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三日目:熊樫アズサ【前編】

二十分……いやそれ以上だろうか。その間 一時もそのスピードを下げることなく自由奔放なカミサマが走りついたそこは、この町の総合病院だった。駐車場を照らす水銀灯の下、息の切れた俺は項垂れながら肩で大きく呼吸をしていた。


「大丈夫?」


「……おかげさまでな」


四十過ぎのおっさん捕まえて、よくもまあ新鮮に聞けたもんだ。


「こんな時間に病院に、何の用だってんだ」


「ここの人の話、まだ聞いてないでしょ?」


「ああ?」


それだけ言うと、カミサマはまた院内へと走り出す。若い奴は羨ましいなぁ……じゃなくて!


「どこ行くんだ!おいって!」


「あははー、私を捕まえてごらんなさーい!なんつってー!」


「……ふ、ふざけんっなっ!!」


乱れた呼吸すら整い終わっていないというのに、しかし追いかけねばと身体に鞭を打ってその後を追う。








高峰総合病院が出来たのはつい二、三年前の事だ。元々は大手産業会社の支部工場があったが、時代の流れで景気がよろしくなかったのか撤退したそうだ。その跡地として建てられたこの病院は、その広大な土地を無駄なく使っているためかなり大きい。元々ポツポツと小さな病院しかなかった高峯町だったが、この病院が出来たおかげで随分便利になったという。


時刻は深夜零時、気付けば日付けが変わってしまっていた。


院内はちらほらと明かりがついている。ろうかも人が歩けるくらいの明るさの灯りついているだけで、人気はなかった。


だからと言って、勝手に入っていいというわけではない。


「おい、一体どこへ行くんだっ」


「付いてきてー」


人気がないからといって無人というわけではないだろうし、監視カメラだって廊下に設置されているのだ。

それなのに御構い無しにカミサマはぐんぐんと奥へ進んでいく。


「おーい!ここ、ここー!」


大きな声で、両手を大きく振って俺を呼ぶカミサマ。静かに!と必死にジェスチャーをするが、視界に入っていないのか呼ぶ声は収まらない。


「静かにしろって……!誰かに見られたらどうするんだっ」


と言いながらも既に監視カメラには映ってしまっているだろうが、この際そんなことはどうでもいい。


「ここだよ、おじさん」


「はあ?な、何が?」


ようやくカミサマの元に辿り着くと、カミサマは病室の名札を指差した。その指先を辿ると、見慣れない名前が目に入った。


「熊樫……アズサ?誰だ?」


「あー、刑事さん知らない?あの火事で意識不明の重体になっちゃった子。その子の部屋だよ」


あの日の火事で、十二名中亡くなったのは二人。そのうちの九名は軽い火傷などの怪我で大したことはなかったが、あとの一人は客席のテーブルの下で横たわっていたそうだ。幸い息はあったが、煙を多く吸ってしまっていたせいか未だに意識が戻らないらしい。


9歳の女の子だそうだ。


「その子が……この熊樫アズサって子なのか?」


「そういうこと!ではではー」


とカミサマがそのドアに手を掛けたところで、俺は我に返りその手を掴んだ。


「……って待て待て待てって!何お前!?何しようとしてんだ!」


「何って、話を聞くんだよ。その子に」


「聞くってお前……その子は意識戻ってないんだろう?どうやって聞くんだよ。ていうかそもそも、他の人もいるんだろうから起こしたらマズイだろ!」


この場合起こしたらマズイというのは、俺たちの存在を悟られたらマズイという意味合いも含んでいるため、これ以上は彼女の勝手にさせるわけにはいかない。


「大丈夫大丈夫、この部屋一人しかいないし」


「いやいやいや、そういう問題じゃなくてだな……」


「まーまー、カミサマに任せなさいって」


その小さな手が俺の胸を押しのけ、制止の訴えは虚しくそのドアは開かれた。


「あれ?寝てるのかな?」


「意識が戻ってないんだ、当たり前だろ」


その部屋は四人部屋だったが、カミサマが言った通り仕切られたカーテンが締められていたのは一つだけだった。窓から月の光が射し込んで中を照らしているため歩くのには不便ではなかったが、俺の心臓は極度の緊張感で張り裂けそうであった。


