っているのよ、あなたのせいなのよ!」

「俺は関係ないでしょ!」

「そもそも、さきほどから馴れ馴れしく話しているけど、最初のように敬語を使いなさい! わたくしは年上よ!」

「十も離れているのに、年上を強調しなくてもねぇ。わがままな子ですけど、どうぞ見放さないでくださいね」

「だからお母さまは黙っていてください!」


 楽しそうに微笑む母に押され気味のオリヴィエ。一見するとのほほんとしているハンネローネは想像以上にしっかりしているのかもしれない。


「おまたせしました。オリヴィエ様の幼少期の写真を一通り持ってきました」


 トレーネの腕には分厚いアルバムが五冊も抱えられている。すると、一番上にあったアルバムがバランスを崩して床に落ちた。


「ぎゃぁああああああああ!」


 貴族の令嬢らしからぬ悲鳴をあげたのはもちろんオリヴィエだ。

 なぜなら、偶然にもジャレッドの目の前にアルバムが落ち、奇跡的にページが開いてしまった。そこには幼いオリヴィエと思われる少女が裸で泣いている写真がはっきりと見えた。


「あらあら、そんな魔獣の雄叫びみたいな悲鳴をあげて、はしたないですよ」

「お母さまとトレーネのせいです! ああっ、もうお嫁にいけない」


 結婚する気がないと断言したくせによく言う、と思ったが声に出す愚かな真似はしない。


「いいじゃないの。婚約者なのだから、どうせ写真ではなく本物を隅々まで見られることになるのよ。ねえ?」

「いや、ねえ、と言われましても……」


 矛先がジャレッドに変わり返答に窮する。


「この子はね、男が嫌いだと言いながら毎晩恋愛小説を欠かさず読んでいるのよ」

「本棚に本人はうまく隠していると思われているようですが、バレバレです。しかも、ちょっとえっちなものばかりです」

「ど、どうして知ってるのよぉ……」

「母は娘のことならなんでも知っているのよ」

「メイドはなんでも存じています」

「理由になってないわ!」


 女性陣の会話に入る無謀なことをせず、戦闘時ではないにもかかわらず息を殺していたジャレッドにハンネローネが問う。


「ところで、ジャレッドさんはいつから一緒に住むのかしら?」

「えっと、祖父に相談してみませんとわかりません。アルウェイ公爵にもお伝えしなければならないと思いますので、まだ先かと」

「旦那さまにはわたくしから伝えておきます。ダウム男爵の許可を得たらすぐにいらしてくださいね。家族三人では少し寂しいのですよ。ですが、これで孫も増えますね」

「孫っ!? お、お母さま、話が早すぎます……」

「オリヴィエ様とハンネローネ様に似たかわいらしい女の子がいいですね」

「トレーネっ! あなたまで! わたくしには味方がいないの!?」

「わたくし、たくさんの孫に囲まれた老後を過ごすのが夢だったのです。期待していますよ、ジャレッドさん」

「ご、ご期待に――」

「応えなくていいわ!」


 ぐいぐい答え辛い話題を振ってくるハンネローネに引き攣った愛想笑いを浮かべるジャレッドを、羞恥で顔を真っ赤に染めたオリヴィエが涙目で睨むのだった。




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