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#2 煙に巻かれるインベーダー

「そうか、増援なのか。それは世田谷区からの指令か」


 古沢はあまり間を空けず、会話を続けた。


 言いたいことは色々あった。口振りからしてこいつも魔法少女らしいが、そもそも、世田谷区は魔法少女を雇ってはいなかったはずだ。


 世田谷区が兵力を隠していたということなら、大問題になる。しかも(二週間前の話とはいえ)待田がインフルで機能しなかったという件があったタイミングで豊島区の防衛機能を乗っ取りに来たという話であれば、それはもう都議会のテーブルに上がる事態である。あるいは世田谷区というのが方便で、どこか別の、よろしくない所から派遣されているのかもしれない。それはそれでかなり問題だ。


 だがそんな事より、今は会話を保たせるのが先だ。

 勅使河原はその意図に気付いているのかいないのか、変わらず挑発的に口元を歪めて返す。


「言ったっしょー、()()()()()()()()って。そのまんまの意味っすよお」

「……世田谷区の所属とは断言しないんだな、なるほど。ところでもう一つ」

「別にいいっすよー、平和に終わるなら。こっちは暇なんで、基本」


 彼女はそして、また見下したように笑った。ステッキを空中に放り投げてはキャッチして、古沢の話も半分適当に聞き流しているようだった。


 それを見て古沢は、さらに不快感を露にする。


 どうやらもう世田谷区の公式でもなさそうだし、一も二もなく殴り飛ばせば済む話なのでは? とも思うが、勅使河原によるとまだ後ろに三人が控えているので、そうもいかない。どこの所属かという疑問は残るが、今はとにかく会話を伸ばさなければいけない。


 四も五もないのだ。


 砂煙がまだ晴れない中、古沢は帽子を押さえながら続ける。


「怪物が現れてから俺達の到着まで、少し時間が開くことがあるのは知っているか」

「知ってるっすよ。やっぱ豊島区って広いし、しかも時には魔法少女のいない自治体まで出張しなきゃなんないっしょ? 一人――ああ、インフルの件からアンタがいるんすよね、古沢恭一――合ってましたっけ、名前」

「………………そうだが。それでだ、その空白の時間を埋めるために、当然専門の足止め部隊も豊島区にある」

「はあ」

「一応事後処理が済むまでそいつらは現場にいることになってるんだが――お前、『先駆部隊』をどこにやったんだ」

「あのTAG(タッグ)とか名乗ってた大人達ですか? 帰っちゃいましたよ」


 勅使河原はこともなげに、ステッキのハート部分を団扇みたいにして扇ぎながらそう言った。


「私達が到着してからすぐにTAGが来たんすけど、私達がやりますっつったら『頑張れよ!』っつって帰っていきました。いやー、いい人達っしたよ。それに比べて」

「ちょっと待て」


 古沢はそこで遮った。


 先駆部隊の話は、おそらく嘘ではないだろう。隊長の中之条あたりがそういう熱い性格だから、あれこれ考えずに「熱意ある若者」へ現場を渡してしまってもおかしくはない――というか実際、過去にも何度かそれでトラブルになっているらしい。


 だが、だとすると。

 勅使河原軍団は、怪物が出現した直後から、現場にいたことになる。


「――何すか?」

「確認するが、到着してからはずっと戦ってたんだよな」

「え、それ聞くっすか……当たり前っすよ。『正しく』、『プロセスに従って』、『最適な形で』退治しようとしてました。まさかあそこで邪魔が入るとは思いませんでしたけど、ねえ? どうしてくれるんすか私達の仕事」


 古沢は返事することも忘れていた。

 意味ありげな単語がいくつも出てきたが、古沢が気になっている点は、そこではない。


 今回の「空白の時間」は、五分から六分ぐらいあったはずだ。その間ずっと戦っていたと、勅使河原は確かに言った。だが、古沢によって倒される直前、あの福沢諭吉は元気に喋っていたではないか。それどころか、傷一つ付いていなかった。


 古沢達が三十秒で倒した敵に、五分以上かけてそれか?

 しかも四人がかりで?


「お前ら――」

「はい」


 とりあえず古沢は、率直な感想を述べてみることにした。

「弱すぎないか」


「なっ!? ……なな何言ってんすか、私達は二月の活動開始から十戦ちょっと、そりゃまあその度ピンチになったりしましたけど、毎週毎週乗り越えて来たんすよ! 勝率一〇〇パーっす!! そそそれを弱いとかマジで頭の――いや、ちょっと待ってくださいよ」


 必死でステッキを滅茶苦茶に振り回しながら叫んでいた勅使河原だが、そこでふいに動きが止まった。


 違和感に気付いたように彼女は首を動かして、周りの風景が()()()()()()()()()()()のを確認する。そして大きく舌打ちし、右手に持つハートのステッキを古沢に向けて構えた。


 先程までの余裕は、もうどこにもない。目はまっすぐに古沢を睨んではいるが、ステッキの先端は見てわかるほどに震えていた。


 勅使河原は低い声を絞り出す。

「アンタわかってましたね、最初から……この砂埃、いつになったら引くんすか」



 古沢は答えなかった。

 代わりに小気味良い音を三発立てて、勅使河原の足元に何かが続けて突き刺さる。


 反射的に下を見た勅使河原は、瞬時に事態を呑み込んで凍りついた。

 なぜならそこにあったのは、青のダイヤ型、オレンジの星型、そして紫の音符型が取り付けられた三本のステッキだったからである。


 それはもう、勅使河原の右手にあるものと、完全に組をなすような。


「………………な……何やったんすか」


 一瞬のことだったが――示されたのは、絶望的な現実だった。

 古沢と喋っている間に全てが終わっていた。曲がりなりにも二十戦無敗でここまでやってきたのに、勅使河原一人が欠けていたとはいえ、一対三で完敗したということだ。


 そういう相手に――自分達は敵対したのかもしれない。いや、自分のことはいい。それほどの力量差の相手にやられて、あとの三人はどうなった?


 勅使河原は全身を震わせながら、掠れた声で虚空へ叫んだ。


「アンタ他の三人をどうしてくれたんすか!? そこにいるんすよね、待田街!!」

『あー、うん。一応無事だから安心していいぞ、落ち着いてくれ』


 答える声と同時、ザッ! と一気に砂煙が流れる。


 勅使河原が奥歯を噛む音が、はっきりと聞こえた。その視線の捉える先、古沢の左隣に。


 隠れていた太陽光を存分に浴びて――銀髪の魔法少女、待田街は佇んでいた。

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