だがカミサマは、そんな俺の心境を察することなく締められたカーテンを開けてしまう。


「ありゃ」


白いそのベッドには小さな女の子が眠っていた、正確には意識はないわけだが。


まだこんな幼い子が、あんな恐ろしい目に遭うだなんて想像もしなかっただろう。頭の包帯もそうだが、点滴や首元にはチューブ、さらには呼吸器を付けていたその姿は痛々しい。


「じゃ、起こすね」


「ああ。……って待て待て!」


「もー、いちいち止めないでよぉ」


「あー吃驚した!いきなりおかしなこと言い出すからだろうが!こういうのは下手にいじるもんじゃないんだよ、死との瀬戸際なんだ」


意識不明なら軽いショックでも起こるもの。しかし彼女の場合は長い間煙を吸い込んでいたこともあり重体の状態。おまけに外傷こそ今は見当たらないものの、意識がこのまま戻らない可能性もあるし、最悪そのまま死に至る場合だってある。素人の俺たちがどうこうしていいものじゃ……って。


「おっま……!何やって!」


「しっ」


静かに、とカミサマのジェスチャーに思わず身体が止まる。


カミサマはアズサちゃんの額にそっと触れ、目を閉じていた。その行動が何を意味するのかさっぱりだったが、カミサマの表情は今までに見せたことのないほど真剣なもので、話すことが出来なかった。


そして、目を疑った。


「……!」


カミサマが添えたその白い手が、眩く光りだしたのだ。どんなトリックかはこの時分かるよしもなかったが、俺はその様をただただ見ていることしかできなかった。


まるで漫画だ。その人は魔法使いか何かで、深い傷さえもその光で癒してしまうという、あれ。

それからじっと見守ること五分ほど経った頃、手の光が消えた後カミサマはそっとその手を離した。


「これで良し、と」


「な……何をしたんだ?」


「ん?まー、見てて」


何が何だか分からない俺は、そのまま待つことしか出来なかった。カミサマもじっと少女を見たまま、まるで何かを待つように動かない。


そして、奇跡は起きた。


「……んん」


意識を失っていたはずの少女が、目を覚ましたのだ。


「……!」


思わず息を呑んだ。布団の下に寝たきりだった少女は小さく呻き声を上げた後に、ゆっくりとその小さな身体を起こした。意識が無かったのはともかく重体だった少女は、何事も無かったかのように大きな欠伸をしていたのだ。


「ど……どうなってんだ……」


事態が呑み込めない俺は、絞り出して出た言葉がそれだった。まだ事故に遭って間もない幼い女の子が、手を添えただけで目覚めるなんて話があるのか。

というか、カミサマ……この少女は一体何者なんだ。


「持って五分……てとこかな」


「な、何が?」


「この子が起きてられる時間。ちょっと無理に覚醒させたから、それ以上は身体に障るしね」


カミサマの説明が全く頭に入らない。五分?起きてられる時間?一体なんのことだ。


「この子はね、煙をたっくさん吸っちゃってて、かなり危険な状態なのね。ま、そうは言ってもこの子は獣人てこともあって普通の人間と身体の造りが違うから、安静にしてれば問題はないんだけどさぁ」


「はぁ……」


もう何がなにやらだ。


「さ、時間無いから」


少女の呼吸器を外し、こちらを見るカミサマ。


「ん、ん?」


「いやいや。聞きたいこと、あるでしょ?」


「き、聞きたいこと……?」


「新多ちゃんの事でしょ、もうー」


呆れ気味のカミサマは、暇そうに少女の頬をつねっては遊んでいる。


「新多のことってなんだよ」


「新多ちゃんはね、あの時喫茶店にいたんだよ」


……は?


「それで、最後まで中にいたの。だから、この子はそれを見てるはず」


「ちょ、ちょっと待てよ。本人はあの日喫茶店には行ってないって……」


「それは嘘だよ。新多ちゃんは喫茶店にいたもん。ねー?」


アズサちゃんに問いかけるが、まだ目が半開きの彼女は眠そうだ。どうやら事態を理解できていないのか、カミサマのなすがままに遊ばれている。


「……」


アズサちゃんはまだ、放心状態のようだった。意識は確かにあるだろうが、口を開く様子はない。だが、カミサマの言うことが本当なら時間がない。俺はアズサちゃん、と呼び掛けた後、内ポケットを探りながら聞きたかったことを尋ねる。


