第12話:「子猫」
目的地のカレーから約80km離れたベルクで夜を明かした大和達は、アブビルからの部隊が未だ到着していないことが気がかりだった。敵部隊にやられたのであれば、前後から挟み撃ちにされる危険がある。
「中隊長!クロムウェルが到着しました!」
「今向かう!」
出発の準備で慌ただしい中でもよく聞こえる大きな声の会話を聞いて、炎羅が口を開く。
「もしかして、あの人じゃねえのか?確か、クロムウェルに乗ってたよな」
「ええそうね。でも、今は出発の準備が先よ」
「恵理の言う通りよ。出発が遅れたら、どんなに怒られるか…」
「ま、もうすぐ準備も終わるし、会うくらいならできるんじゃないか?」
大和の言う通り、準備は終わり、救護テントに運ばれたクロムウェル搭乗員、その中の車長である女性に会うことができた。
「はずれくじだったよ。あはは」
左腕と肋骨が折れ、頭部からの出血もあった彼女だが、命に別状はないらしい。
「いやー、敵部隊と交戦して撃破いいものの、味方は被弾して戦死、こっちも被弾して、砲塔にぶつけちゃってね。車体の方は履帯に当たったからよかったけど、直してたら夜になってて、その上出血がひどくて気を失っちゃって…。今日の早朝、気がついたら車長席に座ってたんだよ」
「無事で何よりです。亡くなった先輩方のためにも必ずイギリスは守ります」
「頼りになるねぇ。私はこんなだから行けないけど、頼んだよ、『子猫』ちゃん」
彼女の分隊はクロムウェル巡航戦車を除いて全滅。クロムウェル自体もこれ以上の戦闘は難しかった。また、クロムウェル搭乗員以外は戦死しており、負傷していないものはいなかった。
彼女と彼女の分隊員、衛生兵、待機兵を残し、中隊はカレーを目指して出発した。
救護テントで彼女はつぶやく。
「やっぱり、軍隊は税金泥棒の方がいいなぁ」
「彼ら、今ベルクを出たそうよ」
「じゃあ、そろそろ移動しないとね」
「社部隊長。急ぎすぎじゃない?見つかるとと彼の分隊以外の余計なのがついてくるわよ」
「その点は大丈夫よ。日本は貴重な戦力が敵か味方かの判別に困ってるみたいだから」
「あらそう。で、場所はどこなの?」
「ここから東のブルブール。驚きだわ、完全に包囲するつもりなのね」
「必死なのよ。イギリスが落ちるのが」
「でしょうね」
そう言って、キューポラハッチを開け、車内に入る。
「そういえば、情報をくれた彼女って、今どの戦車に乗ってるんだっけ?」
「クロムウェル。あと、負傷したそうよ」
「そ。じゃあ、会敵はしないのね。…全車前進」
キングティーガーを先頭に、戦車部隊は東へ向かった。
ブルブールを目指しカレー南東のサントメールを通過した第十一戦車分隊は、本部からの通信を受け取る。
「ギネの敵部隊の抵抗が激しいみたい。かなりの消耗戦らしいわ」
「作戦遂行に影響は?」
「ないみたい。予定通りブルブールに侵攻、同地点で待機して他方と同時にカレーに攻め込むって」
返事のない大和を不審に思った恵理が尋ねる。
「どうかしたの?」
「いや、ただ…」
「ただ?」
「そこまで上手く事がまわるのかって思っただけさ」
会話は実の声で中断する。
「戦車部隊。多いです、6、いや7両!」
「後続に連絡!距離は?」
「350m、真正面に…止まっている模様です」
大和は地図と照らし合わせて疑問に思った。
「市街地に通ずる道に止まってる?」
「はい、留まっています」
「そろそろ見えるわよ、どうするの?」
沙織が呼びかけるも、大和の頭はすぐに決断を下せなかった。
「停車!」
森を抜ける直前で第十一戦車分隊は止まる。
『おい、どうした!』
『腰が抜けたか?学生さんよ』
分隊各車の車長から通信が入ってくる。
「一度、策を練ります。各車の車長は集まってもらえませんか?」
そう言って、ヘルキャットから降り、簡易机を組み立てる大和。頭の中では整理がつき、策を完成させつつあった。そこへ、車長の日本兵が集まってくる。
「敵は目の前だ。位置もわかってる。その上姿をさらしてるとあればこの先の起伏を使ってけりをつけれる。時間がないぞ、策を練るなら端的にしてくれ。作戦に影響が出かねん」
パーシング車長がそう言って煙草を吸い始めた。
「敵は待ち伏せをしている可能性があります。おそらく、重戦車を盾にしているでしょう。なので、ヘルキャットとジャクソンは側面に回り込み、敵の後方車両を叩き、退路を塞ぎます。その間パーシングは起伏を利用して敵を引き付けて下さい。また、ウォーカブルドックは位置を移動しながら敵に砲撃をしてください。敵に多くの車両がこちらにいると錯覚させます。ただ、こちらがわかっている情報は敵の数と位置だけで、車種はわかっていません。その点に十分注意して下さい。策は以上です」
「…ヘルキャットとジャクソンの位置がばれた場合はどうする。それに、正面で戦うパーシングの火力は実質無駄になるが、それでいいのか?」
「位置がばれた場合は一度射線を切ったあと、市街地へ入ってください。建物を利用したゲリラ戦へ移行します。それと、ウォーカブルドックよりも機動性がよく、連射速度に優れた車両はいませんし、それを除いた3両でパーシングよりも後退速度が速い車両はいません」
質問をしたパーシング車長がそれ以上何も言わないのを確認した大和は続ける。
「他に何か質問がないのなら、以上ですので伝えた通りにお願いします。」
黙る車長たち。
「5分後、作戦を開始します」
そう言って机を片付ける大和。しかし、車長たちは動かない。
「…やるぞ」
煙草の火を踏みつけながらパーシング車長が一言そう言う。
「だが…」
「お前には彼以上の策が出せるのか?出せないなら自車に戻れ。5分後に出発だ」
そう言ってパーシングへ戻っていくと、他の車長も自車に戻っていった。
「学生に指示されるのがそんなにいやかしら?」
砲塔から顔を出した沙織が言う。
「仕方ないさ。まあでも、あの人たちは行動してくれるよ」
そう言って、他の車両を見る大和。各車のキューポラから顔を出している車長たちと目が合う。大和は静かに敬礼をした。それに答礼をする車長たち。顔は険しいままだったが、少しは認められた、そう大和は思った。
次回戦闘開始です。多分戦闘だけで1話使うんじゃないかなーと思っていたりしてます。
最後に、このシリーズを通して言えることですが、戦車等兵器(WW2~2015年にかけてのもの)が登場します。が、こちらの世界の史実と違う点があるかもしれません。その場合は、この物語の世界はこういうことなんだと思ってください。お願いします!