「君はあの日……火事があった日のことだ。あの中でこの子を……ああ!!」


「わ、吃驚した」


思わず声を上げてしまった俺の方を向くカミサマは、急になにさーと不満げに口を尖らせた。


……忘れてた。


「写真……とられたんだった」


「えぇ?」


「新多に取られちゃったんだよ、また見せられたらたまらないって……。そうだすっかり忘れてた……」


いたるところのポケットを叩いて探ってみたが、もちろん無い。出てくるのは小銭ばかり。


……まじか、と肩を落とす。決定的な目撃者を見つけたと思ったのに、確認出来るものがなければ意味がない。


「はぁ、しょうがないなあ」


見かねたカミサマは、自分の胸元に手を入れ何かを取り出した。そこから出てきたのは一枚の写真。目を疑ったのは、その写真が以前カミサマから受け取った写真と全く同じだったからだ。


「ほら、あげる」


「……お前、一体何枚持ってんだその写真」


「ん?もっと欲しい?」


スカートをパタパタとはためかせると、その下からみるみる写真が地面に落ちてきた。しかもそれはどの写真も同じ、本を読んでいる新多の写真だった。

マジシャンかこいつは。


「い、いい……一枚あれば」


「そっか」


気を取り直して、コホンと一つ咳払い。


「熊樫アズサちゃん」


名前を呼ぶと、少女はこちらを向いて「だれ……?」と呟く。幸い明かりは微かな月の光だけ。俺の顔が見えていないのは救いだったかもしれない。


「警視庁の音無だ」


「そしてその上司のカミサマだ」


「……」


「あん」


隣でドヤ顔のカミサマを払いのけ、気を取り直して話を続ける。


「アズサちゃん、辛いだろうが思い出して欲しい。十四日……火事のあった日だ。あの日店の中に、この女の人を見なかったか?」


例の写真を見せると、アズサちゃんはゆらりと視線を移した。相変わらず目は半開きのまま、何かを口にするわけでもなくただただじっと見ている。俺はただひたすら、少女の言葉を待った。希望のある、その一言を。


そしてゆっくり瞬き一つした後、少女は口を開いた。


「……見た」


「……!」


「この人、あの時、中にいた。立ってた」


小さなその手が写真に伸びてきて、まじまじとそれを見ながら何度も頷いていた。


「ほ、他の人は!?この女の人以外に、誰かいたか!?」


「……いなかった、と思う。見えなかった、し」


息を呑んだ後、思わず頬が緩んでしまった。なんて言葉にしたらいいのか……。希望が繋がった瞬間だ、諦め掛けていた先がようやく見えた気がして、思わず小さくガッツポーズまでしまっていた自分がいた。


……おっと、まだ安心するのはまだ早い。ウラを取るまでは気を抜いてはいけない。


「この女の人、どんな感じだった?君が見ていたことを話してくれればいい……から……?」


気を取り直して少女に問いかけるが、その少女は目の前にはいなかった。


と思った矢先、少女はベッドに横になってしまっていた。どうしたというんだ?


「これが限界かな」


カミサマが言う。そうか、さっき言ってた五分が限界とはこのことか。


でもまあ、貴重な目撃者だ。


「で、どう?私役に立った?」


「ああ、今回ばかりは礼を言うよ。……あのさ」


「ん?」


小首を傾げて俺の方を見る。


「明日、新多をここに連れてくる。それで申し訳ないんだが、もう一度だけ彼女を起こしてくれないか?」


無理な覚醒で身体に負担を掛けさせてしまっているのは承知している。だが新多に認めさせるためには、本人の口からその証言が必要となる。ここまで来て、希望を無駄にはしたくない。


真実を知る為には、彼女の協力が不可欠だ。


「分かった」


カミサマは頷く。


「でも、一度起こしちゃってるから起きてられる時間は今回よりも短いからね。だから聞きたいことは簡潔に、おーけー?」


「ああ、恩にきる」


謎の少女、新多。アズサちゃんの言葉が真実なら彼女は火災現場に最後までいたことになる。亡くなった二人を最後まで見ていたとなれば、無関係では済まない。


『なんせ私、あの日ショカンには行ってないもの』


あれが嘘だとすれば、その理由は何か。仮にあの時逃げ延びた一人だとすれば、あの場にいた人間は中での記憶は無かったという、しかしそれは火災が起こってから救出されるまでの話。救出された後はその場にいた記憶は全員あったのだ。それすらも無いというなら、嘘というものに他ならない。


澄んだその瞳の奥に、何を映しているのか。真実がようやく掴めそうな気がして、家までの帰路で珍しくタバコに手が伸びなかった。

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